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827鞍目 やっぱり馬が好き [第19章]

 2010-03-12(Fri) 通算827鞍目
■過去最長の馬断ちでようやく満願かなった。
9週間ぶりに騎乗する。
やっぱり馬が好き!
馬の背で揺られた後は、気持ちも身体もほぐれて実に壮快。
【ろーざ】は私を忘れないでいてくれた模様。
唇を使って「ぷっ」と言うかわいいおねだりもあいかわらず。
■馬に乗るってことをいったん全て忘れて、再起動した状態で乗るといろいろな感覚が新鮮。
【ろーざ】が私の扶助の何を感じ取ってどう動こうとしているのかがクリアに感じられる。
右の肩から逃げるいつもの癖も、私の右(外方)手綱が弱過ぎて馬が「これなら楽勝」と逃げを決めているらしい。
「もちぇさんの扶助はやさしすぎ」
「ぐっと外を緩ませないでおいて、内側を引けば馬はコトンと頭を下げるでしょ」
「馬が逆らえないなと納得すればあとは楽だから」
「馬がわかるようにもっと強い力でやって」と先生。
普段使わないような力でぐっと外方手綱を握って、馬を内側に向ける。
「抵抗するなら、もっと内側に向けていいよ」
「その場で小さな円を描くつもりで」
【ろーざ】が頭を下げる、ふっと楽になるから私も握りを楽にする。
んっ、緩めすぎたかな…
隙間からすかさず頭を上げようとする。
またもう一度。
うん、頭を下げた状態から駆歩出せばトンと離陸成功。
気持ちのいい駆歩になる。
外方をしっかり握って壁を崩さないでいるってことを、私の身体がまだ覚えていないのだ。
馬が指示に従えば、すぐにふっと両手綱を緩めて楽にしてしまう癖が出ている。
身体の軸も馬の動きにつれてクニャクニャ捩じれたり傾いたり折れ曲がったりするからなあ。
ああ、これから直していきたい課題が盛りだくさん。
■約一年前【ろーざ】に乗り出した時は、頭を上げて逃げ出さないようにサイドレーンでがっちり固めた状態だったのだ。
現在はコーグで規制しつつも馬には逃げる自由があるなかで、馬が納得して頭を下げてまっすぐ進ませる方法を私が学ばせてもらっている。
馬が納得できるようなコミュニケーションの取り方なのだ。
■先生は、馬は理解できたら一瞬で変わると言う。
後はもう大丈夫という。
馬が理解できないやり方を延々続けていたり、馬が理解した瞬間を見逃して要求を続けてしまったりすると、馬は心と身体を病んでしまう。
「手に負えないとウチにつれてこられる馬は大体そう」
「ちゃんと馬がわかるやり方で教えれば、コロッといい子になる」
■私の課題は、
メンタル面では、ハッキリとした要求を出せるだけの馬への信頼感と自分への自信を持つこと。
身体面では、馬の動きにつられて自分の軸や壁が動いたり歪んだりしないように、まずはコアの筋肉を均等に鍛えること。
さらに、騎座や脚や手綱がぶれないように馬上でのバランスを鍛えて、扶助がクリアに伝わるよう心がけること。

■やらなきゃならないことはこんなに沢山あるのに…
この3月から職場を変わり、お気楽なパートタイムマーからフルタイムワーカーになってしまった。
乗馬クラブの移転に伴う休業、恒例の受験期馬断ち、そして働き方の変化と馬に乗り続けるのが難しい状況。
そこを何とかやりくりしてカタツムリの歩みでも前に進んでいかないとなあ。
中高年の乗馬ライフは、いかに上達するかも悩ましいが、いかに続けるかも大きな課題である。
がんばらないけど、あきらめない。

814/815鞍目 桃源郷 [第19章]

 2009-09-25(Fri) 通算814/815鞍目
■秋晴れの気持ちのいい日。
通う道すがらも、陽のかけらがキラキラとして乾いた大気に乱反射している。
ススキの穂が伸びてきて風に揺らいでいる。
まさに乗馬日和。

■「私の通う乗馬倶楽部は桃源郷みたいだ」といつも思っていた。
高速道路を120km/hrで飛ばして出口を降りたら、くねくねとアップダウンを繰り返して田んぼと畑を抜けていく。
「ここから入るんだよ」と教えられなければ絶対見落とす生け垣の切れ目のような細い道を入って、個人の庭先のような所に出る。
パドックにいる馬の姿に気がつかなければ、誰もが「あっ間違えた」と引き返すだろう。
■周囲は畑とそれを取り囲む雑木林。
台地の上にあるので、木立の切れ間からは遠い風景が見渡せる。
倶楽部に植えられた緑の先に整然と広がる畑、そして色づき始めた柿の実や常緑樹、さらに向こうの森や空と、視線は遮られることなく伸びていく。
馬場の脇には大きく育った欅があって、差し掛ける枝の作る緑陰は涼しくて、馬にも人にもありがたいものなのだ。
この欅の傍から眺めると、馬場も厩舎もすべてが見渡せて、どこで誰が何をしているのがよくわかる。
こじんまりとしているけれど、逆にそれで緑の懐に守られている環境になっているのかもしれない。
■厩舎の前庭が馬場になっているから、道具手入れをしていても埒脇で立ち話をしていても、馬はすぐそこにいて様子をうかがうことができる。
馬房の近くを通るたびに彼らの視線を感じ「元気?」「なあに?」「そろそろお腹すいたね」と声をかけてしまう。
馬に乗る時だけの触れ合いではなく、倶楽部にいる間お互いの存在を感じ合っているのだ。
馬が道具ではなくて、心を通い合わせる相手なのだと心底思うようになったのは、こんな倶楽部の環境も影響しているのかもしれない。

■今日の午前中は【ろーざ】、午後は【ひなげし】
楽しく乗れた。
それで充分。
「よくできたね」「いい子だったね」「楽しかったよ、ありがとう」と馬の首を叩いてひらりと鞍から降りる瞬間を迎えられる幸せ。
先生は「いつでも基本に忠実に」「何がいい状態で何が悪いのかもう自分でわかっているのだから、いつでもいい状態になるよう気をつけていかなくちゃ」と言う。
答えは馬が教えてくれる。
スムースに気持ちよく動いてくれている時は、正しい。
思い通りに動かない時や違和感がある時は、人がどこか間違っている。
馬の邪魔をしていないか、馬に苦痛を与えてないか、馬の返事を待てずにいるのか、まず自分を振り返ってみなくてはね。

■深山幽谷の彼方に神仙の守りし里あり。
緑深く花鳥舞い、人と馬が心通わせ幸せに暮らす処なり。
その里を尋ねゆきても辿り着くものは極僅か。
 ーそんな桃源郷を降りなければならない日がやってきた。
神仙の守る里で遊んでいればあっという間に年月が経ってしまうから、必ず人の世に戻ってこなければというのがおとぎ話の定番。
里を振り返りふりかえり山道を行くとやがてその姿は霧の中に沈み、後日どんなに探しても入り口は見つかりませんでした… という物語の結び。
■終わりの始まりなのか、始まりの終わりなのか、万物は流転する。



812/813鞍目 女王陛下の如く [第19章]

 2009-09-18(Fri) 通算812/813鞍目
■朝起きると寒いくらい。
今年も高速道路の植栽にピラカンサのオレンジ色の実が目立ってきた。
クラブ周辺の田んぼも稲刈りが始まっている。
■午前中は【ひなげし】に乗る。
彼女がとてもいい子なので、楽しいひと鞍になった。
先生は特に何もおっしゃらないので、次に彼女に乗る時からは、もう少し運動の精度を上げることを課題にしよう。
■お昼時になっても気温は上がらず薄ら寒い。
霧雨が降り出して、長袖のアンダーウェアにポロシャツといういでたちでは冷えてくる。
秋冷は身体に悪い。
案の定、くしゃみが止まらずアレルギー症状が出始める。
車を運転するので眠気をもよおす坑アレルギー剤が使えない。
あと1歩症状が進めば、粘膜浮腫に喘鳴、呼吸困難への坂道を転げ落ちていく。
とりあえず、βstimulatorで対処。
このまま帰宅しようかとも考えたが午後は【ろーざ】。
石にかじりついてでも乗りたい。
■馬装のために繋場につれてきて彼女に挨拶する。
「午後は私よ、よろしくね」
かたわらに立って首筋を撫でるとあったかい。
それまで身体の芯まで冷えていたのに、ふわぁと温かさが乗り移ってくる。
首筋から肩背中にかけて凍えて固まっていたものが溶けていくようだ。
時折経験する不思議な感じ。
物理的に温かさが伝わるのとは違って、心と身体が瞬時に暖められて楽になる感じ。
「【ろーざ】、君は何か特別な力をつかったでしょ?」
馬に励まされて馬場に出る。
■左の肩から逃げそうになる時は、まず左の脚で合図してから押し手綱で規制するとすっと収まるようになった。
彼女との扶助の約束がだんだん固まってきて、お互い通じずに爆発する場面が無くなった。
「どう?」と先生に尋ねられるので「とてもいい感じです」と応える。
「週末にジュニアを乗せてレッスンしたらちゃんと動いたよ」と教えて下さる先生。
そりゃあ、【ろーざ】は頑固でもお仕事嫌いでもないんです。
ただ扶助に敏感で素直すぎるから、上に乗った人がガチャガチャ動くと混乱してパニックになるだけなんです。
「そうですよ、何も余計なことをしなければきちんと動くんですよ」と私。
【ろーざ】ファンクラブの会長職にある私としては、彼女がちゃんとお仕事したという話を聞けば嬉しくなる。
■最初は楽にリズムとバランスだけでどんどん動いてもらって、それから丁寧に手綱をとっていく。
いきなり乱暴な合図は絶対にしない。
次はこんなことがしたいなあという意図をまず伝える。
弱い微かな合図。その時は従わなくてもよいけれど次に少しだけ強い合図で従ってくれた時は、すかさず愛撫して褒める。
そうすると次からはほとんど何もしなくてもスルスルと動いてくれる。
このツーカーで伝わる醍醐味。
馬がどんどん前に出てくれるので、私は女王陛下の如く馬に跨がっていればよい。
女王として威風堂々とした姿勢でいるには、どんな時でも頭を上げていること及び背中を見つめられているという緊張感を保つことかな。
【ろーざ】はどんなに元気よく動いていても必ずストンと止まってくれる安全な馬だから、本当に女王の愛馬にふさわしい。
■駆歩も堪能して、最後は「キャバレッティーを使いたいのでしばし馬場を優先して使わせて」と周囲に断って、コース走行してのキャバレッティー通過を楽しむ。
私の体調が良くなったら、絶対障害の練習しなくては!と決心した。
なぜなら、本当に楽しそうに横木に向かっていく彼女。
初心者のお相手では丸馬場やサイドレーン付きも仕方ないけれど、のびのびと動けるレッスンがあってもいいはず。
彼女のファンクラブ会員が増えることを心から願ってやまない。

810/811鞍目 めっちゃ良い子 [第19章]

 2009-09-11(Fri) 通算810/811鞍目
■今年はお彼岸がくる前に暑さが止んでしまった。
日差しはまだ夏の名残で肌を突き刺すように強いのに、木陰に入ると涼やかな風が流れていく。
午後を過ぎると、陽光がもの憂げになる。
『秋の日のうすら寂しい光を浴びつつ、しきりに死を願う暖かな午後の魂』なんて詞が思い出される。
「時よ止まれ!お前は永遠に美しい」と叫びたいけれど、全てのものは移ろっていく。
明日は今日の続きで同じように繰り返されるものだと思い込んでいるけれど、そんな保証はどこにもないのだ。

■午前中は【くれよん】君。
先生に「軽速歩の手前が逆だよ」と注意される。
馬の外方前肢が前に出るタイミングで立つのだが、逆になっていることが多いらしい。
「チラッと馬の肩を見て自分で確かめてみてね」と言われる。
手前がわからないというのではないのだが、積極的に確かめようとせずに乗っているのが原因かも。
「えへへ」と照れ笑いをしていると、
「笑ってごまかさないの!」と先生。
「速歩は斜対肢が同時に動くから、お尻の感覚で後肢の動きを捉える為にもきちんと目で見て正しい手前を確認するようにしてね」
「自分の腰の感覚から馬の後肢がどう動いているのかわかるようにならなきゃ」
「これからはお尻にも目を持つようにして欲しいです」
ふうむ、時々「片方の踏み込みが短いなあ」とか「左右のリズムに変な強弱がついているなあ」と感じることがあったけれど、それって違和感としてスルーするではなくて、重要なサインとして意識化すべきことだったんだ。
「馬の跛行って、地上から見ているよりも乗っているほうが敏感に感じられるものなんです」
「そこまでいかなくても、左右差のある馬がほとんどだから」
「馬の苦手な所を、乗っている人間が助けてあげるようにするんです」
ふーん、なるほどねえ。
将来に向けての課題ですな… 今の自分は、軽速歩の手前にすら意識を払わずにいるのだから。
■【くれよん】君は、駆歩から速歩に移行して、スピードを緩める為に手綱を強く持った後にふっと緩めると再び駆歩発進をしてくれる。
他のどの馬よりも、手綱を握って緩めるという扶助に「推力全開!」という意味を見出しているようだ。
止まったのでブレーキ解除のつもりが、推進もしてないのに再びエンジン全開になる状況は、私がパニックになって落馬した諸悪の根源とも呼ぶレッスンを思い出させる。
あの時も口の強い障害馬だったなあ。
ハミが緩むことが却って悪影響を与えているのだとしたら、障害で乗る時のように馬の首に拳を置いてハミを緩ませずに拳の握りの強弱だけでやってみる。
すると、ちゃんとブレーキがかかってさらにスピードも落ちるし馬が落ち着いてくる。
ふう〜ん、そうなのか…
手綱を強く引っぱるとさらにエンジンを噴かす馬だから、手綱は優しくテンション弱く持とうと考えてきたけれど、実は手綱が緩んで支えが無くなることの方が重大な問題だったのだ。
■馬を支え馬に支えられる唯一のインターフェイス。
大切な接触面をもっと意識して繊細に扱わないといけないなあ。


■午後は【ろーざ】に乗る。
本来なら障害の練習にするべきだったんだろうが、今日は私の体調が今ひとつ。
ということで、いつもの馬場鞍で乗る。
■「あのー【ろーざ】さん、今日はめちゃめちゃ良い子なんですが?どうしたんですか?」
最初からずんずんと力強く前に出てくれる。
しかも一定のリズムで滑らかに動いてくれる。
先生も「いいね、馬が楽に動いているね」
「今は頭下げさせようとか考えなくていいから、まずは馬が楽に動くことでいいから」
ひゃっほ〜ようやくここまで戻ってきた。
【ろーざ】と私がこうやって運動できることが何よりも大切なんだから。
■馬のリズムが一定で生き生きとしている。
馬場の砂には、前肢を特徴的に上げた彼女の陰が映る。
■駆歩も彼女の理解できる比較的狭い範囲の強さの扶助を心がける。
右の肩から逃げがちになる時に、ワガママさせない!と強い扶助を出すと彼女の反抗心を呼び覚ましてしまうので、自制心をフル動員してまっすぐ真ん中に座って早めの小さな呼びかけに徹する。
「鼻面が前にでているな」
「ゴーグを緩めましたか?」と先生に呼び止められる。
なんでもゆるゆるが好きな私なものですから… きつく姿勢を矯正された馬に乗るのは好きじゃないんです(心の声)
先生に長さの調節をしてもらって再度駆歩を出す。
ほわっ、馬が上にあがる駆歩になった。
本来は自分の手綱で支えてここまで馬の姿勢を作るのだろうが、私のヤワな筋肉では力の強い【ろーざ】は支え切れないなあ。
きつい姿勢はかわいそうなんて中途半端なことをやるから、却って馬がつらいのかも。
■今日も左手前で逆の手前の駆歩が出てしまうことがたびたび。
「もちぇさん、外方の手綱が緩んでいるからだよ」
「右の手綱をぐっと引いて」と先生の声。
ええっ、何? 外? 引くの?
言われた通り【ろーざ】の首が引っぱられて動くまでちょっと強引に手綱を引く。
すると、ストンと姿勢がはまって正手前の駆歩がすっと出る。
ぁはっ。
【ろーざ】の首は左に曲がりやすく、右の肩から逃げる体勢をとりやすい。
特に駆歩発進の合図のタイミングがずれたりすると、途端に右の肩から逃げようとする。
もうこの時には外方の手綱はゆるんでしまっているのだ。
馬が左に向いているから自分としては外方を緩ませている自覚はないのだが、駆歩を出す直前に馬が正しい姿勢にもどったとすれば、当然外側が緩んでしまう。
人が自覚してとらせている姿勢と馬が勝手にとっている姿勢があるんだな。
馬の勝手を許してしまうと自分の扶助が意図通りに伝わらなくなる。
んー、問題はそこか?
「右の手綱を強めに引いただけで【ろーざ】はストンと首を下げたでしょ」
そうそう、このストンと首をさげた状態で駆歩発進をするとびっくりするほどスムースにいくのだ。
あの【ひなげし】の時もそうだった。
その後の駆歩はスポーンスポーンとゴムまりが跳ねるような極上の駆歩。
「いいよ、そのまま続けて」
これが本来の【ろーざ】だ!  
■運動を終えて馬繋所までもどってくると、久しぶりにレッスンにきた方が馬に乗っている。
「じゃあ、駆歩ね」と先生のひと言で延々と馬場を周回している。
いったい何周回っているんだろう、まだ駆歩している。
「はい速歩に落として」「並歩で休ませてあげて」と再び先生が声をかけるまで、素直に駆歩のみ。
一緒に見ていた方と自嘲気味に言葉をかわす。
「私達は余計なことを考えちゃうのよね」
「こんなに走らせたら馬がかわいそうとか」
「駆歩しているうちに馬のテンションがあがったら怖いとか」
他のクラブから移ってきた私達は、
さんざん怖い経験をしてその時々の「〜してはいけない」という縛りが身体に染み付いている。
一日4鞍も使われる馬に乗っていたら、駆歩は2、3周が限度だと思ってしまう。
苦笑い。
このクラブにいる限りそんなことはまったくないのに…
無意識のうちに、遠慮したり制限を設けたりしている。
それが、先生の指示に従えなかったり、馬の勝手を助長させていることにつながるのだ。
■馬と心を通じ合わせて乗ろうとするとき、
私はどこかに「まあ、いいや」「馬の都合もあるだろうし」と一歩引いているところがある。
しかし馬とつきあうには、これではいけない。
フランソワ・ピニョンさんに学んだように、野生でない以上、馬が人の上に立ったら彼らは生きていけないのだ。
徹頭徹尾、人がリーダーシップをとり、馬の安心と安全を保障してあげなければならないのだ。
奥ゆかしい君主は国を乱れさせる、享楽的な王は国を食いつぶす、残酷な君主は民衆に喰われて滅ぶ…
主人になりたいなんてこれっぽちも思わなくても、自分が不適任だとわかっていても、馬に乗る以上はリーダーの任を背負わされる。
乗馬って帝王学なのだと思い出させてくれた。
■馬の都合にあわせて「まっいいか」ではなくて、こちらの意図をもっと明確にすべきなのだ。
どのルートを通り、どこで移行するか。
正確な運動ができるよう心がけなくては。


■それしにても【ろーざ】の乗り心地は本当にすばらしい。
「あの馬にはもう乗りたくない」から「一度乗ってみたい」「もっと乗りたい」と思う人が増えていくのは時間の問題だろうな。ちょっぴり寂しくもあるが。


808/809鞍目 ごめん、首に乗って [第19章]

 2000-09-04(Fri) 通算808/809鞍目 秋の集中レッスン第3日目
■2日連続で馬に乗れば、もう3日目は筋肉痛で起き上がれないだろうと予想していた。
ところが何の変化もない。
そう、毎日のように乗っていた頃と同じ。
疲労感はなく「次はああしよう,こう乗ろう」というワクワク感で自然に身体が押し出されていく。
橘先生に「やっぱり行きます」とメールをすると「頑張って下さい♪」との返事。
人は動いている慣性の力で,次の一歩が楽に踏み出せるんだなと実感した次第。

■午前中は【ひなげし】ちゃんに乗せてもらう。
いい子でお利口に運動してくれるので楽しく乗せてもらう。
が、先生から「んー腰が浮いているよ」とご指摘。
やっぱり? 駆歩しながら座骨の座りが悪いなあとは思っていたのだが…
「ここで調馬策回すから、もう一度駆歩の座りを調整し直しましょう」と先生から声がかかる。
■「ほら、膝でつかまってしまうから、乗っている時に鞍のあおり革が上に押し上げられてしまっているよ」と馬を止めた状態で私の脚位置を直して下さる。
「膝から下は力を抜いて」
「発進の合図の時とか、速歩に落ちそうな時だけポンと脚を使うようにすればいいんだよ」
あるべき姿の確認をして、あとは調馬策での駆歩。
脚はだらんと力を抜いてぶら下がっているだけの状態にする。
こうすると内方の座骨だけが鞍の上にのっているやじろべいの気分になる。
馬の動きに合わせて上半身と脚が揺れて、座骨が支点になって位置がずれないのだ。
「そう、それでいい」
「脚を一歩毎に使わなきゃなんて思わないで、馬が止まりそうになった時だけでいいんだからね」
ううむ、駆歩でも何もしなければ駆歩は続くという感覚を早く自分のものにしないとなあ。
■その後の駆歩は、脚は何かの意図を伝える時のみに使えるように、そっと馬体に添えていることに心を砕く。
ふくらはぎの触れている感覚を意識して、そこに集中する。
力を抜いて優しく同じ位置で。
内側に入れる時には、外側をちょっとだけ押し付けるとすうと動いてくれる。
なるほどねえ、力を入れないということをあえて意識すると、小さな力がより鮮明に伝わるんだ。
速歩に落としてすぐに駆歩の手前を換えるのも「次はこちらの手前ですね」とすんなり【ひなげし】に伝わる。
駆歩でなんでもできちゃうぞという感覚を持たせてもらえるから、楽しい。
ありがとうね【ひなげし】ちゃん。

■そして午後は【ろーざ】
秋の合宿最終日の最後のひと鞍は、
「総合鞍を使って鐙を短くして乗って、2ポイントの前傾姿勢で乗る練習をして」
「ちょっとポンと跳んでみましょうかね」とのご提案。
やった〜! 嬉しいなあ。 Let's Enjoy Riding!
■鐙革が短いのは、なんとも身の置き所がない姿勢なのだ。
2ポイントの姿勢で並歩速歩するも、自分の安定する位置を探してふらふらしながらだから、ひどく息が切れる。
「休みながらでいいからね」と言いながら、
「慣れてきたら、キャバレッティも前傾姿勢のまま通過してみて」
「そして駆歩も2ポイントでやってみて」
「やるべき課題はいろいろあるからね」と先生がにこにこしながら言いおいていく。
いったん並歩に戻して息を整えてから、2ポイントでのキャバレッティや駆歩にも挑戦してみる。
この3日連続して【ろーざ】に乗ったので何をするにしても安心していられるのが唯一の救い。
■「手綱がゆるんじゃダメだよ」
「手綱は短くピンと張って、拳は馬の首に置いて」
「ちょっとこっちへ」と先生の元に呼び戻される。
馬を止めて2ポイントの騎乗姿勢のままでいるように言われる。
先生が【ろーざ】の首の脇に立ちハミ近くの手綱をぐうと引く。
私の拳には、本来馬が引っぱるべき張力がかかってくるのだ。
「いい、このぐらいの力を常に手綱にかけているんだよ」
うわあ、わたしのゆるゆるで柔な力の3倍はあろうか。
「馬を伸ばした状態にしちゃダメ」
「馬がしっかり前に出てないとこれだけの力がハミに出ないから、しっかり合図するんだよ」
と、くっと拍車で合図するよう言われる。
「拳が馬の首から離れちゃったら、支点が無くなるから持っていかれて支え切れなくなるよ」
弓を引く感覚に似て、力を溜めないと何もできないのだと理解する。
【くれよん】のように強く持つと(本当の意味での強く持つとは違うのだろうが…)どんどん加速する馬とは違って、前に出した分をしっかり握っていると力が漲ってくる。
こんな状態の馬に乗っていると、手綱ゆるゆるでのぺーと伸びた状態で急に進路を変える扶助を出されたり、
推進されていない状態であっち行くなと手綱だけでぎゅうぎゅう引っぱり回されたりしたら、さぞかしつらいだろうなと思えてくる。
転がれない状態の空気の抜けたボールをつつきまわしているようなものだもの。
力の漲っている馬はちょっとした合図ですっと動いてくれる。
フリーダムな【ろーざ】の陰さえない。
■「じゃあこのキャバレッティに入ってきて」と4本並んだ先にブロックに乗せた一段高い横木を加えて、先生が合図する。
【ろーざ】も私もキャバレッティ通過は大好き。
Let's Go!
ぐわっとそばかすまじりの白い頚が迫ってきたと思ったら、あらら、すみません。
【ろーざ】の頚に抱きついていた。
どうも元気よく飛び越え過ぎたらしく、馬の頚がぐっと下がったとたん私が前にもってかれて鞍の前に飛んでいったらしいのだ。
「いやあ、ごめんね。大丈夫?」と【ろーざ】に謝りつつ身体を起こす。
「馬の方はまったく平気だよ,大丈夫だよ」と声をかけてもらって、ほっとする。
太くて短い頚だからセイフティクッションのようで私の方も問題ない。
「どう?跳んだ感触はわかった?」と先生。
「今の時刻は、1時57分ね」とナイスなひと言は、一緒に馬場に出ていたマダム。
記念すべき【ろーざ】での初跳びは、首乗りというおまけ付き。
しかしこの一件でわかったのは、お仕事嫌いといわれていた【ろーざ】は実は横木や障害を自分から楽しそうに飛ぼうすること、そして、騎乗者がバランスを崩して首に乗っても慌てず騒がす歩みを止めて、鞍に戻るのを待ってくれるという頼もしさ。
しかも、テンションがあがって暴走することがなくて合図でピタリと止まってくれること。
楽しいし、安心して乗っていられる。すごいじゃないの〜。
■「じゃあ、あとはもっとしっかり一定のリズムで前傾姿勢で乗れるように練習していきましょう」
「足はしっかり踵下ろしてね」
「一本だけ横木を置いておきますから、これを駆歩で通ってね」と先生。
2ポイントの駆歩をしながら横木を跨ぐと、またもやぐわっと頚が迫る。
ひゃ〜、そんなに大きく跳ぶものでしたか〜 
「拍車があたって馬が頑張りすぎているのかも」
「拍車当てないように気をつけて」と先生。
そんなにあれこれ注文つけられても困ってしまう。
まずは、2ポイントの騎乗姿勢からだな。
駆歩で横木を跨ぐと跳んでしまうから、速歩に切り替える。
トントントントンとリズムよく進むとぴょんと飛び越して駆歩になる。
うん、今度は飛び越える大きさといいリズムといい、ちゃんとついて行けた。
「やった〜」「えへへへ…」と顔がにやけてしまう。
馬の肩をぽんぽん叩いて「えらい!【ろーざ】はすごい!」と褒めると肩越しに振り返って「でしょ」と言わんばかりの様子。
いやあ、楽しかった。
■その後も2ポイント駆歩の練習を続ける。
反対手前が出てしまっても、すぐに出し直せて馬場を何周も回れるなんて夢見たい。
駆歩が難しくて、反抗されるとあとはぐちゃぐちゃになる馬とは思えない。
「2ポイントで乗る方が駆歩続くようだね」
「余計なことをされないので馬が楽に走れるのかもね」と先生。
確かに、馬の首に拳を置いいるから手綱の張力はぐっと一定の力で支えていられるし、背中で人が跳ね回ることもないし。
さらに、人と馬が一緒に楽しむという何とも言えないつながりのようなものを感じるし。
心から楽しかった。

■【ろーざ】とのレッスンを何とかしたいと思って、3日間連続して通った秋の休暇だった。
首を上げて制御不能になるから、サイドレーンでがっちり固めて首を下げさせてレッスン。
驚いて跳ねたり暴れたりしないから、初心者を乗せて調馬策レッスン。
馬の特徴にあわせてレッスンを組み立てる先生の考えは間違っていないけれど、10日とか2週間とかの間隔を空けて彼女に乗ると積もり積もった彼女のやるせなさみたいなものが感じられて切なかった。
「先生、馬が言うことを聞かないんです」とか「初めて乗せてもらうのでまずは先生のレッスンに集中して」と乗せている彼女をねぎらったり褒めることがなくて、いつも不安とか不満を背中に乗せてなければならない【ろーざ】
この休暇が終われば、私はいつもどおり週1回の乗馬が精一杯の日常に戻る。
私にできることは何もないけれど、せめて乗せてもらえた時には「頑張ったね」「楽しかったね」「あなたのお陰だよ」と言える騎乗を心がけたい。
そう,思えた。

806/807鞍目 のびのびと [第19章]

 2009-09-03(Thu) 通算806/807鞍目 秋の集中レッスン2日目
■週始めの天気予報では一日雨が降るとのことでホテルはキャンセル済み。
しかし、曇りで涼しく乗馬にはもってこいの日なので連日の通いとなる。
朝クラブに着くと既に4人が騎乗している。
夏時間の名残なのか、皆の出足は早い。
■「何に乗りますか?」と先生から聞かれて、
「【ろーざ】に!」と即答する。
昨日午後に乗って、その続きに乗りたかったのだ。
馬場は先行のレッスンが終わって独り占め状態になっている。
コントロールが難しい馬の場合は、他の人馬の動きを気にしながらでなく好きなように乗れる馬場はありがたい。
「キャバレッティを並べておくから,跨がせていいよ」とわざわざ先生が横木を並べてくれる。
よっしゃぁ、これならいろいろ目先が変わって【ろーざ】も私も楽しめる。
■天国のようなひと鞍となった。
昨日は上方移行のために強い合図を出すと、怒られたと感じて首を上げ身体をねじって抵抗していた【ろーざ】が今日は自分からどんどん前に出てくれる。
馬が勇んでキャバレッティに向かってくれるから、ほんとに小さな扶助で足りる。
そして、リズムよく元気よく跨いでくれたら「すばらしい!」と褒めると、「そうでしょ」と満足げにこちらを振り返って視線を返してくる馬。
上手くいっている時というのは、馬にとっても気分がいいのかもしれない。
「じゃあ,次は横木を越えたら急旋回して反対側から跨ぐよ」
「上手くいったら今度は一回戻って跨いだら次はぐるりと回り込んで向こう側からアプローチして、それからもう一回ショートカットして跨ごう」なんて、コース走行みたいにやってみる。
普段こんなに無理矢理曲げたら絶対反抗されるだろう急旋回も、横木へ視線をやってこのアプローチで行くと決めてかかると【ろーざ】は応えてくれる。
「Go!」なんて声をかけるとさらに前に出ていく。
馬が一緒になって頑張ってくれているんだと心が熱くなる。
「やった〜【ろーざ】、私達すごい勢いでゴールできたわよ」と首や腰をポンポンとたたいてねぎらう。
単に軽速歩でキャバレッティを跨ぐだけなのに、馬と心ひとつにできたような高揚感。
その後の駆歩は、まったく膠着せずすんなりと気持ちよくいく。
「先生、【ろーざ】とならクロスバーとか跳んでみたいと思います」と勢いに任せて大胆な発言をしてしまう。
「その馬場鞍だと無理だから,今度は障害用の鞍でやってみましょう」と先生。
■ここから先は憶測でしかないが、【ろーざ】も「やった〜できた!楽しかった」という気分に浸っていたんではないかな。
普段のレッスンで「思い通りにいかない」と騎乗者が不満を持つと、それは馬にも伝わって彼らの存在感とか自尊心を浸食してしまうように感じる。
特に【ろーざ】は自分からのびのび動いて騎乗者も満足するという場面が極端に少ない。
いつも調馬策で追い鞭で追われたり、サイドレーンで固められていたり。
彼女は褒められて伸びるタイプだと思う。
もっとのびのびさせてあげたいなあと切に感じた。
■レッスン後のお手入れでも、彼女の心が近くに感じられた。
「今日はやったね、楽しかったね」という気分を共有する。
人も馬も感情や意志を持っていると実感できた幸せなひとときになった。

■午後は【くれよん】君。
「涼しくなって元気が出てきたんだろう」と先生は言うが、駆歩から速歩に落とした後に落ち着きがない。
まだまだ走らなくてはと焦り出す雰囲気。
後半は丸馬場で乗った。
今日は、駆歩の量が半端でなく多かった。




804/805鞍目 様子見ながらね [第19章]

 2009-09-02(Wed) 通算804/805鞍目 秋の集中レッスン第1日目
■職場の夏休みを9月に入ってからとることにした。
娘達は学校があるから、100%自分のための夏休みとして使える。
いつも帰り道やその後の家事のための余力を残しておくことを考えるが、今回はホテルをとってとことん馬に乗ろうと考えていた。
この夏は仕事のことが頭を占めていたり家庭の用事で乗馬を休んだりと、乗馬から遠ざかっていた感が否めない。
■せっかくの秋の合宿だったが、天気予報では木曜日から週の後半は雨の予報。
乗れるうちに乗っておこうと予定を一日早めて、水曜日からクラブに通うことにした。

■午前中は【ひなげし】
他の人馬が練習しているとなかなか割って入ることが難しい。
ということで、あっさりと乗って終了。

■午後は【ろーざ】に乗る。
なんだか「もうやんなちゃう」とぴりぴりしている。
ゴーグを新しく購入して準備したものの、すれ違いが続いている。
以前は「馬のワガママに負けないで!」と強気の騎乗をするように言われていたけれど、どうもそれだけの問題ではないらしい。
■「ちょっと乗り替わるから、見ていて雰囲気をつかんでみて」と先生に言われる。
輪乗りをしながら、頭を下げさせる。
「【ろーざ】は強く引かないように、くいいいと引いてすっとゆるめて」
「なんて言うのかなあ、様子を見ながらやってみて」
輪乗りの中心に立って先生の乗る【ろーざ】を眺める。
首の後ろがぐぐっと緊張して頭を上げそうになる時と、ふうと緊張を解いて顎をかくんと下げる時といろいろな表情を見せる。
先生自身も「こうやるんだよ」と手順を示すのはなくて、人の動きと馬の動きを黙っていろいろ見せてくれている感じ。
これまでのサイドレーンをつけて内側を引っぱって顎を譲らせるとか、馬のワガママを許さないで強気で叱れというやり方を、方向転換したらしい。
これまでの言い方とまったく違う「馬の様子を見ながらね」というひと言が物語っている。
先生もどう指導するか考えていたんじゃないかな。
■乗り替わって、いろいろやってみる。
推進して内側の手綱をくいいと引いて、その分外側はやわらかく、頭がストンと下がればふっと内側を緩める。
「そう、そのストンと下がる感じがわかるね?」
「ストンと下がればふっと譲ってあげて」
最初に先生が乗って【ろーざ】が首の緊張を解いて顎をかくんと下げる瞬間を見ていたから、ストンとした感触がすぐに結びついた。
そして、ストンと下げた瞬間に譲らなくてはと考えるのではなく,反射的にこちらの拳も脱力している。
『目には目を』の如く、抵抗には抵抗を、譲りには譲りをと自然に身体が動かなくてならないのだ。
「そう、今日は馬がストンと首をさげる感じがわかれば十分だから」
「後は、それが速歩でも駆歩でもできるようになればいいんだから」と先生。
■並歩では満足な成果があるので、速歩にしようと扶助を強めたとたん、あらら抵抗の嵐発生。
どうも、強く脚を使ったのが「それではダメ」と叱った意味に取られたらしい。
首を上げて身体をねじらせて抵抗を始める。
「怒っているんじゃないよ、速歩にして欲しいだけ」と伝えたいけど伝わらない。
鞭でピンと弾くと駆歩になる。
駆歩はそれなりにいいのだが、どうしても脚を使うと怒られているととられて【ろーざ】の身体に緊張が走る。
「違うんだって、怒っているんじゃないよ」
どうしても上手く伝わらないまま、駆歩と並歩だけの運動になってしまった。
ふう〜、困ったなあ。
■今週は毎日クラブに通って【ろーざ】とおつきあいしてみよう。
なんとか上手く伝わるといいんだけれど。
人に乗られることが嫌なことで緊張することと捉えないで欲しいのだが。
どうなることやら。

802/803鞍目 Lost Orientation [第19章]

 2009-08-28(Fri) 通算802/803鞍目
■今年の夏は、夜明け前に家を出て空気の冷たく澄んでいるうちに騎乗することがなかった。
猛暑日が少なかったせいで、「何としても太陽が照りつける前に乗るぞ!」という意気込みに欠けていたのだ。
反面、帰路の居眠り運転の恐怖は味わずに済んだのだが。
■最近の違和感。
景色は見えているけど焦点が結べない。
うつむいている時のように周囲のことが見えてこなくて、全体の中の位置関係がつかめない。
自分がどこに居てどこに向かっているのか? 
ボケ始めたんじゃなかろうかと不安になる。

■本日はひと鞍目が【くれよん】君でふた鞍目が【ろーざ】
先生は「【ろーざ】と【ひなげし】と【くれよん】の中からどれでも好きに選んで」と言う。
【ろーざ】がメインで【ひな】ちゃんと【よん】君がお楽しみに週替わりで交互に乗ることにした。

■駆歩発進時の「タタン」というスキップのような踏み込みが好き。
特に速歩から駆歩を出す時の「タタン」を待つ気分は、
ブランコの漕ぎ始めにブランコ板に腰をかけたまま思いっきり後ずさりして足を浮かせる瞬間に似ている。
そして、「そーれっ」とブランコを漕ぎおろす時のような瞬間的な滑空感。
駆歩発進は外方脚で強く蹴って出すと教えられていた頃は、この滑空感を味わえなかった。
発進の合図は人が出すけれど、合図を理解して駆歩を出すのは馬だと心底思えるようになって、この「タタン」を待てるようになった。
馬の反応を待てるゆとりが出てきたってこと。

■駆歩で輪乗りの開閉とか反巻きとか、斜めに手前を換えて斜線でシンプルチェンジとか、以前のクラブでは中級クラスの人たちのやる難しい課題だと思っていた。
けれど本当は、ゆったりとした落ち着いた駆歩ができていれば、何の苦もなくできることだ思えるようになってきた。
馬を経路どおりに動かす練習をするのではなくて、いつなんどきでも騎乗者の扶助に従って自由自在に動いてくれる状態にもっていけるための基礎訓練の方が重要なのかも。

■先生からは「いいね」と言われるけれど、その他には「軽速歩の手前が違っているよ」とのお小言シリーズのみ。
なんだろう、取り立てて不満はないけれど自分はどこに向かえばいいのか、進路を見失っている。
【ろーざ】で格闘している外方で馬をコントロールする課題は、【ひなげし】や【くれよん】の騎乗を格段に楽にしてくれるのでありがたい。
が、あと何をどうすれば【ろーざ】ともっとわかり合えるのか、自分の課題は何なのかよくわからないのだ。





800/801鞍目 馬と一緒に歩く [第19章]

 2009-08-19(Wed) 通算800/801鞍目
■蒸し暑い日もあれば、涼しい北東の風が吹く日もある。
今年はアブラゼミよりヒグラシやツクツクボウシの声が目立つ。
草むらからは、リーンとかチロチロリンと金属的な虫の音が聞こえてくる。
近年になく楽に過ごせるのだが、夏を実感しないうちに季節が去っていくようだ。

■ブログを書くために鞍数を数えたら、800鞍目になっていた。
駆歩恐怖症と闘っていたし、物覚えの悪いおばさんだから、まあ実質250鞍程度の技量と考えてよい。

■今日は【ろーざ】と【ひなげし】
先生からは「並歩、速歩のうちから馬と一緒に歩くってことを意識して」
「自分の骨盤が馬と一緒に動くってことだよ」
「ライトレフトって交互に動いているね、わかる?」

■馬と一緒に動く。
人が扶助を出して終わりではなくて、馬の反応を伺う余裕をもつ。
反応とは、止まるとか曲がるという結果ではなくて、馬の緊張感とか動き方、前後肢の並び方(フレーム)とかがどう変化したかということ。

■【ろーざ】はギャバレッティに向けると自分から跨ぎにいってくれる。
このすううと引きつけられるように速歩してくれる感じが、なんとも頼もしい。
彼女の頑張ってやってくれる姿を見ると、「よくやった」「よかったね」と褒めて認めてあげることがとても重要に思える。
首を撫でると、馬が「でしょ」と振り返ってまなざしを送ってくる。

■馬の感じていることと馬の動き、そして自分の扶助が全て繋がっていないとなあ。

■【ろーざ】は頑固だとか難しい馬とか言われるけれど(確かに思い通り動かせないけど)、馬の感情表現が豊かで、彼女は受け入れられないことに徹底抗戦するけど、「ああ、わかった」といって動いてくれる時には信じられないほど気持ちがいいのだ。

■彼女にすんなり受け入れてもらえる扶助ができなくて、やってもらいたいことができないでいるのが現状だけど。

夏休みだと家族の行事に左右されて定期的に倶楽部に行けない。
【ろーざ】にもっと詰めて乗りたいのだが、うまいぐあいにいかない。

■下痢が続いているそうだ。だいじょうぶかなあ。


■【ひなげし】はどうしちゃったんだろうと思うほど楽に乗れる。
【ろーざ】で苦労している部分が【ひなげし】ではすんなりと受け入れてもらえるからだろうか?

ゆっくりとした楽な駆歩ってものが、だんだん輪郭がはっきりとしてきた。



796/797鞍目 ふわっと [第19章]

 2009-07-31(Fri) 通算796/797鞍目
■もわーと籠った蒸し暑さにうんざりしていたら、急に冷たい風が吹き出した昨夕。
わずか1時間のうちに31℃から24℃へ。
21℃の夜風は肌寒さと感じるほどで、こういう時は体調を崩すきっかけになりやすので要注意。
と戒めていたのに、抗アレルギー剤の眠気と疲れでソファで居眠り。
真夜中に起き出してシャワーを浴びて翌朝の野菜スープをしこんでいたら、はや午前1時を過ぎる。
■サマータイムなのだよ、乗馬倶楽部は!
日の出を馬の背で眺めるという目標をあえなく逸し、高速道路で遅便のJRAの馬運車を追い越すのがやっとだった。
ちなみにこの夏初めての馬運車は『ヒサトモ』号。
牝馬にしてダービーを勝った馬の名だ。
■朝6時を過ぎて高速出口のETCをくぐったので、通勤割引が適応になる。
曇りの涼しい日なので、割引率の悪い早朝をあえて選ぶ必要はないのかも…と新たな解釈が成り立つ。


■倶楽部では早くも騎乗している方がいる。
いつも思うのだが、倶楽部が近ければ朝騎乗してから仕事にいけるのに…
■ひと鞍目は、大好きな【ろーざ】に乗る。
前回は左後肢が悪くて乗れなかったので、ようやくの騎乗機会。
先生からは、フラットで乗るよう指示が出る。
今年の夏のレッスンテーマは、手綱を伸ばして馬を自由にして、人の身体もぶらんぶらんに脱力してのることなんだそうだ。
「自由にして馬が止まってしまうようだったら、人が馬にしがみついている証拠だよ」と先生。
自慢じゃないが、私はこの手のぶらぶら乗りは得意。
「せっかく手綱を課題にしてやっているのになあ〜」と落胆したものの、これが新たな展開を呼ぶとは思いもよらなかった。
■新しいゴーグをつけてフラットな運動を始める。
馬に跨がってすぐに【ろーざ】がこちらの出方を伺っているのを感じる。
歩く方向を修正しようと強めに手綱を向けようものなら、くっと馬の肩や首に力が入って抵抗の構えを見せる。
「まずは、あなたの自由でいいからね」
「私を乗せた重さに慣れるまでは、止まらずに歩いてくれればいいから」と方向も歩調も【ろーざ】に任せて、自分はまっすぐ真ん中にストンと座っているだけに徹する。
余計なことをせずにまっすぐ真ん中にいると、馬は結構まじめに動いてくれるのだ。
以前「動かさなけりゃ」「きちんと蹄跡を回らなきゃ」と思っていた時は、何もしなければ馬は何もしなくなってしまうと恐れていたのに、事実はまったく逆だった。
自分から動かしているわけではないが、自分の骨盤から動きが滑らかに広がっていく感覚。
【ろーざ】の乗り心地に執心するのは、馬との接点のこのもちっとした感触が何にも代え難いからなのである。
馬場を一周して、少しずつ私の意志も伝え始める。
方向を変えるには、脚でギュウと押したり手綱を開いたりするよりも、身体の向きを変えたい方向に向けるとか座骨の荷重を少しだけ重くすると目指す方向によっていってくれる。
本当に微かな扶助でしっかり伝わっているのに感動する。
速歩までは、ちょんと使う扶助だけで気持ちよく運動できた。
「ここまで動いてくれれば今度は手綱をしっかり持って運動しようか」というタイミングで迷いが生じる。
手綱を伸ばしてフラットに運動をするという指示がでていたから、このままフラットで駆歩すべきなのか。
■歩の為に内方姿勢をとらせようとした瞬間から、がらりと馬の雰囲気が変わってしまった。
ああ、速歩で手綱をもって運動させた後でないと私には駆歩出せないんだった…
伸びた馬でトンと駆歩を出すことはできぬ。
いきなり馬を内側向かせてまとめようとした私のデリカシーのなさが【ろーざ】のご機嫌を損ねてしまった。
「うん?馬が重いの?」と声がかかる。
先生、フラットのままでは私駆歩出せません。
「いい子だったんですが、駆歩出そうとしてご機嫌を損ねて首をあげられちゃって」
あーあ、せっかくいい雰囲気だったのにここからはフリーダム炸裂の反抗モードになってしまった。
「ほら外の肩から逃げられているよ」
よーく、わかってます。
必死に外方の手綱を緩まないよう握りしめる。
「止まれじゃないよ」「内側向いてごらんよ」と全力で闘っていると、
「左(内方)の脚が前に出過ぎ!」「腹帯よりも前に出ているじゃないの」とご注意が飛んでくる。
「馬を何とかしようとして、力が入りすぎて姿勢が崩れているんだよ」
ふえ〜、馬の反抗に負けないよう闘えと教えたのは先生ですけれど…
■「無理に内側向けようとしなくていいから」
「本来は内側向けるんだけど、そうするとますます外方の肩から逃げやすくなるからね」
「まずはまっすぐ」
「左右同じで、どちらにも逃げられないようにね」
ふーん、そうなんだ。
「馬が首をあげようとしたら手綱をゆずちゃっていいから」
ええっ?
「首をあげようとする馬の力に人が勝っこないから」
なんですとー! 「負けるな」と焚き付けたのは先生じゃないですか。
サイドレーンをつけない乗り方は違うのかなあ?
■「駆歩する前にまずは並歩や速歩で逃がさないようにね」とフラットな運動は終了して、【ろーざ】に首を下げさせる運動に変更。
こうなれば、また意識を変えて細やかな感覚を大事にする。
人が居丈高に「こうして、ああして」と要求するのではなくて、
「こうしてほしんだけどなあ」「こうすると楽なんだけれどなあ」とじっとしていると馬が合わせてくれている。
忍耐という表現がぴったり。
「そうそう、それでいいよ」と先生。
「上から見ると馬の首はどうなっている?」と聞かれる。
馬の首のかたちが極端に変わったということはないのだが、動きに合わせてまとまっている感じがする。
「馬がね、うんうんと頷いているみたいです」
「あはは」と先生。
でも本当はどうなのかな? 
ハミをうけている馬の首の状態って、馬上からみたらどんな感じになっているんだろう。
自分の見ている馬の首にこれといった特徴はないから、答えに自信はないのだ。
■「今日はもう駆歩はしなくていいです」
「自分が納得するまで、速歩並歩でやってみてね」と後半の練習課題を言い渡される。
ああ、残念。
【ろーざ】の丸まった駆歩に乗りたくてたまらないのに、今日は至らず。
反抗のない首を下げた状態で騎乗することに徹する。
「並歩速歩の移行はね、例えば並歩ピタっ!じゃなくて」
「『な・み・あ・し・す・す・め』ってゆっくり準備して自然に移行できるようにね」
「ふわっと移行するのがいい移行なんだよ」
ああ、「絶対言うことを聞かせるぞ」と無駄に力の入った傲慢な扶助を見透かされていた。
本当は幽けき扶助で事足りるのに、居丈高になったあげく馬に足元をすくわれている。
■乗り終わって先生が声をかけてくれる。
「この馬は頑固な所があるから難しい馬なんだよ」
「最初ニュージーランドから来た時には、もっと空を向くぐらい首を上げちゃって手を焼いていたんだから」
「それに比べれば、今は随分良くなったんだよ」
難しい馬だから上手く乗れなくて残念というネガティブな気持ちよりも、居丈高な扶助をしてしまった自分を反省しつつ、彼女との細やかなインターフェイスを尊重していけば必ずわかり合える時が来るはずと希望を抱かせるひと鞍だった。
「【ろーざ】とわかり合えるようがんばります」
「フラットな運動をしている時はいい感じなので、なんとかそれを次に繋げていこうと思ってます」
こんな決意表明をしてしまったが、おとなしくて初心者対応の仕事になくてはならない彼女。
私が乗ってかえって壊してしまったらまずいなあ。

■ふた鞍目は【ひなげし】ちゃん。
ちょっと駆歩不足を補ってもらおうと考える。
何も言うことがないほど楽に自由に乗れる。
駆歩しながら、いろいろ自分の姿勢とか力の入れ具合とかチェックする。
左手前だと座骨が離れてしまう時がある。
いろいろ探って、座骨が着いている状態を自分の中で「これでよし」とマークしておく。
斜めに手前を換えてシンプルチェンジをしようとすると馬が肩から逃げる。
ううむ、新しい手前に無理矢理変えようとしているなあと反省。
前の時間に先生に言われたことを思い出す。
「ふわっと移行する」
つまり、無理なく準備をして次の運動に移る。
まだまだ、力任せの場当たり的な扶助ばっかり。
馬との対話ができるようにならなくては。
先生からは「いい感じで乗れていたよ」とOKをもらう。
馬がいい子だからなのだが。
人も馬も楽になれる境地を目指してきて、間違いではないと思う。


■2頭まとめて最後にお手入れをする。
せっかく手入れしたのに、パドックでごろりと砂浴びしてくれる【ろーざ】
「きれいにしたってのは人間の自己満足なのさ」と思い知らせてくれる。
いいよ、いいよ、好きなようにおやり。
愛はすべてを許す。

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