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794/795鞍目 発達課題 [第19章]

 2009-07-24(Fri) 通算794/795鞍目
■とうとう夏休みシーズン到来。
とは言っても、
職場は「周囲に迷惑をかけないなら順番にとってもよろしい」という風土なので
お休みありがとうのお土産だけが増えるだけで、いつもと変わらない状況。
違うのは倶楽部が夏時間になったことか。
来週からは、競走馬を載せた馬運車と並走するような時間帯に出かけることになる。
■ここ一週間、梅雨明け宣言は勇み足だった…と思わせるようなぐずついた天気が続いている。
予報では今日も強い雨の時間帯が続く。
これでは2周連続で馬に乗れないじゃないの〜
念のためにとチェックしたレーダーによる雨雲の動き予測では、倶楽部のある地域だけ雨雲が避けて通っていく。
うーん、賭けのつもりで倶楽部に出かけることにした。
結果は、雨雲レーダー予測を信じた人の勝ち! 
雨に降られたのは帰路だけだった。

■いつも通りの時間に到着すると、夏時間ゆえにもう乗り終えて帰った人もいると聞かされてびっくり。
午後の騎乗は夕方3時以降になるので、午前中にふた鞍騎乗することにした。
■ひと鞍目は【くれよん】君。
先生からは「肘が伸びちゃっているよ、肘を曲げて」と注意される。
「肘から先の前腕・拳・手綱は一直線に伸びてなきゃ」
「手首や肘,肩の関節をやわらかく使ってね」
そうそう、肘が問題なのだ。
伸びきってしまわないよう腰の横におくのが基本姿勢。
肘を引くことを意識すると俄然、背中とくに肩甲骨間がすぼまる感覚が鮮明になる。
■今日も4本のキャバレッティを速歩で通過。
「しっかり前に出してね」
「横木を踏みつけたりすると危ないから」と声がとぶ。
「【くれよん】君は本当は横木跨ぎをどう思っているのだろう?」とバーの前で馬なりに任せたのが、先生に見つかったらしい。
いったん跨がせると決めたことは終始一貫した扶助で最後までやらせないと、馬が不安になったり混乱したりするのだ。
気をつけないと…
リズムよく前に進んでいる時は本当に楽しい。
上下動が大きく馬の首も動くので、手綱の手応えもよくわかる。
どんなに動いていても馬の口にハミがカツンとあたらないよう常に手綱の張力が一定になるようにするには、人が関節をつかって動きを吸収するしかない。
やはり、ここでも肩や肘関節が大活躍。
■この調子だと駆歩でのキャバレッティ通過とかクロスバーに挑戦したくなるじゃないの。
「本当はどうなの?」
【くれよん】君自身にもにやってみたいかどうか聞いてみないと、無理強いはできないが…
■その後の駆歩でも、肘を意識すると手綱に血が通うようになる。
去年の【てんてん】君のように、人馬のバランスを鋭敏に感じ取る道具になるのだ。
ちらりと慌てるそぶりをみせる彼に「もっと後ろにバランスを戻して」と伝えたくなる。
おっと、自分の重心も後ろに持ってこなければダメじゃないの〜と慌てて気がついて、グウと座り込む。
しっかり座って手綱を握っていると、今度はやたら馬の前が軽くなってしまう。
その場で方向転換できそうな勢い。
「ちがうちがう、こんなに腰に荷重しなくてもいいんだから」と前を少し緩める。
障害馬の来歴を聞いてから、手綱を持つとどの馬よりも上にあがって前が軽くなる駆歩の理由がわかったような気がした。
跳ぶための態勢が整っているんだ。
とすれば、きちんと頭を下げさせないとバーのない所でも飛びあがってしまうかも。
手綱を握るということは、馬が納得して安心して扶助を受けいれてれてもらうべく責任が生じるのだ。
力任せに荒っぽい扶助を出すのは厳禁。
■人と馬が走りやすいように丁度いい所に重心をもってくる。
目に見えるものじゃないけれど、【くれよん】君が落ち着いた気持ちのいい運動をするためにはどうしても必要なことなのだ。
馬を伸ばさない、でも手綱を強めに持つとすぐ後ろに重心が集まってしまう彼の為には、迅速かつ繊細なバランス調整能力のある騎乗者にならないとなあ。
この夏の課題だ!
■クーリングでは、速歩と同じく並歩でも左右の座骨の動きを意識するように言われる。
「座骨を馬の動きにあわせていけば、脚なんてほとんど使わなくても馬はどんどん動いてくれるから」と先生。
そのためには膝から下は馬から離してフリーの状態にしておかないと。
ブリティッシュスタイルの乗馬を習っているはずなのに、脚を馬から離して片手手綱で乗れる態勢を常に求められている。
これって衣装を変えたらそのまんまウエスタンスタイルでも通用するかも。
先生曰く「ブリティッシュもウェスタンも馬を動かす原理は変わらないんだから」
まさにそう思えてきた。

■ふた鞍目は【ひなげし】ちゃん。
つやつやのピンと張った馬体、いつ見ても愛らしい姿をしている。
昼飼いの準備で先生は忙しそうに厩舎を行き来しているので、各個乗りを楽しむ。
目指す所は、外側で回すようにして肩から逃がさない。
手綱を意識して馬ときちんと繋がっているようにする。
【ひなげし】の乗り心地はやわらかくて気持ちよい。
以前は右手前が上手くいかずにワガママされていたこともあったが、外側で回すことを覚えてからは、逃げようとする一瞬はあっても「ダメよ」のひと言(1アクション)で軌道修正が完了する。
わかり合えるって幸せなことだ。
■駆歩も両手前で一通り終える。
連続ふた鞍目だしお昼前の暑い時間帯なので「30分で切り上げようかな」と並歩をさせていると、
「あれっ、もう終わりにするの?」
「駆歩もやった?」と厩舎から顔を出した先生に聞かれる。
「【ひなげし】はいい感じの駆歩してくれましたよ」
「なんならご覧に入れましょう」とポンと駆歩で馬場を巡る私。
駆歩するには心と身体の準備が必要で「やれ!」と言われても「ええーと」「まずはこうしてああして」とウォームアップに時間がかかった私が、「ご覧に入れましょう」と何の苦もなく駆歩している。
我ながらびっくり。
「左の膝が空かないようにね」
「外の手綱をしっかり、内側の座骨に乗ってね」と細かい注意を頂いて駆歩は終了。
「後は好きにやっていいよ」と言われて、
「先生、【ひなげし】でキャバレッティ跨いでもいいですか?」と普段やらないことに挑戦したくなる。
「障害馬として調教されてないから、跨げるけれど嫌がるかもしれないよ」
「跨がせると決めたら,嫌がって大変かもしれないけれどやらせてね」と先生。
横木に向かう為の方向転換で馬と喧嘩したら面倒なことになるかも、と予想する。
まっすぐバーに入れないと馬にも人にも逡巡が芽生えるのだから。
距離を十分にとって横木にまっすぐ向かわせることだけに集中する。
急な方向転換でちょっと嫌がるそぶりはあったものの、今回も外方で回して上手く折り合いがつく。
うむ、『外方で回す』は偉大なり!
前回の【クラウン】に騎乗してから、初歩の障害に目覚めつつある私なのだ。
【くれよん】君に引き続き【ひなげし】ちゃんとも楽しいキャバレッティの時間になった。
「馬が大きくよく動いていましたよ」と言われて安心した。

■騎乗を終えて、興味深い場面に出くわした。
■ビギナーの方が先生に訴えている。
「馬がね手綱をぐいっと引っぱるからバランスを崩しちゃってだめなんです」
先生はやさしく、
「馬に負けないように頑張って下さいね」
重ねてビギナーの方が、
「馬が急に内側によってしまって言うことを聞かなくなるんで、先生がやってと言ってもできないんです」
馬の背中にいながら話は途切れることがない。
こんなにやっているのに上手くならない、一つ注意されると他のことはできなくなる、馬が勝手にうごいてしまうと切々と訴えている。
まさにその通り!
彼女の身に起こっていることも、感じていることも,考えていることも何一つ間違っていない。
私もそうだったからよくわかる。
ただ、延々と続く話に「でもね、そうさせているのは乗っているあなたなんですよ」と先生。
「あなたが乗り難いと思うように,馬も乗せ難いと思っているんです」
「それを馬は我慢して頑張っているんだから、あなたも頑張って下さい」
うわっ、そこまで言ってしまったか…
乗馬を娯楽とするか、進歩をめざすスポーツとするかの分かれ目なんだろうな。
ビギナーが直面する一つ目の大きな壁だ。
軽い素直な馬を配馬してもらってお茶を濁すか、遅々として進まない騎乗姿勢やバランスの育成を目指して自分と向きあうか。
娯楽に徹するのもそれはそれでいいと思うが。

■なんだか、馬を始めた頃を懐かしく思い出してしまった。
そうそう最初の頃の悩みは「馬が言うことをきいてくれない」だったなあ。
この頃の騎乗者としての発達課題はクラブのインストラクターや馬に対する『不信感vs基本的信頼』
本当に解決の糸口のない悩みだったから、素直な馬とか軽い馬に乗せてもらえないのは、クラブでは泡沫ユーザーとして軽く扱われている証拠なのかもと思ってしまうのだ。
重い馬や危険な馬に乗せられ続けると、クラブへの不信感がつのり退会してしまう人もいる。
なんとか乗り越えると、自分が下手だから練習して上手くなればいいのだと〈将来への希望〉を抱けるようになる。
■インストラクターが「馬がそうやっても負けずに」
「もっと脚!」「もっと強く手綱を引いて!」
こう言われると『暴君vs動物愛護者』の葛藤を乗り越えなければならなくなる。
「ごめんね」とぺちっと鞭を使うと「馬に伝わってません、伝わるまでもっと強く!」
自己嫌悪に陥りながら強い扶助の使い方を身をもって知ると、ようやく扶助は感情で使うのではなく、馬がわかればすぐさま止めるという理性をもって使うのだという〈公正さ〉が理解できるようになる。
これに失敗すれば、端から見ていて気分の悪くなる力任せの騎乗者に落ちぶれていくのだ。
■思いつくまま、ビギナー時代の悩みを〈騎乗者としての発達課題:エリクソン風〉に並べてみた。
そう、みんなどうにもならない悩みを抱えてその時々を過ごし、乗り越えていくのだ。
今の私の発達課題は何だろう?
インストラクターがいないと馬を動かせない『依存vs自立』の葛藤か?
自分で練習時間を確保し身体コンディションやモチベーションを保つのが難しい『罪悪感vs勤勉』の葛藤か?
馬歴5年目を近く迎えるにあたり、もう少し詰めて考えてみるかな…



792/793鞍目 立ち乗り〜 イエィ! [第19章]

 2009-07-10(Fri) 通算792/793鞍目
■今夏の乗馬用の服は長袖に決めた。
こんがりちくわ焼けした腕を衆目にさらすのが恥ずかしくなってきたのだ。
というわけでUVカットの夏仕様ウエアを探すと、CX-W とかアンダーアーマーなど興味深いスポーツギアが見つかる。
32℃まで気温があがる予報でも「どんとこい!」という気分になれる。

■午前中は【くれよん】君
先週は横木1本だけだったが、今日は4本に増えている。
「嫌がるようなら、無理にやらなくてもいいからね」と先生。
【くれよん】君は何の問題もなくキャバレッティを跨いでいく。
前回教わった「外方で回す」を実践してみると、本当に抵抗なく横木に向かって方向を変えてくれる。
■こういう障害物があると、人も馬も「上手くできた!」という達成感を味わえるし、「よし、もう一回」とか「次はあそこを狙おう」と攻略する高揚感もある。
漫然と馬場を回るだけではない魅力に心奪われる。
■駆歩は丸馬場で鐙上げで。
外方で回すようにして輪乗りの開閉。
いい感じで切り上げる。
■練習が終わって先生が語るには、
「【くれよん】は前いた所で障害を跳んでいたそうなんですよ」
「よく跳ぶからとどんどんやっているうちに、しまいには立ち上がるようになったらしくて」
相当つらかったんだろうなあ、それで廃馬になりかけたんだ…
「うちに来た時にはキャバレッティすら嫌がったので、やらせてなかったんです」
今日の【くれよん】君は楽しそうで、そんな過去をみじんも感じさせなかった。
「この馬はダメだ」と見捨てられた彼の身体と気持ちを立て直して、ちゃんとした馬に育て直す先生の技量。
「助けてもらったから、馬が恩返しをしているのよ」と言う人もいる。
「どうやって調教したんですか?」と先生に質問すると、
「無理なことをさせないだけ」「(他の人は)馬のことを知らなさすぎるだけ」と言う。
そうか、そうなんだ。
今日再びキャバレッティを跨げた【くれよん】君に乗せてもらえた幸せを、私はしっかり噛みしめておこう。

■午後は【ろーざ】に乗る予定だったが、左の後肢の具合がおかしい。
せっかく取り寄せたゴーグの調整も済ませて、準備万端整えていたのに残念。
無理せず早くよくなってほしい。

■急遽、【アンソニークラウン】君に乗り替わることになった。
彼は障害馬。
先生の障害鞍を借りて初騎乗となった。
■「今日は新しいことをやりましょう」
「速歩の出だしはガタガタしますけれど、動き出したら大丈夫だから」
「駆歩は乗り心地いいですよ」「右手前がちょっと出難いけれどね」
と【クラウン】の概略を説明してもらって、丸馬場で乗る。
■久しぶりの障害鞍で、鐙をかなり短く調整してもらう。
「最初は手綱を長いまま並歩で」「大丈夫そうだったら速歩にしてみて」
膝を大きく曲げた軽速歩は、違和感たっぶり。
「しっかり踵を下げて」
うわっ、石ころゴロゴロ道でガタピシと跳ね上がる荷車にのっているような気分。
「もちぇさん、手綱を短くしていって」
「外方でしっかり抑えて、頭を下げてきたら少し譲ってあげて」
へぇ、障害馬でもハミをとらせて顎を譲らせるんだ。
「ほら、ハミをとって走れば馬がふらふらしないでしょ」
言われてみればその通り。
ゆるんでガタガタしていたつなぎ目が、キュッと締まってひとつにまとまってきた感じ。
乗り心地も悪くない。
■「今日は2ポイントで乗ってみましょう」
「鐙に立って、身体を前傾させて、しっかり前を見る」
「背中が丸くならない、ほら、肩甲骨を意識して」「お尻あげて」
「拳は小指が馬の首に触れるくらいの位置において」
「手綱はゆるませない!」
「踵を下げて」「膝の屈伸を利用して」
わふー、立ち乗りは好きなんだけれど、振動を全て膝関節で吸収するあのスプリングの感覚がきつい。
何と言っても、立ち乗りの練習は2年ぶり。
関節は固くなっているし、必要な筋肉も落ちている。(それは言い訳ってやつで…)
■速歩、駆歩とも前傾姿勢での練習。
「もちぇさん、背中丸めない!」
「拳が馬の首から離れないようにね」
「手綱を緩めちゃダメだよ」
背中を伸ばして首をくわっとあげて前を見る姿勢は、意識していないとできない。
前後に伸び縮みする馬をしっかり支えるためには、今まで以上に手綱をしっかり握っていないとダメだ。
自分の腕から背中、腰、下半身に至るアーチをイメージする。
これがぐにゃと崩れたら馬の力を支えられない。
アーチの重心は、みぞおちよりおへそのあたりに収束させる。
この真下に馬の重心がくれば安定。
時に背中が疲れて、この重心が前後にふらふら動いてしまう。
真ん中に重心を安定させなければ。
■「もちぇさん、踵下げて!」
「膝を自由にして」と、先生の声が再び飛んでくる。
踵を下げて膝の屈伸で馬の振動を吸収していると、自分の脚が車軸受けになったような感じ。
駆歩する馬は、上下前後に動きながら転がる車輪のようなイメージになる。
左右の脚でつくるアーチの下で馬が上下する感覚。
■2ポイントの前傾姿勢で乗るのは、上半身と脚の2つのアーチが上手い具合に馬の動きを吸収してくれるから、馬がどんどん動いても平気でいられる。
「速いよもっと抑えて」と先生の声がしても、
いったいどこが速いんだろう? と不思議に思う。
馬の動きを騎座のすべてで感じ取る馬場の乗り方に比べて、2ポイントは馬の大きな動きへの許容度が高いのだ。
■最後は、広い馬場に移動して蹄跡を駆歩する。
馬場的な乗り方よりも駆歩が楽なのはどうしてだろう?
いつもよりも長時間、駆歩をし続けていた。
走りながら、馬の耳が汗に濃く染まっていくさまを眺めていた。
「はい、並歩におとして」
「後は手綱を楽にして、歩いてあげて」とクーリングの指示がでる。
ふう〜、風を切って走っていたから気がつかなかった。
暑い! 熱い! 砂漠かここは?
下馬すると【クラウン】の汗が滴り落ちてくる。
いやはや、すまなかったねえ。
ありがとうね、暑い中立ち乗りにつきあって駆歩し続けてくれて。


■「以前に比べて、かなり安定してきましたね」と先生。
確かに自覚がある。
新しく鐙面のゴムを変えたら、踏みつけて汚れる部分が鐙の外側2/3だけで、残りのゴム部分は白いままなのだ。
しかし、拳を一定にとか、下半身を一定にとか、馬の上で静かにしているためには、もの凄い筋肉痛を覚悟しなければならないのだ。
ああ今週も身体がギシギシと音をたててきしむ関節と筋肉の苦しみが待っている。
それはそれで仕方がない。
何はともあれ、楽しかった!!

790/791鞍目 外方で回す [第19章]

 2009-07-03(Fri) 通算790/791鞍目
■ほぼひと月ぶりに乗馬に復帰。
でかけるのが億劫になってしまうのを「まあ、そんな時もあるさ」と軽く受け流して、さっさと家を出る。
楽しみとかやる気に頼ってしまうと、趣味は続かない。
「いつか止める時がくるけど今はその時ではない」「今は馬に乗る時だ!」と自分を鼓舞する。
■午前中は【くれよん】君。
「最初に調馬策で回しますから」「月曜には乗ったんだけどね」と先生。
梅雨は運動できない日が続くことがある。
元気に駆け回る馬を眺めて「人が乗ってこんなに走られたら落ちずにいられるかな」と思う。
■普段はしっかり動いてくれたら、すぐに並歩に落として休んでしまうのだが、
今日は比較的長い時間、単調な運動を続ける。
ロングスローディスタンスって感じかな…
人も馬も細かいことは考えず走るリズムに埋没する。
■「この横木跨いでいいですよ」
「ここを中心に15mぐらいの八の字を描いてごらん」
【くれよん】君で横木を跨ぐのは初めて。
先週の障害飛越競技のイメージが残っているので、バーの前にまっすぐ入って、前に出して持って、跨いだらずぐ次のルートに身体を向けるようにする。
なんだか楽しい〜
横木の前で手綱を握っていると、わざわざピョンと飛び越えてくれる【くれよん】君。
障害も面白そうだなあ。
手綱の手応えを感じながら横木を跨ぐと、今まで以上に馬との一体感を感じる。
■駆歩でも手綱を大事にする。
馬が伸びていかないように、肩甲骨から腕を意識して馬を支えるようにする。
うむ、ゆっくりした駆歩。
右手前は予想以上に上にあがるので、かえって怖くなる。
「いいじゃない」と先生の一言。
運動不足でいらいらして止まらないかもと心配したけれど、落ち着いたいい子だった。
よかった、よかった。

■午後は【ろーざ】に乗る。
「ゴーグは壊れちゃったし、どうしようかな?」と先生が悩んでいる。
うーむ、前回は途中でバラバラになったのだった。
「そうだ、今日は強めのハミと折り返し手綱でやってみましょう」
「とにかく頭を下げさせないと、勝手な方に逃げていってしまうからね」
「馬体が柔らかいからどんどん逃げてしまう馬なんですよ」
「練習馬だから、すぐ悪さを覚えちゃうしね」
サイドレーンで固めるのではなくて、馬と約束事をつくって、後はバランスで乗っていけるようにしたいなあ。
■「折り返しは小指の外側を回して、親指で押さえる時に手綱の上にくるようにね」と先生の指示。
薬指と中指の間に挟んで手綱の内側にする使い方を最初に習ったせいで、折り返しを外側に持つとズルズル緩んでいくようで頼りない。
「この持ち方の方が自由に折り返しの調整が利きますから」
とは言え、いまだに折り返し手綱を自由に使えない。
勝手にゆるんでしまうし、どの長さでどんな手応えで使うと良いのかすらわかっていない。
■「最初は緩めて自由に馬が動けるようにね」
ゆるやかな長い手綱にしておくのが一番好きなのだが、
「では、どんどん折り返しも短くしていって」
「もっと、もっと短く」
うえ〜ん、手綱で言えばピッチマークの1番目の短さ。
こんなに短くして馬は窮屈じゃないんだろうか。
「もっと頭下げさせて」「内側をジワーと引いて、はい許す」「そうそう」
【ろーざ】に乗ると、これまでの感覚とかけ離れた尺度で馬を縮めるよう言われる。
前をぐいと持つと当然馬が止まりそうになる。
うわん、馬がエンスト起こしてはいかんと脚を使う。
「もっと前に出てちょうだい」と馬を応援しているつもりで脚が後ろに流れて拍車が入ってしまう。
「そんなに拍車でぐりぐりやらない!」
「そこは鞭使って!」
ピシッと使った途端に尻跳ねして、どどーと急発進する。
【ろーざ】にガッと飛び出されるのはきわめて珍しい。
ああ、そうか。
今日は折り返しを持っているから、ガッと飛び出す感触が直接私の手に伝わるんだ。
そして、ぐっと止められないから馬に飛び出されてしまうのだ。
「馬と引っぱり合いしない」
「軽速歩をとっていれば落ちつくから」
本当だ。飛び出しても安定感があってすぐ収まるから、怖くない。
【ろーざ】なら何をされても平気でいられる。
■「どんな感じかちょっと乗り換わりってみますね」と先生。
輪乗りの中心に私が立って、まわりを先生が回ってみせる。
「手綱の使い方、見ていてわかりますか?」
「内方の手綱をじわーと引いて馬が頭を下げたら許す、ほらまた、じわーストン楽に」
「じわーストン楽にだよ」
引っぱっているのは主に折り返しの方で、手綱はどちらかと言えばゆるゆる。
ううむ、馬が首をあげてから内側をグイイと引っぱるんじゃなくて、首をあげようかなと体勢を変えた瞬間に先生はじわーと内側を引いている。
馬の状態に合わせて、引いたり緩めたり自由自在に動く。
逆に外方は、手綱をピンと張って拳がビシッと固定されている。
「ねっ、外方に頼らせて、内方は自由に使う」
「手は、左右どちらも独立して動かせなきゃね」
「どう見ててわかった?」
ううっ、ここで何かを言葉にしたら、それ以外がこぼれ落ちそう。
見たまま、見た通り,何も言うことができない。
■私が再び騎乗すると、
「【ローザ】は外方で回すっていうのが、もの凄く良くわかる馬だよ」
「今日は外方で回すことを勉強していってもらおう」と先生。
外方も何も、まずは4本の手綱の扱いに手こずる。
「ほらほら、もう折り返しが緩んでいる!」
「そら外側の肩を張られちゃっているよ」
そう次から次に指摘されても… 現状の把握さえ難しい。
「じゃあ、まず並歩の輪乗りで」
「外方の肩を張られているよ」
「内側だけ引っぱるから、どんどん外に逃げられるんだよ」
えーん、手綱が長くなって手応えがない。 もーう、いまいましい紐の束め!
手綱をさばき直して短く持ち直す。
■丸馬場に移動して、馬に騎乗した先生が並んで歩いて、お手本を見せてくれる。
「ほら、外方の押し手綱はこうやるの」
私は、押さえ込むことに必死になって外方をただ引っぱっていたらしい。
取っ手のついた引き戸を身体の中心に向かって開けるように、拳をぐうと馬の騎甲に向かって押し付けるようにする。
「そのとき内側は緩めてあげて」「両方引っぱったら馬がきつくなるでしょ」
おうおう、何の抵抗もなく内側に入ってくる。
なんどか練習するうちに、あはっ!
肘を曲げて,鞍の前橋の脇に拳を構える姿勢が基本なのだ。
伸びた腕を曲げようとするから馬を引っぱり込むか、手綱を長くする以外になくなる。
肘が伸びてこれ以上調整のゆとりがないから、いったん長くなった手綱はたぐり寄せなきゃならなくなる。
うんうん、肩甲骨を意識して肘を曲げる構えを死守していれば、手首をちょっと前後に折るだけで折り返しを効かせたり緩めることができる。
ゆるゆるの手綱で馬に伝わらなかった前半に比べて、
肘を曲げて短い手綱を死守して、関節の動きの範囲で微調整している方が馬によく伝わる。
「脚は使わずに、手綱だけで馬を内側に入れてごらん」と先生。
外方手綱を押し付けるように、内側はその分緩めてあげるとすうと内側に入る。
あれっ、これって片手手綱で内側に入れる時と同じだ。
両手で持っていても、片手手綱と同じような左右の力具合なのだ。
そうかー、馬を押え付けるように、左右両方ともぐいいと引っぱったり押し付けたりして馬に窮屈な思いをさせていたんだ。
「外方のハミに頼らせて走らせればいいんだよ」
「はい駆歩!」
ううむ、外方でいつも馬と繋がっているってことだ。
外側に持つ片手手綱で馬をレールに乗せているって感じだな、これは。
「そう、外方に頼らせて内側の座骨に乗っていれば駆歩は続くんだよ」
内側はぶらぶらでもかまわないってこと?
「カツンとあてちゃダメだよ」「丁寧にね」
内側をジワーと引いて馬の頭がストンと下がる、はい楽に。
うんうん、手応えあり。
■速歩に落として、
「今度は馬の首を外側に向けて、内側に入れて」
「戻してまっすぐにして」
「はい、今度は内側向かせて外に出して」
押し手綱だけで馬が内外に動いていく。
「脚で押さなくても手綱だけで大丈夫でしょ」
「これって、斜め横足に繋がっていくんですよ」
斜め横足という単語でイメージがかなりくっきりしてきた。
押していく先にスペースを空けるという感じ。
■「外方で回せるようになると【ろーざ】に乗るのがかなり楽になると思いますよ」
「左右の腕が自由自在に使えるようにならないとね」
「簡単なことでしょ」と先生。
うーん、今日の発見はふたつ。
ひとつは自分の肘が伸びているから手綱の微調整が効かなくて、伸びた手綱をたぐり寄せている隙をついて【ろーざ】がフリーダム炸裂させている現状。
肘を畳んで短い手綱死守だ! 
そして、手綱は両手で持つとしても、片手手綱と同じ原理で馬に伝わっているのだ。
左右を別々に使い分けないと、いたずらに馬に窮屈な思いをさせてしまっている。
それが、馬が肩から逃げるとか前に飛び出すなどの反抗を引き出しているらしい。
「いつもはサイドレーンで外側を規制してしていたから、今日ほど鮮明にわからなかったんですね」と私。

■手綱が緩まないように必死で乗っていたせいか、帰宅後の週末は背中など身体中がギシギシ音を立てて筋肉痛となる。
上手くいくと信じられないほど軽〜く楽〜に乗れるけれど、その境地に至るまでは馬に負けないように渾身の力でまっすぐ真ん中を保たなければならない。
ふえ〜、人と馬がしあわせでいるには苦労を避けては通れないということだ。

-心の距離- 競技会観戦記 [第19章]

 2009-06-27(土) & 06-28(日) 県馬術競技会
■今年も競技会観戦デイズ。
夏至前後の強烈な日差しか梅雨のドロドロ馬場のどちらかに悩まされるのが常。
初日の気温は33℃まであがり熱中症になりそうだった。
「馬術は優雅に見えるけれど、現実は汗と埃にまみれてひどいものよね」と誰ともなく言い出す。

■競技会に慣れてくると、競技本番のみならず準備馬場での様子や
競技者と指導者とのやり取りなど見聞きする範囲が広くなってくる。
自分が第3者なので、実におもしろい!
■練習馬場での人馬の様子を見ていると、落馬しそうだとか良いパフォーマンスができそうだというのが何となくわかる。
人と馬の距離…なのだ。
馬が首をあげて「もうやだ」と反抗をしている時に、形ばかりは言うことを聞かせようと扶助を送っていても「この馬いやだ」心が離れてしまっている選手がいる。
かつての自分がそうだったから、馬が言うことを聞いてくれないと怖くて逃げ出したくなるのはよくわかる。
また「何だこいつ」とばかりに怒りを爆発させてしまうのもわかる。
でも、こういう人馬はそこで終わっている。
落馬しても「ああやっぱり」と思えてしまう。
人馬の心の距離は、重心間の距離でもあるのだろうな。
逆に馬がピリピリしていても「あ〜はいはい」と馬の状況を理解した上で心を添わせていける人馬は強い。
■自分自身と馬をどれだけ信頼できるかなんだろうな。



789鞍目  [第19章]

 2009-06-26(Fri) 通算789鞍目
■乗ったのは【ひなぎく】ちゃん。
気温が31℃まであがって暑かった。

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