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840鞍目 さびしい…

 2010-10-16(Sat) 通算840鞍目
■2日間の週休をどう使うか? が課題。
これまでのように午前午後と2鞍乗るとまる一日がつぶれてしまう。
ひと鞍でも倶楽部でのんびり過ごしていると陽がずいぶん傾いた時分の帰宅になる。
という訳で、
「行って乗って帰る」とシンプルな半日コースに徹する。
が、倶楽部に集う皆さんとの交流がないと何とも寂しい。
■寂しさの代償は、土曜日のうちに病院通い、振込手続き、買い物などなど。
秋は学会シーズンなので週末がつぶれることが多い。
以前、主人にたいして「土日ぐらい出掛けずに家事を手伝ってくれればいいのに」と思っていたが、
今となっては自分が同じことをやっている。
私はこれからどうするつもりなのだろう?

■今日のお相手は【くれよん】君。
午前中にひと仕事終えて、手入れもされ厩でくつろいでいた所を再び招集。
ああ、何とも言えない嫌な感じ。
いよいよ「乗せる馬がいません」状態なのか。
■今日の私は馬をイライラさせてしまうらしい。
駈歩は輪乗り2周で投了。
これ以上やって暴走されても困るので早々に引き上げる。
「まあ、こんな日もあるさ」とつぶやいておこう。




839鞍目 トランス状態

 2010-10-09(Sat) 通算839鞍目
■昨夜は非常に興味深い集まりがあった。
仕事仲間の臨床心理士に、自己催眠の方法と実際を披露してもらう。
つらい事態を乗り越えるときのリラックス法やなんとかしたい症状をコントロールする手段として催眠状態を利用するのだそうだ。
催眠導入を傍で見ていたら自分もやってみたくなった。
被験者がなかなか催眠導入に至らないのを横目に、自分でも同じようにやってみる。
リラックスして座り、腿においた両手がぼんやり暖かくなるのを感じる。
だんだん腕が軽くなり腿から離れて浮いてくる、と。
そうなるかもねぇと右手の親指の爪を眺めていたら、おお腕が軽くなり浮いてきた。
もちろん自分がそうなれと思っているけど、意識して動かしたわけでもない。
うひょう腕が浮いたよ〜と皆に披露しておどけていたら、すとんとトランス状態に。
被験者がぜんぜん変化しないと手こずっている間に、
「それなのに傍らで催眠にかかった人がいるんだよ〜」とギャラリーが話しているのが聞こえる。
「いやいやちょっとまねしてみただけ」と照れ笑いを返そうと思うのだが、
頭がガクンと垂れたまま身動きできない。
耳は聞こえ周囲のことはわかるのだが、これは困った。
なんだか私がサクラかヒステリー発作を起こした人みたいで恥ずかしい。
しかもこの状態で何か変なことを吹き込まれたら絶対抵抗できない。
ひ〜助けて、私をちょっと何とかして〜
セラピストはなかなか掛からない被験者に集中している。
いや〜ん、がっくりと首を落として背中を丸めて眠り込んでいるような姿の私をなんとかしてくれ。
自分ではどうすることもできん。
ようやく気がついてもらえて「10数えたら、もとに戻ります」
「10、9、8、どんどんすっきりします」「7.6.5、一つ数えるごとに現実の世界に戻ってきます」「はい3、2、1」と声で引っ張り上げてくれた。
「今どんな気分ですか?」
人がやっているのをみると「嘘くさい」と半ば馬鹿にしていたのだが、自分がそうなると馬鹿にしていた通りの状態になってしまった。
トランス状態になるとセラピストの声に強烈に魅了されて、言われたとおり素直にそうしてしまう。
セラピストや会に集まった人には全幅の信頼があるから不安はないのだが、ちょっと怖い。
自分でトランス状態に落ちてしまったら、どうやって戻ってくればいいのか?
この集まり、実は友人宅での飲み会。
鍋をつついてお酒も入って盛り上がる中、あわわ、また落ちていく予感。
今度は何も準備しなくてもカクンと首が垂れてしまう。
「もちぇさん、いまどんな感じですか」
訊かれれば、モゴモゴと言葉は出る。
「また落ちてしまいました」
はあ〜、見せ物だよこれは、と内心思いながらも、やっぱりどうにもならん。
「あなたの一番楽しかった時のこと思い出します。それはどんな時ですか?」
「馬にのって思い通り動かせているとき、モゴモゴ」
さすがにセラピストは、情報が少なくて十分理解しがたい内容でも肯定的に受け止めてくれる。
評価も疑念もなく、そのまま受け取ってくれるのが大きな安心。
「じゃあもちぇさんのベストパフォーンスの時はどんな時?」
「天上の乗り心地が味わえる時、人馬一体の境地」
「ふーんむ」彼のこのひと言にも受け止めてもらえた実感がある。
「身体のどこかに、いつでも今のこの状態にもどれるボタンを作ります」
ああ、それなら両手で手綱を握る動作だわ。
親指を伸ばしたまま拳をぐっと握る。
「手綱を握る動作なんですね」
そうそう、止まるのも前に出すのも左右に曲がるのも自由自在。
「そうやって手綱を握ればいつでもベストパフォーマンスの状態にもどります」
「大丈夫、忘れてもあなたの無意識がちゃんと覚えています」
「さあ、じゃあもどって来ます」
「深呼吸をして、もちぇさんのリズムで、自分にあったやり方で今のこの部屋に戻ってきます」
何度も深呼吸して、まるで水面に向かって深い水の底から浮かび上がるかのごとくに戻ってくる。
最後のひとかきはことのほか大きく息を吸って、ぽかっとリアルワールドに頭がでる。
すみませんねえ人騒がせで。
勝手にトランス状態に入ってしまうのも考えものだ。


■真夜中にかくのごとく遊んでいたので、当然今朝は寝坊する。
倶楽部には遅刻して到着。
昼過ぎから雨が強くなる予報が出ていたので、無理を言って昼休みの時間に乗せていただく。
お相手は【エルパソ】
ベストパフォーマンスと手綱の握りという昨夜の余韻が残っていたので、楽しく乗れた。

■駈歩をすると内方の座骨が常にぐりっとあたるようになってきた。
先生も「内方の座骨に乗って」と指導してくださるので、それでよいと考える。
が、座骨があたることろが痛い。
乗り終わって帰ってきてもダイニングチェアに座るのがつらいのだ。
今も、骨盤をたてて座らないようわざと悪い姿勢になっている。



838鞍目 手綱は緩めない

 2010-10-03(Sun) 通算838鞍目
■野外で過ごすのにちょうどいい天気。
ふと路傍を見遣ると、赤みを残したすすきの穂がようやく伸びてきたところ。
曼珠沙華の花も今頃になって咲いている。
草木の時期が半月ほど遅れているようだ。

■今日で夏休みも終わり。
今後、ぎっしり仕事の詰まった毎日のなかで倶楽部に通えるのか不安になる。
乗馬クラブのスタッフには、騎乗馬を選びレッスン用にコンディションを整えておく苦労があるようだ。
いつ来るかわからない人のためには用意ができない。
ちゃんと定期的に通うからこそ、人間のレッスン進度と馬のコンディションをあわせられる。
「あなたに合う馬がうちでは用意できないから」と倶楽部の入会希望者に先生が済まなさそうに断る時もあると聞く。
うわ〜ん、サボりすぎると「もちぇさんが乗れる馬はいないよ」と言われてしまうかも。

■「今日は【エルパソ】ね」
おお、彼に乗せてもらえるのは光栄の至り。
「広い馬場では速歩までね」「駈歩は丸馬場でやりましょう」
「輪線運動を多くやって」「馬場の入り口側にはあまり近づかないで」
ここまで言われると、時々驚いて走り出すエピソードを思い出さざるを得ない。
『馬は人間の操作に100%従ってくれるものだ』という幻想を持つのは危険。
馬と常に会話する、自分の扶助に馬がどう反応したのかに注意を払うことが重要だ。
■【エルパソ】は並歩、速歩ともいい子でいてくれる。
が、入り口側に近づくとつつつ…と埒からはなれていく。
「こっち側はそんなに怪しいものがあるんかい?」
先生は輪乗りや直線、手前を換えなど頻繁に運動の種類を変える指示を出す。
「きれいな円がかけるように4分の1先の目標を常に見ながら馬を動かしていって」
馬がよれてしまってから慌てるのではなく、次の行き先を考えながら微調整なのだ。
■停止から並足を出す時に、握った手の中からするすると手綱が伸びていくのを見て
「ほら、そこで手綱を伸ばさない!」と先生の声が飛ぶ。
馬が首を伸ばすのに合わせて無意識に手綱を伸ばしている私。
「いいかい、親指と人差し指でしっかり手綱を持っているんだよ」
「そうやって手綱を緩めるから馬が勝手な方向に行こうとするんだ」
常に手綱でコンタクト。
馬の重さを常に感じられるように。
■「ハイそこで停止」「4歩後退」「すぐ並足で前に出す」
ああ、コンタクトが一定じゃないとできないんだよなあ。
後退って過去に1回しかやったことないんだけど… と思いながらも
脚をほんの少し後ろにずらすだけでトントントントンと後退してくれる【エルパソ】
うっそ〜、こんなにわずかな合図で通じるの?
並足の方向が斜めにずれる。
「脚が左右同じに使えていないと馬がよれるよ」
「馬の動きをみて自分で調整してみて」
はいはい、了解。
「急にドンと合図しないんだよ」
「すっとずらしてちょんと合図すれば通じるから」
もぞっと動いただけなのにちゃんと後退も前進もしてくれる馬。
【エルパソ】がこんなわずかな動きでわかってくれるのに、
私ったら、どかどか蹴ったり押したり引っ張ったり…
ああ、神様【エルパソ】様お許しください。
■「じゃあ駈歩は丸馬場で」
うう、駈歩出せば内側に入ってきてしまう。
「ほら、内方脚で押し出して」「外側の手綱を開いて」
いつもスミマセンねえ、得意の右肩から逃げる体勢をさせてしまってます。
馬自体は素直で、押せば外に行くし、
人の肩や肘が前に出過ぎないように気をつけて外方手綱を張れば膨らまない。
正しい扶助をすれば正しく動くんだからと教えてくれるのだ。
■「後は自由に」「終わりにしてもいいし、また続けてもいいよ」と言われたところで
あともう1回と欲が出る。
すんなり駈歩もでるし、維持もできる。
しかし、天上の乗り心地には今ひとつ。
重心が前後ろと揺れて不安定。座骨が鞍に着いたり離れたり。
こういう乗り心地の時は、上体が揺れたり拳が回ったりして
「漕ぐな!」って注意されるのがオチ。
自分で漕いでいるわけでなく、漕がざるを得ないのが真相なのだが。
もっと馬を前に出すか? 
それともあえて動かないようにぐっと固まるか??
「もちぇさん、拳を馬に合わせて動かさないで」と見かねた先生がアドバイス。
「肘を伸ばさない」「ぐっと持って!」「楽(らく)しない !!」
怖いけれど、拳にかかる力(手綱の張力)をもう2段階ほど強く持つ。
身体がもって行かれないようおへそを中心に意識する。
うえっ、一瞬馬が潜ったような感じになって手綱にかかる力が生々しくなる。
馬の口の中を直接持っているような生々しさとしか表現しようがない。
舌で押し出してハミを銜え換える感じとか、左側の口角の力を抜いた感じとか。
「そう、それでいい」「わかった?」と先生の声。
前後に揺れたり鞍から離れたりする感じはなくなって、
丸めた背中の頂点に座ってぴたりと安定。
「馬に合わせて手綱を緩めるから、かえって馬がどこに頼ろうかわからなくなる」
「ぐっと持っていれば馬の方からそのハミを受けてくれるから」
いつもは乗り心地の快さに感動して幸福感を味わうのだが、
今日は手綱の生々しさにかえってドギマギ。
私一人で馬と向き合う勇気が出るんだろうか? 
生き物に乗っていたことに今更ながら気がついた。

■馬がハミをうけてくれるって、なにか一線を越えた生々しさがある。
人も馬もお互い生身で勝負ってところ。
「今日はいい子だった」とか「ものすごく気持ちよく走ってくれた」と単純に幸福感に浸れない。
ちょっと奇妙な気分なのだ。








837鞍目 調子に乗りすぎた

 2010-10-01(Fri)  通算837鞍目
■折角、まるまる一週間の夏休みをとったのに雨降りの日が多い。
庭の手入れとか、夏物をしまうとか乗馬するとか…
長い休みだと思っていたのに、もう週末。
やらねばと思っていたことの半分もできずにいる。

■平日に倶楽部に出かけるのは久しぶり。
高速料金が通勤割引である(9時までにICを通過しなければならない)ことをすっかり失念。
あわわ、家を出るのが遅すぎた。
■【くれよん】君に今日もお世話になる。
いい気になって駈歩しているうちに、輪乗りの手前を換えが普通にできそうな気になる。
やっているうちに「しまった、まだやるには準備不足」と気づいた。
「すとんと並足に落としてふわっと発進」するシンプルチェンジが無理矢理になっていた。
「ごめん、ごめん、調子に乗りすぎた」と【くれよん】に謝ったが、時既に遅し。
カリカリモードの彼。
虫を気にして首をぶんぶん。
並足に落として休憩をとろうとしたところで尻っぱねされる始末。
危うく落馬するところだった。
■「どうした?」「止まらなくなったの?」と先生が援軍に来てくださる。
暴走したり止まらないわけではないのだが、ご機嫌を損ねてしまった。
私の無遠慮な手綱と、鞍の上で弾む騎座が原因なんだろうなあ。
何をどうしたというきっかけはなく、私の乗り方自体が諸悪の根源だから
先生の「何かしたの?」という問いには答えようがない。
■「【くれよん】は右手前がつらいみたいだから、左手前だけでいい」
「膝下で抱きつかない」「膝が空いているよ、しっかり鞍につけて」
「追わない」「左の座骨に乗って」
左手前の輪乗り駈歩で乗り方の再教習。
膝下が流れて馬に抱きつくスタイルがよみがえりつつあったのだ。
そうそう、膝からの上の内股がぴたりと鞍にはまれば楽に乗れるんだった。
■今日は調子に乗りすぎて、手綱で無理矢理止めたり、タイミングがあわない駈歩発進を無理強いしてしまっていた。反省。
馬と自分の調和ってことを常に意識しないとね。
ようやく、騎乗後すぐに疲労感や筋肉痛を自覚。
これが普通。
何の変化も感じずに丸1日以上たってからの筋肉痛は、気持ち悪すぎる。





836鞍目 秋の休日

 2010-09-26(Sun) 通算856鞍目
■折角の土曜日は雨。そして夜半には10℃を下回る冷え込み。
お彼岸を過ぎたと思ったら、いきなり初冬の気温。
「寒っ」ベッドに入っても寝付けない。
くしゃみ鼻水のオンパレード。身体がついていけないのだ。
■しかし、目が覚めると快晴、陽の光が突き抜けるようなまぶしさ。
さわやかな秋の休日。
わくわくしながら倶楽部に向かう。
■「どうでした?先週帰った後は筋肉痛で大変だったでしょう」と先生に労われる。
身体がほぐれて慢性肩こりがとれた>>36時間後からギシギシと筋肉痛という図式が成り立って、ベネフィットの方が勝る。

■今日のお相手も【くれよん】君。
「まだまだ、ゆっくり身体慣らしをしてね」というご配慮。
馬が素直に扶助に従ってくれるって、本当に幸せなことである。
楽し〜い。
駈歩などは「無理せずこの辺で〜」と思っても、
「まだまだ走れますよ」という彼の雰囲気に、普段の倍は走ってもらった。
小さな輪乗りとか巻き乗りとか、安定した駈歩でなければ絶対やりたくないことにも、気軽に挑戦できる。
楽しいけど、
【くれよん】君はどうしてこんなにいい子なのか?逆に心配になる。
苦労した時期があるのだから、今はただ楽しもう。

■私がやらなければならないのは、きちんと定期的に練習に通うこと。
「乗る人が少なくて…」と大好きな練習馬たちが、よそにやられたら大変だもの。
「時間がない」とか「疲れたぁ」を言い訳にしない!
仕事と家事の割り振りとか、体力気力の増強とか… 頭を使わなきゃ。

がんばろ!



835鞍目 やっぱり馬はいい

 2010-09-20(敬老の日)  通算835鞍目
■待ちに待った祝日連休。
6月から今まで休みらしい休みがなかっただけに、身体も心も生活もガチガチ。
ようやく倶楽部に行って馬に乗れるのだ!
■「今日はゆっくりゆっくりやりましょう、楽しんで乗って」と先生に送り出される。
久しぶりの【くれよん】君。
肢のプロテクターを前後逆につけたりと惚けている私。
それでも馬に跨がると時間の空白など飛び越えてしまう。
言葉じゃなくて、リズムとか動きとかが支配する世界。
常日頃「あれはこうして」「それはこうして」と考え事でいっぱいの頭がひととき空っぽになる。
【くれよん】君の駈歩は、ゆっくりと自由自在。
久しぶりに輪乗りの開閉なんてものをやって充ち足りた気分になる。
■「やっぱり馬はいいなあ」
馬の背で味わう幸せは何ものにも代え難い。
【くれよん】君、ありがとう。
なんとか頑張って馬に乗り続けるからね。



原子炉の炉心をのぞく

 2010-08-28(Sat)
■生きてはいるが、馬に乗れずにいる。
■今日は、原子力科学研究所の一般公開日。
研究用原子炉 JRR-4の見学に行く。
中性子捕捉療法(BNCT)の照射室がお目当て。
深さ10mの純水の底に沈んだ炉心を覗き込む。
ふーん、炉心の真上にいる自分に気がつくと、なんとなく落ち着かない。
この手すりを乗り越えてこの炉心プールに飛び込んだらどうなるんだろう?
「明日の新聞に載りますよ」とは、見学の解説担当の方。
本物のチェレンコフ光、見たかったなあ。

■さらに、大強度陽子加速器施設(J-PARC)のツアーにも参加して大満足。
201008281428000.jpg
写真は、全長300mの直線加速器。遥か彼方まで続く。
今年は結構な数の加速器を見てまわった。
■直射日光にあぶられ外気温36.1℃の中にあっても「まだ私の体温より低いから大丈夫」と判断。
今年の猛暑は、31~32℃が涼しいと思えてしまうほど。

■帰途について高速道路を飛ばしていると、乗馬倶楽部の橘先生から久々のメールが入る。
『暑い日が続いてますがいかがお過ごしで?』
「!」「うわっ、次のジャンクションで左に曲がればクラブに直行できるじゃないの」
あと5分遅ければジャンクションを通過していた。
そうなれば倶楽部に出向くのは次の機会になっていただろう。
偶然の呼びかけに応えて
「先生とってもラッキーなんです。今近くを走っているのですぐに行きます」と直接返事。
11週間ぶりに倶楽部に顔を出す。
■倶楽部の看板ができていたり、花壇が勢いづいた花で埋め尽くされていたり、子猫がいたり…
ああ、やっぱり馬っていいなあ。
「今年の夏は暑くて大変だよ」
「忙しいんでしょ、無理しなくて秋になってからでいいから」とお気遣いをいただく。
■あまりに自由になる時間が少なすぎて、あれこれ考えるゆとりもない。
気がつくと馬に乗り始めて6回目の夏であった。

834鞍目 どうする練習メニュー?

 2010-06-12(Sat) 通算834鞍目
■仕事の澱が積み重なって頭の芯がどんよりと重い。
そんな一週間を終えて土曜の朝になる。

8時に倶楽部に着く。今日は朝練だ!


833鞍目 這ってでも馬に乗りにいく

 2010-06-06(Sun) 通算833鞍目
■【エルパソ】がかわいい!

832鞍目 馬を伸ばさない

2010-05-15(Sat) 通算832鞍目
■初夏の風景が広がっている。
若緑の勢いが増してあふれんばかり。
そんな緑に、野生の藤がつるを絡ませて滝のような花房をあちこちで楽しませてくれる。
藤や桐の花の紫に目がいくようになったのは、ここ数年。
毎年同じような景色を見ているつもりでも、心のありようで見えてくるものが違うらしい。

■昨日、仕事を終えたのが9時近く。
どんどん遅くなっている。
夕方5時ぴったりに帰れる生活とは縁遠くなってしまった。
今の私には、週末の2日間に主婦の仕事と趣味を詰め込む術を編み出すのが緊急の課題。
しかし、
「動けば動くほど、動けるようになる」
「詰め込めば、さらに詰め込めるようになる」という気がしないでもない。
自由になる時間があった頃の方が何もしていなかった。
正確に言えば、自由になる時間を「何もせずダラダラ過ごすための貴重な時間」として使っていたのだ。

■今日も【エルパソ】と。
何気なくパドックの柵にもたれていると、彼の方から近づいて来た。
直接視線を送ったり手を伸ばして顔を触るのは、馬に対して尖った接触になるようで気後れしてしまう。
目を伏せて背中を丸めて肩先が馬のほうを向くようにして待っていると、
「ふんがーふん、ふん」と頬のあたりに鼻息がかかる。
鼻の穴が広がったり小さくなったりで、くすぐったい。
「どう過ごしていた?今日の調子は?」と彼の方から細かく尋ねてきている。
「あいむふぁいん、あんじゅ?」と馬の鼻先を嗅ぎ返してあげると、
「もっちろんっOK」と【エルパソ】が軽く鼻先で私の方を押してくる。
「なんだよ〜挨拶のつもり?」と同じように肩で馬面を押し返すとさらに積極的な返事が返ってくる。
馬としばしオシクラマンジュウをして遊ぶ。

■今日の【エルパソ】は仕事まじめ。
途中怪しい農業トラックに驚いてポンと脇に跳んだりしたが、大事にはならず。
「物見をして飛び出してもこの馬の動きなら大丈夫」とかえって、私にとっては安心材料となった。
(かつての【アレフゼロ】や【ローザ】と同じく、突然の大きな動きでも充分ついていける馬がいるのだ。
多分身体の柔らかさとか動きの安定感が関係していると思われる。)
■先生からは、
「駆歩のみならず速歩でも馬を伸ばさないように」
「最初から優しく持つだけになっているから、馬は詰めようと思わず伸びていってしまう」
「一度はぐっと強く持つ瞬間があるから、馬に伝わるんだよ」
「特に駆歩の出だしで馬を伸ばさないように」
と注意を受ける。
■むやみやたらに手綱を伸ばしてハミをはずした状態にしても、馬がそれで快適になれるわけではないらしい。
というのが最近の学び。
特に訓練された馬にとっては、きちんとハミがかかって(そのハミが信頼に足るものであり)踏み込んだ運動をしたあとで、よくできたと楽にしてもらえる方が充実感のある仕事になるらしい。
というわけで、むやみに手綱を緩めずに常にある一定の張力はかけたままで運動できるよう心がける。
なかなか難しい…乗っている側にも緊張感が必要で休憩できない。
まあ、やれる範囲内で。
■駆歩は、途中速くなりかけたところでぐっと手綱を保ってこらえる。
と、ふっと楽になる【エルパソ】
そうそう、ゆっくり上にあがる駆歩だよ。そうだよ。
うん、通じた!
ハンドルもブレーキもアクセルも自由自在な駆歩。なんでも出来そうな駆歩になる。この感覚は久しぶり。
最後の常歩は、大股で頚を伸ばして良い終わり方になった。
■制御不能の猛スピードの駆歩とか、馬が首を振って必死にバランスをとろうとするガタガタの駆歩しか知らない時代があったことを思えば、こんな楽な駆歩を味わえることろまで辿り着いた感慨にふける。
乗馬は初心者時代をむやみに長くとらない方が、人も馬も幸せだと思う。
(経験者は語る…)
馬にしがみつかなくても大丈夫になるためには、教えてくれる人や乗せてくれる馬への信頼感が重要なのだ。
信頼感だけは、自分の足で稼がなくてはね。
お金じゃ買えないのだ。





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