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831鞍目 馬が知っている

 2010-05-07(Sat) 通算831鞍目
■朝からすがすがしい日。
太陽は輝き緑は萌える。
さあ、馬に乗るぞと意気込んだところで、耳が詰まったような感じがする。
ぐずぐずと続いていた風邪症状が一線を越えたらしい。
毎日遅くまで仕事をしていると、受診の機会は土曜日の午前限定になる。
あわてて耳鼻科クリニックに行き、滲出性中耳炎と診断され薬をもらってきた。
ふう〜、鼓膜切開にならずに済んだが、薬が効かなければ聞こえの悪い耳のまま来週の土曜を待たなければならない。
乗馬を続ける経済的基盤のために、わざわざ非常勤での働き方を選んだ。
しかし、いつの間にか週3日、4日、5日、フルタイムへと変わらざるを得なくなった。
仕事場にいると、趣味のためにちょっとだけ働くという姿勢が「お気楽で無責任」とひしひしと感じる。
中高年女性が正規労働者として迎えてもらえる幸運を無駄にしてはいけない。
と、現在私のなかで趣味と仕事に関する意識が大きく組み替えられつつある。
■週末の2日のうちに、家事と自分の体調管理と乗馬を詰め込む。
段取りと体力気力勝負ってこと。

■道路整備のお陰で倶楽部までの所要時間が1時間を切った。
のろのろイライラと進む一般道をほとんど走らないというのは、私にとってストレスフリー。
しかし、6月からの料金改正でETC割引の恩恵が殆ど無くなるらしい。
高速料金が2倍に跳ね上がるのはストレスフルだなあ。

■馬は【エルパソ】
先生は「あの馬に乗るといろいろ勉強になるよ」と言う。
「普通の練習馬じゃないんだよ、競技馬だったんだからいろいろなことを馬が知っている」
そんな馬に乗せてもらえるのだ。本当にありがたいことである。
■実際に乗ってみると、駆歩が速くなってしまう。
「速い、速すぎるよ」「もっとゆっくりに」と先生。
【くれよん】の様にイライラして走り出す訳ではないので、止めればすうと止まるのだか。
「馬が伸びてしまっているんだよ」
「前をもっとぐっと持って」
「こんな力で持つんだよ」と馬のハミ近くの手綱を先生が握って力加減を教えてくれる。
いつもながら凄い力。全身の筋肉を使わないと前にもっていかれてしまう。
「このぐらいの力は普通です」
「馬に負けて楽しようとふうと力を抜くから、どんどん馬が伸びちゃうんだからね」
楽をしたいのではない。どこかで怖いのだ。
「強く持てばどんどん速くなるぞ」という遠いトラウマ
■「ちょっと乗り替わるから」と先生が馬具を調整しつつ【エルパソ】に乗る。
クックッと手綱で合図を送りつつ頭を下げさせて馬を丸めていく。
「こんな風にやるんだよ、わかった?」
ん〜「はい」と返事をして再び騎乗。
「ここより内側で」と15m輪乗りを指示される。
姿勢をとって脚の位置をずらして合図すると駆歩がポンとでる。
さすが【エルパソ】!
彼にとっては当たり前かもしれないが、私には脚位置で通じることに感激。
「もっとゆっくり」「もっと内側に向けて」と声が飛ぶ。
最初にぐっと力を入れるけれど「何すんだよ!」と抵抗することなく、
ストンと型にはまる。
ああ、これが『馬が知っている』ってことなんだ。
型ができれば「そうです、そのとおり」と楽にしてあげればいいんだ。
最初のちょっとの間だけぐっと力がいるけれど、後はいつものようにふんわり持っていても大丈夫。
なんだかわかってきた…
『馬が知っている』って、扶助に対して馬が素直に反応することであり、
乗っている人間に対して「今のこの扶助でこう動きました」とストレートに伝えることなんだ。
だから、無駄な扶助を続けたり、間違った扶助を繰り返す愚をおかさなくなる。
馬がきちんと動いてくれた時の扶助は、正しいというわけ。
おもしろーい。
前回、膝から上の太腿を鞍にピタリと沿わせて座ると【エルパソ】がまっすぐ歩き出したのは、正解だったんだ。

■こんなにもワクワクする騎乗なのに…
毎週ちゃんと通えるか心配。
身体が2つあればいいのに。

830鞍目 

 2010-05-01(Sun) 通算830鞍目
■世の中がゴールデンウィークであったことを、高速道路を走る異様な数の車で知らされる。
うへ〜、 100km/hr以下で走るなんて気持ちが悪い。
しかしながら緑が芽吹いて輝き出している様がはっきり見て取れる。
ひさしぶりである、沿道の風景に心が動くのは。

■【エルパソ】をパドックに迎えに行く。
201005011340001.jpg
「ちわーす」と声をかけると歩み寄って「フンフン、はむはむ」と応える彼。
よしよし、知らない怪しいおばさんから、なんとなく知っている人に昇格だ。
■前回、拍車なしでは不十分だったので豆拍車をつける。
おかげで今日は、内側に入ってくる馬を外側に押し出す脚が効く。
〈内側の押し手綱を使わずに肘から手綱を引いて馬を内側に向け、
馬が内側に入ってくるようなら内方の脚で押し出して軌道修正する〉
という先週の課題がすんなりクリア。
くっと押すとすうぅと外に出て行く【エルパソ】の反応が嬉しい。
■先生が他の人へ「膝が開いているよ、ちゃんと鞍につけて」と注意する声が聞こえてきた。
「ああ、膝か。私も隙間が空いているな」と膝を意識したとたん、
膝から太腿がピタリと鞍につく感覚と同時に【エルパソ】がしっかり前に踏み出し始めた。
うそ〜何これ?ふらふらしなくなった。
両腿の間に馬がまっすぐはまる感じだ。
つまり、ふらふら内側に入らせていたのは私が悪かっただけ?
■【エルパソ】とは鞍に座るニュアンスで話ができそう。
移行の前にぐううと深く座るようにすると、次は違うことをするの?と次の指示を待つ雰囲気になる。
そこでポンと両脚を使うとトンと速歩が出る。
逆に下方移行する時にはつい手綱を使ってしまうので、駆歩や速歩を落とす時がちょっともたついてしまう。
これは課題だ。
■左手前の駆歩では天馬の乗り心地を味わう。
ああ、久しぶり。
「見て見て!」と叫びたいくらい。
ピタリとひとつに重心が収まって、何処にも無理がなくて、同じ所に同じように座っていられる駆歩。
これは馬からの贈り物だ。
練習の時間はかなり短いけれど、これで終わりにしてしまおう。
多分、馬が前に出る気になっている所で手綱を緩めすぎないようにしたのが功を奏して、丸まった駆歩になったのだと思うが、それから先の戦略がない。
物足りなさが次の練習への渇望ともなる。

■お昼は、倶楽部の会員の方の持ち寄りパーティにお呼ばれする。
この倶楽部は多芸多才の教養人が多いらしく、倶楽部の庭先でいただくセンスのいい品々に圧倒される。
仕事に追われてたまった家事に押しつぶされそうな自分の力の無さを嘆くしかない。
周囲から文句を言わせないように平日は完璧に仕事家事をこなし、休日は趣味に没頭する。
そんなメリハリのついた生活ができるようにならなくてはね…

神様、私に今以上の体力と気力をお与えください。アーメン。



829鞍目 高速道路整備ばんざい

 2010-04-24(Sat) 通算829鞍目
■4月24日の午後3時に圏央道の新しいICが開通した。
乗馬からの帰り道にさっそく利用。
3月には倶楽部近くのインターが開通して一般道をだらだら走る苦痛から解放されたのだが、それがさらに近くて便利になった。
インフラ整備の恩恵を実感する。

■今日も【エルパソ】にお相手を願う。
速くなったり遅くなったりとエンジンの回転数の調整が難しい。
気持ちのいい走りをしてくれる時間が本当に短い。
先生は、速くなり出した瞬間に抑えるようにと言う。
馬の言いなりに走らせてはダメ。
「馬の頭をもっと内側に向かせて」
「内側の押し手綱ではなくて、もっと肘から手綱を引いてごらん」
「ほら、乗っている人の身体が捩じれてしまっている」
馬を動かそうとしてバラバラになってしまっている自覚。
座骨の荷重ひとつで伝わる馬なのに、鞍の上で捩じれて弾んで、馬との重心が限りなく遠ざかっている。
何をどうしたら解決するのか皆目見当がつかない。
■先生からのアドバイスは大きく2つ。
ひとつ目は「馬の口から人の拳・肘までが一直線になるように、馬の口は肘で操作するつもりで」
馬を押え付けるように手綱を握り込んでいて、前腕から肘が固まってしまっているのだ。
固まった肘は、軽速歩にあわせて拳が上下する悪癖につながる。
2つ目は「拳にかかる力はもっと強く持っていい。だけど馬が譲ってきた時に全部楽にしたらダメ」
私はコンタクトがなくなる程に手綱を緩めてしまっているようなのだ。
パッと離すんじゃない、僅かに緩めてOKの合図を伝えればいいのだからと、
先生は馬役になって(ハミ近くの手綱を握って)具体的な力加減を伝えてくれる。
■「騎乗したまま普段通りに手綱を持っていて」と言われて、先生が馬のハミ近くの手綱を握って「こんな感じで手綱に力がかかるでしょ」という力は、かなり強い。
腹筋,背筋、腕の筋肉を総動員しないと前に倒れてしまう。
ぐっと堪えた先に馬が譲ってくる感じは、本当の馬みたい。
だが、人が譲る感触は「あー了解」という程度の少しだけ。
えっ?こんなにちょっとだけなの。
私は「そう、その通り!よくできたねえ」と賞賛したくて、しっかりと楽にしてしまう。
■速くなったからとぐっと抑えた後に、パタリと【エルパソ】エンジンの回転数が落ちてしまうのは、この手綱を楽にしてしまうことに原因があるのかもしれない。
馬にとって前に出るのが不安になるのかも。
■馬から降りた後にワンポイントレッスン。
先生の両掌に自分の掌をあわせて、先生の動きに合わせていくエクセサイズ。
掌が不可分に動くには、手首も肘も力を抜いて相手の動きに心を開かなくてはならない。
「動きについていかなくちゃ」と余分な考えが頭をよぎると,途端に肘に力が入る。
動きそのものではなくて掌の感触などの違う感覚に支配される。
「馬の口についていく感覚もこれと同じだよ」
「こうやってぴったりくっついていたのが、急にぱっと離されるとビックリしたり不安になるでしょ」
たしかに、先生の掌の動きにピタリとついていたのに、急に先生が手を離したら怖くなる。
私には、まだまだ手綱の感触にデリカシーがないってことだ。

■乗馬から離れていた時間が長かったせいか、馬アレルギーが再燃している。
目がかゆくて騎乗中涙が流れっぱなし。
息切れもする。
馬をどんどん前に出して,時としてぐっと手綱を持たなくてはならないのに、身体が動かないのは歯がゆいこと。
くちおし。









828鞍目 頑張って乗っているよ

2010-04-18(Sun) 通算828鞍目
■頑張って乗りに行ったぞ!
【エルパソ】にお相手してもらった。
本当にいい子である。ありがたし。

■お土産にもらったタケノコとたらの芽と卵。
さっそく夕飯のおかずになった。
おいしいと家族からも好評。

■3月8日に開通した空港北のインターを利用する。
だらだらと一般道を走って2時間もかかる帰路が、1時間を切った。
よろし。

827鞍目 やっぱり馬が好き [第19章]

 2010-03-12(Fri) 通算827鞍目
■過去最長の馬断ちでようやく満願かなった。
9週間ぶりに騎乗する。
やっぱり馬が好き!
馬の背で揺られた後は、気持ちも身体もほぐれて実に壮快。
【ろーざ】は私を忘れないでいてくれた模様。
唇を使って「ぷっ」と言うかわいいおねだりもあいかわらず。
■馬に乗るってことをいったん全て忘れて、再起動した状態で乗るといろいろな感覚が新鮮。
【ろーざ】が私の扶助の何を感じ取ってどう動こうとしているのかがクリアに感じられる。
右の肩から逃げるいつもの癖も、私の右(外方)手綱が弱過ぎて馬が「これなら楽勝」と逃げを決めているらしい。
「もちぇさんの扶助はやさしすぎ」
「ぐっと外を緩ませないでおいて、内側を引けば馬はコトンと頭を下げるでしょ」
「馬が逆らえないなと納得すればあとは楽だから」
「馬がわかるようにもっと強い力でやって」と先生。
普段使わないような力でぐっと外方手綱を握って、馬を内側に向ける。
「抵抗するなら、もっと内側に向けていいよ」
「その場で小さな円を描くつもりで」
【ろーざ】が頭を下げる、ふっと楽になるから私も握りを楽にする。
んっ、緩めすぎたかな…
隙間からすかさず頭を上げようとする。
またもう一度。
うん、頭を下げた状態から駆歩出せばトンと離陸成功。
気持ちのいい駆歩になる。
外方をしっかり握って壁を崩さないでいるってことを、私の身体がまだ覚えていないのだ。
馬が指示に従えば、すぐにふっと両手綱を緩めて楽にしてしまう癖が出ている。
身体の軸も馬の動きにつれてクニャクニャ捩じれたり傾いたり折れ曲がったりするからなあ。
ああ、これから直していきたい課題が盛りだくさん。
■約一年前【ろーざ】に乗り出した時は、頭を上げて逃げ出さないようにサイドレーンでがっちり固めた状態だったのだ。
現在はコーグで規制しつつも馬には逃げる自由があるなかで、馬が納得して頭を下げてまっすぐ進ませる方法を私が学ばせてもらっている。
馬が納得できるようなコミュニケーションの取り方なのだ。
■先生は、馬は理解できたら一瞬で変わると言う。
後はもう大丈夫という。
馬が理解できないやり方を延々続けていたり、馬が理解した瞬間を見逃して要求を続けてしまったりすると、馬は心と身体を病んでしまう。
「手に負えないとウチにつれてこられる馬は大体そう」
「ちゃんと馬がわかるやり方で教えれば、コロッといい子になる」
■私の課題は、
メンタル面では、ハッキリとした要求を出せるだけの馬への信頼感と自分への自信を持つこと。
身体面では、馬の動きにつられて自分の軸や壁が動いたり歪んだりしないように、まずはコアの筋肉を均等に鍛えること。
さらに、騎座や脚や手綱がぶれないように馬上でのバランスを鍛えて、扶助がクリアに伝わるよう心がけること。

■やらなきゃならないことはこんなに沢山あるのに…
この3月から職場を変わり、お気楽なパートタイムマーからフルタイムワーカーになってしまった。
乗馬クラブの移転に伴う休業、恒例の受験期馬断ち、そして働き方の変化と馬に乗り続けるのが難しい状況。
そこを何とかやりくりしてカタツムリの歩みでも前に進んでいかないとなあ。
中高年の乗馬ライフは、いかに上達するかも悩ましいが、いかに続けるかも大きな課題である。
がんばらないけど、あきらめない。

何をしているかって?2

 2010-02-28(Sun) 
■いつまでさぼっているんだ? やる気あるのかい?
はい、近年まれに見る大変動を経験中で、乗馬はアウトオブ眼中なのが実情。
■我家の受験戦線は収束いたしました。
発表を待って、これから諸手続きや新生活基盤の構築と実務で動かなくてはなりません。
「馬に乗れなくなるからお金のかかる所はやめて〜」と内心思っていたのに、いざ結果が出てみれば「お前の行きたい所に行きなさい」と言っている自分。
どうするつもり?
■そして、私自身が3月から職場を変わります。
これまでのルーチンワーク主体ののほほんとした所から、未開の地に飛び込んでいくようなものです。
特殊な職場、先進医療の現場です。
すでに押し寄せている研修の嵐。
新しい所に慣れて一人前に働けるまでは、ちょっと時間がかかりそうです。


何をしているかって?

 2010-01-25(Mon)
■受験生の母やってます。
子は子、親は親でそれぞれ別なのだが…
「万が一落馬したら」などと考えると、この時期は自重すべきと判断いたしました。
精進潔斎して戒めの解かれる日を待ちます。
それにしても、受験シーズンの長いこと!
センター試験から2次試験合格発表まで7週間以上もある。

落ち込んだ時の対処方法


昔の方が真摯だったかも。532鞍目 完膚なきまでに
今じゃ、頭も心も動かなくなってきている。
「まぁいいか…」「なるようにしかならない」
こうも鈍感になってきているのは老化現象か。

825/826鞍目 権威なし

 2010-01-08(Fri) 通算825/826鞍目
■新しい年を迎えた。
■2009年は、息を潜めて身を縮めた生活をしているうちに、
世界や未来のことなんてどうでもよくなってしまっていた。
ひたすら日が過ぎていくこと、
何も変わらずにいてくれることだけを願っていた。
いったい何時から、こんなに身体も精神も小さく固まってしまったんだろう。
■2010年は頭を上げて手足を伸ばして大きく深呼吸しなくちゃ! 

■午前中は【ろーざ】
彼女とのセッションは、未だに「相手がどうでるか」とお互いの探り合いをしている。
乗り始めは【ろーざ】が私を背中に乗せて前に進むことだけ。
それから徐々に活発に動くとか、輪乗りで内方を向くなどの要求を増やしていく。
だんだん手綱の手応えを求めて「もっと、もっと」と扶助を繰り出していくのだが、
どうもここで私の体力気力の不足が露呈してしまうようだ。
息が上がって酸素不足の私は、つい常歩に落として休憩してしまう。
「今日はここまでね」「うふふ、どうだった?」と運動途中で振り返って、鐙に乗せた私の足先を鼻でつつく【ろーざ】。
「違う違う」「【ろーざ】あなたが大好きだけど、まだこれからなんだってば!」と彼女の耳をつかんで耳穴に顔を寄せてささやく私。
体勢を整えて再度運動を始めるが、また1からやり直し。
馬にしてみれば、要求水準がこの程度でいいんだという学習がなされているから、拍車や鞭の扶助を使っても反応が鈍い。
体力のありったけを使って、ようやく駆歩までの運動をこなす。
ふう〜、悪いところは自分でもわかる。
私のやっていることは、要求が曖昧で馬の反応が鈍ければ諦めてしまうし、次の要求までが間延びしてしまっている。
馬はやらなくてもいいと判断しているのに違いない。
■「あれっ、もう終わりにする気?」「サボりはダメだよ」と先生に見とがめられる。
「じゃあ、こっちの丸馬場に来て」
「手綱が長い」
「手綱を持って馬が止まってしまうようなら、どんどん推進して!」
「鞭使っていいんだから」
はい、本気モードにならなきゃいけないことはわかってます。
「ちょっと乗り替わるから、どんな風にしているかよく見ていて!」
私の騎乗の影響が残っていて、手綱や推進に肩から逃げようとしたり尻っぱねの抵抗を見せる【ろーざ】
先生は外方手綱をビシッと持ったら、内方をグイグイと強めていく。
そして、その分脚も鞭もどんどん使う。
目覚ましコールで使うようなピシッとした鞭ではなく、一歩毎に馬の腰を軽くこするようにして「もっと、もっと」とアクセルを踏み込んでいく鞭の使い方。
進む先がそこ以外にないから、やがてぐうんと丸くまとまってくる馬。
きりきりと弓を引き絞るような緊張感。
「どう、わかった?」と尋ねられても「うう〜ん、まあ」と曖昧な返事のみ。
■再度【ろーざ】に騎乗して丸馬場で駆歩を出す。
「手綱を緩めちゃダメだよ」
「もっと、もっと馬を前に出して」
当然の帰結として上に弾む駆歩になる。
いつもの私はここまで推進するなんてしない。
手綱だって、もっと手前でふうぅ〜と楽にしてしまっている。
「いい、そんな駆歩になるまでやるんだよ」
「手綱が長くなって前が緩いから、馬が伸びた駆歩になっちゃうんだよ」
ここまで馬のパワーを充電する推進が足りないのだ。
私の体力と精神力では「まあ、このへんでいいや」と隙がありすぎて、馬は「このへんでいいのね」と詰めることをしない。
たまたま馬が元気でどんどん前に出てくれる時に、偶然にように丸めた駆歩ができただけだったのだ。
■能動的に人が馬を丸めていくには、もっと推進をしなくてはダメらしい。
馬の邪魔をせずに推進するって、非常に難しい。
つい、昔の癖で「もっと脚」「もっと蹴って」とやれば、馬の上で人だけが暴れてしまいブレーキになってしまう。
まっすぐ真ん中に座って、馬の動きを邪魔せず、タイミングよく[合図としての扶助]を出せるかにかかっている。
今日の先生の鞭の使い方などが典型だろうな。
う〜むずかしい。

■午後は【くれよん】君。
「先生、【くれよん】の時も手綱をぐっと持っていいのでしょうか?」とレッスン前にお伺いを立てる。
「いいよ」
「彼は前を強く持ちすぎると、動かなくなる膠着癖があるのと、イライラし始めるかもしれないけど」
「いろいろ自分でやって試してみて」
■馬場で乗り始めるが、なんだか前にでない。
軽くてどんどん加速しがちな彼のはずなのに、重い。
【ろーざ】以上によくわからないのだ。
微かでもいいから手綱の手応えが欲しいので、脚や鞭で合図を送る。
が、前に進まない。
手綱が強すぎるのかと思って緩めると今度はスカスカ。
のったりとした軽速歩だけが延々と続く。
じゃあ、加速しやすい駆歩ならと合図を送るが、エンスト…
彼に乗って駆歩できないことはありえない。
なのに、この有り様。
がっくりと落ち込む。
「何をどうしていいかわからない」と頭の中は混乱。
■「どう、うまくいってますか?」と先生の御下問。
「難しいです」「駆歩もでなくなっちゃいました」
「ええー、これまでうまく乗っていたじゃない」
「ダメです【くれよん】ではわからなくなってしまいました」
奈落の底に落ちてゆく気分。
「前に出なくなったら、前を少し楽にして、楽な先にどんどん出られるように推進してみて」
「輪乗りで、外方の手綱をしっかり張って」
「内方の手綱を引っぱって内側に向けて」
先生の声が聞こえてから【くれよん】の動きが良くなってきた。
ようやく動く。
「そうそう、今はいい位置で頭下げているから」
ううっ(涙) 【くれよん】君にとっては先生の御威光が推進力ですから。

■午前午後とも、私の体力のなさ(息切れ)とか「まあいいか」という諦めが悪影響を及ぼしているとしか考えられない。
馬に「行く先はこれ以外にない」と納得させることが最も大事なのだ。
もっと緊張感のある推進が必要だし、手綱だってさらに強く持って「私の権威」が示せるようにならないとなあ。
感情的な力任せとは違う。
しかし揺るぎのない権威。
これって、私には皆無なのだ。
甘ったるい馬かわいがりのおばさんから脱皮できるのだろうか。
2010年の課題だ。

心あわせて、前へ [サマリー]

  2009年を振り返って
■この一年に乗ったのは74鞍。
ああ,少ない。
昨年の約半分、最も騎乗した年の1/3である。
週1回通うのが精一杯、それも天気やいろいろな事情でお休みしてしまった。
倶楽部の休業という大きなブランクもあった。
■今年の成果は、何だろう?
乗馬を止めずに続けたことだろうか。
■2009年のトピックは11月に倶楽部が移転したこと。
9月までは桃源郷のような場所でのほほんと乗っていた。
突然の移転休業宣言の後、明かされた移転先は30kmも離れた場所。
本格的な広い馬場が整備されていてびっくり。
しかしクラブハウスや諸施設は古くからあった厩舎を手直ししたり手作りしたりと、営業の傍ら施設整備が進む日々であった。
最近ようやく倶楽部が落ち着いてきた感がある。
■橘先生付きっきりでシートレッスンに明け暮れた2008年に比べると、今年は手綱の手応えを馬から教えられた年であった。
2月からメインパートナーが【ろーざ】に変わった。
調馬策での初心者レッスンを担当していた彼女の名を聞いた時には「今さらなぜ?」といぶかしく思ったのだが、
実は乗れる人が少ない「手綱で喧嘩すると頭を上げてどっかいってしまう」曰く付きの馬だった。
最初はサイドレーンでがっちり固めたなかで乗り始めたのだが、のびのびと動けない窮屈さが伝わってきた。
さらに人懐っこくて積極的な交流を求める馬なのに、彼女を愛馬(パートナー)としてかわいがる人がほとんどいない現状に心が痛んだ。
判官びいきではないが「私にできることがあるなら」と闘志が湧いた。
さいわい放棄手綱や鐙あげでの騎乗には自信があるから、馬にしがみついて邪魔しないようにすることはできる。
先生からは「丸めた駆歩を!」と馬がハミを受けて頭を下げて運動できるようにと今後の方向性を示された。
そのためには「馬を外方で回して」が常なる課題。
窮屈そうな馬具が嫌で【ろーざ】のためのゴーグを新しく買った頃から、少しずつ「この馬でも大丈夫、なんとか乗れる」と思えるようになってきた。
それでも、信じられないくらいスムースで弾むような乗り心地の時もあれば、大げんかしてまったく言うことを聞いてもらえない時もあり一進一退を繰り返していた。
■9月に入り遅い夏休みを利用して3日連続騎乗の機会を得た。
この時、彼女は障害を跳んでいた馬でありキャバレティに向けると嬉々として運動することがわかった。
馬と人が心をあわせて「よし行くぞ!」と前に進み「私たちやったね!」と共に喜ぶ経験。
端からみれば単なる横木や地上すれすれの低いバーにしか過ぎないのだが、追われて仕方なく動くのではなくて人馬ともに心を合わせて前へと動くのだ。
この夏休みの充実感は忘れがたい。
■その後は移転に伴う環境の変化もあって、今できることをできる範囲でという騎乗になっている。
【ろーざ】は常に自己主張するし、私のヘタレぶりの隙をついて不服従にもなる。
進歩してないなあとガッカリすることが多い。
しかし、わがまま【ろーざ】に鍛えられているせいか似たようなタイプの【ひなげし】に乗ると非常に楽になった。
「なんでこんなにいい子なんだろう」と鼻歌まじりに乗れるのだ。
障害での乗り方が【くれよん】君を落ち着かせるのに役にたっているし、苦労した分が思いがけないところで活きている。
今年最後の騎乗では、初騎乗の【エルパソ】でなんちゃって経路も回れて、いい気分である。

2009年74鞍内訳 【ろーざ】28鞍 【くれよん】25鞍 【ひなげし】14鞍 【てんてん】2鞍 【δ】1鞍 【トロル】1鞍 【デボン】1鞍 【アンソニークラウン】1鞍 【エルパソ】1鞍

■表面的な「何々ができるようなった」という成果は残念ながら何もない。
ただ手綱の手応えの中身がより繊細に感じられるようになって、これまでは「なんとなくやりにくい」程度と感じていたものが「強烈な違和感、居ても立ってもいられない危機感」にまで強く感じられるようになったのが,進歩といえようか。
■ハミ受けに挑む2年目の2010年。
馬との緊密な連携を目指して、馬まかせではなく自分から積極的に働きかける方法を見つけたい。
精度の高い運動とか正確な経路を踏むっていうのは、課目の練習を数多くすることよりも、馬とどれだけ一緒になって動けているかにかかっているように思う。
ガルとターティラスのように格好良く運動したいなあ。がんばろ!

… … … … … … … … … … … … … … … … … … … 

参考記事一覧  2008年サマリー:座りを深くし、ハミ受けに挑む
        2007年サマリー:初級は怒濤のごとく
        2006年サマリー:苦闘する初級者
        2005年サマリー:躓ける初心者


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