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第18章 バランス追求編 ブログトップ
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745鞍目 拳をゆらさない [第18章 バランス追求編]

 2008-12-05(Fri) 通算745鞍目
■気がつけば師走。
午後から天気が崩れるとの予報だが、日が差して暖かい。
■本日のお相手は【くれよん】君。
「肩に力が入ってますよ〜」
「もっと力を抜いて柔らかく使わなくちゃ、拳が上下に揺れちゃうよ」
やっぱりそこに戻ってしまうんだなあ。
「駆歩も自分の思うように運動していいからね」
時折強い風が吹いてきて、馬場に差し掛かるケヤキの枯れ葉をざざぁと舞い散らせる。
驚いて跳ねる馬もいて、何となく浮き足立つ雰囲気。
「馬がちょっとカリカリしてきた感じだから、丸馬場でやりましょう」
【くれよん】君はすぐに落ち着いて、ゆっくりとしたリズムのいい駆歩をしてくれる。
「手綱を外の手にまとめて持って」
「内側の鐙を脱いで」
いつもの片手運転。
「拳が一定で内側の座骨に体重がかかって、馬がいい感じに駆歩してますよ」
「この感じを忘れないで」
■基本の運動に戻って良い状態の感覚を呼び戻す。
すうとひとつ所にまとまっている無理のない状態。
「座りが深くなって安定するようになったよね」
何より嬉しいほめ言葉。
■練習を終えて馬装と解くと大汗をかいている【くれよん】君。
今日は駆歩している時間が長かったからなあ。
首や肩、鞍下だけでなく、後肢もびっしょり。
自分が乗り終わって、ひばらや後肢までも汗に濡れた馬を見るのは真夏以外初めて。
へえ〜、珍しいこともあるものだ。
今夜からは冷え込むそうだから、風邪を引かさないよう気をつけなければ。



うまくなりたい [第18章 バランス追求編]

 2008-11-29(Sat)
■競技会に行ってきた。
48%という成績にがっくり。
お恥ずかしい限り。
60%近い成績を出している馬に乗せてもらってこれだから己の力不足が露呈する。
馬に申し訳ない。
は〜、700鞍以上乗ってこれか…
「馬に乗るのが楽しい」「乗り心地が変わった」と喜んで、第3者の評価がこれか…
何よりショックなのは、馬が暴走するとか失速するとか、これという不都合を感じなかったところにある。

■競技会に行くとほれぼれするような上手な人と目を覆いたくなるような下手な人、それぞれが目につく。
「ああ、またあの人だ」
自分がへたくそな部類に入っているのがわかっているから、ひと様から見たら私も「懲りずに出てきた」と言われているのだろうなあ。
中高年おばさんが下手なのに競技に出る姿って、痛いなあ。
普段意識しない他人の視線。
時間が経つにつれて、どんどん落ち込む。
穴があったら入りたい。


** 『うまくなりたい』という表題って、死期の迫った人が「生きたい」とつぶやくのに似ている。
叶わぬ願い、でも声に出さずにはいられぬ切実な願い。


744鞍目 馬運車に乗る [第18章 バランス追求編]

 2008-11-28(Fri) 通算744鞍目
■馬運車に乗るという夢がかなった。
■今日のお相手は【てんてん】君。
いい子に磨きがかかった感じになっている。
後は、私がしっかりしないとなあ。

742/743鞍目 道具 [第18章 バランス追求編]

 2008-11-21(Fri) 通算742/743鞍目
■もう4年も馬に乗っているのに、馬の背から眺める風景がいやに新鮮に映る。
里の紅葉、枝に残る照柿、ゆかしい菊の香り…
そうだった。
毎年11月は、出稼ぎの季節でほとんど騎乗していなかったのだ。
かくも美しい季節なのに、もったいないことをした。


■ひと鞍目は【てんてん】君。
「毛刈りをしたから、栗毛の【てんてん】は陽にあたると金色に輝くんだよ」
「きれいだよなあ」と目を細める先生。
確かに毛刈りをした馬体は、不思議な色に輝く。
白っぽくみえたり、ベルベットのような光沢を放ったり。
■丸馬場で準備運動、その後は広い馬場に移って経路の練習となった。
「今日も折り返しの練習をしておきましょう」
先週注文した品物が早速届いていて、真新しい自分の折り返し手綱を使うことになった。
水勒手綱との違いがわかるように細めの革製を頼んだのだ。
まだ固くて、なかなかなじまない。
左右の長さを気にしてうつむき加減に調整していたら、
「まずは中央の留め金部分をそろえてごらん」と先生がコツを伝授。
鞍の前橋のところで折り返しと水勒手綱の中央をそろえて持って、ぶらぶらの手綱から始める。
「折り返しと水勒手綱を内外のどちらに持つかを考えながら、指の間にはさんで手綱をとって」
「こうやって左右の腕を広げて」
やや前屈みで手綱をとり、軽く2本の手綱を握ったまま姿勢を戻して腕を広げると大きな二等辺三角形ができる。
「そしたら、腕をもとの位置に構えて」
「ほらね、折り返しと手綱両方一緒に(左右の長さを等しく)短くできるでしょ」
うわっ、すごい。
腕を広げた分、折り返しと手綱が短くなっている。
さらに手綱を短くしたい時には、2本一緒にたぐればいいし、
折り返しだけ短くしたい時には、反対の手で折り返しだけ引き抜いていけばいい。
馬をどんどん動かしつつ、頭を下げてもらいたい位置まで折り返しを短くしていく。
【てんてん】君は、最初に折り返しで頭の位置を決めてから少しづつ折り返しを緩めてあげるやり方がいいらしい。
「今日は水勒手綱を外側に持ってみましょう」
折り返しを薬指と中指の間にはさんで拳の内側に持つやり方は、馬が窮屈になったときに拳の握りを緩めてあげると馬が引っ張った分だけ緩めてあげられる。
前回の折り返しを外側にして持つやり方だと、親指の繰り出しで馬の動きとは関係なくどんどん長くできる。
先生は何もおっしゃらなかったけれど、窮屈に耐えてどんどん潜っていくタイプの馬には折り返しを外側にして持つ方がいいのかも。
それにしても、折り返し調整のゼロ点合わせのやり方を教わったおかげで、
左右の長さが揃っているか否かとか、ゼロ点からどれだけ短くしているのかが把握しやすくなった。
【てんてん】君は、折り返しの〈ひとつ半〉引っぱり出し分で普通の体勢。
ここからは推進との微調整が必要だけれど、駆歩などをするには水勒手綱を含めてもう一息短くするといいのかも…なんて、目安もできる。
先生の「もっと短くして」などの指示を待たずに、乗っている感じと手綱の長さの関係が朧げながらわかるようになった。
■「じゃあ、こっちで経路回ってみようか」
「そうそう、ちょっと待って」と小さな容器に入った茶色の何かを長靴の内側に塗り付けて下さる。
うん? それって、もしかして松やにですか?
「使ったことないの?」
バイオリンの弓に塗ったことはありますが…
おお、脚位置がぶれない。
ピタリと張り付いている。
「いい道具を使ってやりやすくするって大事だと思いますよ」
「使えるものはどんどん使わなくちゃ」
確かに根性で頑張っても、意味のないことって多い。
人と馬がハッピーで乗れる時間をいかに増やせるかに心を砕くべきなんだろうなあ。
■「入場までの準備の段階で折り返しの調整をして、馬の体勢が整ったら入る!」
へえ〜、以前なら「馬の前進気勢を高めて元気よく入場しましょう」だったのに、
今度は馬にきちんとハミを取らせて頭を下げさせることが準備になるんだ。
「折り返しがまだまだ長いよ、それじゃ乗り心地が悪くて座ってられないだろう」と注意される意味がよく分かる。
準備ができた【てんてん】君の正反撞は、問題なく座っていられる。
■経路の課題はそれなりに山積み。
隅角や輪乗りの接点が甘くなってしまう。
「回転運動に入るときは、自分で思っている以上に馬を内側に向けて内方姿勢を取らせるようにね」
「すごくやっているつもりでも全然足りないんだよ」
ううむ、駆歩ではスピードが出るからどうにも間に合わない。
隅角の直前で曲げるから馬が驚いて体勢を崩してしまう。
しかも駆歩では操作しようとする気持ちが強くて拳があがってきてきてしまう。
やればやるほど、ぼろが出る。
最大の難点は、入場して停止敬礼、速歩発進のところで後退してしまうこと。
最初は問題なかったのに何度か繰り返すうちに顕著になる。
一旦下がり出したところで、前に進めようと脚を強く使うのが悪化を招くらしい。
前は持たず緩めているのに、困った。
「停止から発進にかけて、行くぞと緊張するのが良くないのかも…」
「停止の時は、ふうーと息を吐いて身体の力を抜いて何もしない」
「まあ、手綱と脚の微妙なバランスがうまくないんだと思うんだがね」
■練習の機会が少ないので、重箱の隅をつついてあれこれ悩むことは止めにした。
「今までの練習で出来ることしかできない」
競技場に行けば、また馬の雰囲気も変わるし…
それより、競技の準備が滞りなくできるか否かの方が心配。
チーム【てんてん】は私一人。
あの超忙しい試合当日に、「折り返しがうまくつけられない」とか「手袋を忘れてきちゃった」とか泣いてもアテンドしてくれる人がいるかどうか。
大人の倶楽部だからなあ、自分で責任をとる覚悟でいないと。
まあ、こっちも「できることしかできない」と開き直ろう。

■午後からは久しぶりの【くれよん】君。
「うわ〜大きい」
毎週乗っていないと、わかっていても驚いてしまうのだ。
■「彼に乗って、折り返しの練習していいですよ」と先生。
ネックストレッチよりも長い折り返しは、つけ外しの扱いが難しい。
以前教わったように中央の留め金をはずして2本それぞれにつけようとするが、新品の革が固くて留め金がはずれない。
くうう、自分の指先の力のなさを嘆くのみ。
これで馬が暴れたり、焦る状況下だったら、お手上げだ。
とまあ、なんとか対処。静かに立っていた【くれよん】君のおかげ。
■午後は障害の練習時間になっている。
いや〜ん、馬場の中にどんどん障害が組み立てられてコースが出来上がっている。
障害が密集しているから、馬場を横切るには、障害の林の中をすり抜ける感覚。
【くれよん】君が物見をしたり、目の前の障害を飛び越えようとしないのが救い。
■午前中に自分の頭の中が整理できたせいで、折り返しはずいぶん使いやすくなった。
4本手綱が手になじんできた感じ。
準備運動では、左に向きたがらない【くれよん】君を何度も左側に呼び寄せる。
ようやく左側に向いてくれたかなというところで先生に呼び止められる。
「今の状態で折り返しや手綱はどうなっていますか?」
あらら、右側が緩んで伸びている。
「そういう細かいところにも気をつけて乗れるようになるといいですね」
うーむ、馬の癖を直そうとして極端な操作をしすぎると、何がゼロ点かわからなくなるのだ。
以前【とら】の時に学んだはず。
常に人がまっすぐ真ん中に戻ってそこから扶助を出さないと、悪いバランスのゆがみが蓄積して、ますます正しい形に戻れなくなってしまうのだ。
気をつけよう。
■駆歩は輪乗りをしようとすると障害の林に飛び込んでしまう。
ジグザクのルートを器用に駆歩で抜けてくれる【くれよん】君。
思わず苦笑する。
「あんまりだよね、ごめんね」
馬が頑張って体勢の崩れや馬上のバランスの悪さに耐えて駆歩を続けてくれることに、甘えていてはいけない。
いつもと違って細かい操作が多くなるためか、並歩にしても歩幅の小さいポムポムと弾けるような乗り心地になっている。
こんな時は、ちょっとした重心移動や手綱の握りだけで駆歩は出るし左右にも曲がる。
ただ、このまま走らせ続けるとどうなってしまうかわからないので、短いパートで止めてしまう。
「馬がカリカリしてきちゃった?」と心配して声をかけてもらうが、
いらいらカリカリして制御不能というのでもない。よくわからん。
■障害のコース練習が始まって、私と【くれよん】君は蹄跡で待機。
ドドドッッと走る音を聞くとちょっとドキドキ。
何度も「立ち止まって」と手綱を控える私に【くれよん】君はちょっとイライラモード。
障害の練習が終わってから、駆歩をするとかなり速い。
「ゆっくり落ち着いた駆歩にして」と先生の指示。
輪乗りではポタンポタンとした駆歩になるが、蹄跡周回でそのリズムを維持するのが難しい。
「膝から下は何もしないんだよ」
本当に微妙な力加減。
人のなんとかしなければという力みだけで今の【くれよん】君にはゴーサインが出てしまう。
難しい。
■最後のクーリングでは、邪魔をしないよう馬についていくだけに徹する。
馬の肢運びにあわせて【くれよん】君の気持ちにそって、ひたすらついていく。
かりかり、すたすた歩いていた彼がだんだん落ち着き、最後には「ほー」という声と座骨を馬と一緒に動かさないようにした座りだけでコトリと歩みを止める。
「さすが」「いい馬だねえ」「大好きよ」とたくさん愛撫しておしまい。
途中何があっても、こういう終わり方が出来たときは気分がいい。
障害のコース練習と一緒の馬場にいて、密集した障害間を駆歩でジグザクに走りぬけちゃうなんて、私にはすごい進歩。
各個乗りが怖くてできなかったのは、いったいどこの誰だった?



740/741鞍目 駆歩のハンドル [第18章 バランス追求編]

 2008-11-14(Fri) 通算740/741鞍目
■鬱々とした液雨空も捨てがたいが、
11月のどこまでも透き通って冷たい空の色も好き。
通う道沿いの落葉樹も色づき始めた。
朝陽を受けて輝く銀杏の黄葉は、蒼天との強いコントラストを見せる。
まだどこかに空気の温もりは残っているけれど、鎮まっていく季節の寂寥感。
こんな日は大きく息をはく。

■倶楽部に着いて、丸馬場に放牧されていた【ぐり】ちゃんに「おはよう」とウインクすると、彼女はスキップするように近寄ってきた。
馬が親しげな振る舞いをしてくれると嬉しくなる。
手の甲を差し出すと鼻穴を近づけてクンクン。
一通りセキュリティーチェックが済むと人馬お互いにグルーミング
馬は唇ではむはむ、私は手でぽりぽりこちょこちょ。
1分にも満たない時間だけど、充実したひとときである。

■本日のひと鞍目は【てんてん】君
馬場を見ると「なんと!」馬場馬術規定の大きさに横木で仕切ってある。
いつもは中央に障害が固めておいてあり各個乗りで自由に騎乗するため、こじんまりした印象を持っていたが、ちゃんとした広さがあったのだ。驚き。
「今日はね、折り返しをつけて乗る練習をしましょ」
「うまく出来たら最後に経路を回ってみるから」と先生。
■以前にも折り返し手綱を持ったことがあるが、当時の目標は絡ませずに持つこと。
馬の頭の位置を調整する云々の本来の使い方まで至らなかった。
レッスンの最初は折り返しも含めてぶらぶらの手綱で。
馬が動いてきたら徐々に詰めていくことになる。
■「練習の時はこう持ってみて」と先生が新しい持ち方を提案。
手綱と折り返しの位置を逆にして「親指で直接押さえるほうに折り返しがくるようにね」
さらに、折り返しは小指と薬指に挟まずに小指の外側を通るようにする。
こうすると親指で折り返し手綱を繰り込んだり、送り出したりしやすくなる。
「速歩や駆歩をしながら、指の握りと親指の動きで折り返しの調整ができるようにね」
ふへ〜、手元に気を取られて前方不注意になりそう。
■「もっと短く!」「もっと!」と折り返し調整に迅速さを求められる。
親指でごにょごにょやっている場合ではない。
反対側の手で手綱を引っ張りだす。
「ほら〜かってに緩んできてるよ」「しっかり持つ!」
「最初は潜るくらいに短くして、それから徐々に長くしてあげればいいんだから」
指示の内容は理解できるが、馬の動きに揺さぶられながら、馬の体勢の目安もわからないまま…
あわわ、手の中で手綱が団子になっている。
こうなるといったん停止。
手綱をさばき直して再度挑戦。
道具というものは慣れれば無意識に使えるのだが、折り返しは本当に数えるほどしか使ってないからなあ。
■しかし、折り返しで半強制的に馬の体勢を作ってしまうと、乗り心地はきわめて良好。
馬と繊細なやり取りをして頭を下げてもらう楽しみがないのが残念。
急いでいる時とか、とりあえずという時には便利な道具なんだろうなあ。
■「じゃあ経路やってみますか」
「【よちよち】乗馬クラブではどんな風に教わりました?」
うーん、半年以上の準備期間に Step 1から Step 257の細項目のすべて(嘘です)を教わってきたからなあ。
「いろいろなことを教わりましたが、元気よく馬を動かすのが大事だと言われてきました」
「へえ、うちと逆のことを教えてるんだ」
はっ、逆? 先生の弟子である4%先生に教わってきたんですけれど… 不安が忍び寄る。
「うちでは動かそうなんてしないよ、馬は動いてくれるものだから」
あははは… コペルニクス的転向。
この倶楽部にこなければ決して実感できなかったことだ。
■「じゃあ、僕が立っているところがC点ね」
卒業公演が最後の2課目経路。覚えているかなあ。
3湾曲がへろへろになったり、駆歩の途中で速歩に落ちたりしたものの、すごく楽。
曲がるにしても、移行するにしても普段やっていることそのまま。
「なんとか最後まで間違えずに押し通してくれ」と力んでいた以前とは違う。
長蹄跡駆歩を伸ばすところなんて、天上を駈けるがごとし軽やかさ。
「今の時点としては十分ですよ」「大丈夫」と先生のリップサービス付き。
■慣れている経路だからなのだろうが、普段やっていることがそのままつながっているだけの気楽さ。
やっぱり2課目って、乗馬の基本のおさらいなんだ。と実感する。
「今、前に乗っていた馬達に乗ったらずいぶん違うと思いますよ」と先生。
ああ【山桜】や【アレフ・ゼロ】【とら】【ヴィーヴロワ】みんな達。
今だったら、もっと楽に走らせてあげられるんだろうか?
「以前と同じ状態でいたらの話でしょうがね」
うう、幸せを祈るしかできない立場なのだ。


■ふた鞍目は【ひなげし】ちゃん。
「今度も折り返しを使う練習にしましょう」と先生。
以前彼女に乗った時は、駆歩発進に苦労し右手前駆歩ではコース逸脱したりとうまくいかないことが多々あった。
それなのに、今日は苦手をみじんも感じさせない。
「拍車はギュウと使うんじゃなくて、目覚ましのつもりでトンと一回強く使って」とアドバイスされて、あとはスムースにいく。
■駆歩では、
「まだ時々脚で抱え込むようになっちゃう時がありますよ」
「鐙を浅くはき直して」
「左拳をあげて」「どうしても左の拳が下がっちゃうみたいだね」
「駆歩はもっと軽く乗って」と細々したところを直される。
「外側に手綱をまとめて、片手手綱で」
「内側の鐙を脱いじゃって」といつもの姿勢矯正。
注意されるところは多いが、言われればすぐに直せる。
■何百鞍も駆歩に対する苦手意識をもって騎乗してきた。
教官たちからいろいろな指摘をされても、乗っているだけで精一杯の時が長かった。
いつからなのだろう、固くしがみついていた気持ちと身体がほぐれて、自由になってきたのは。
手を離しても鐙を脱いでも平気と思えるようになったのは。
そうそう、【アウグス】で手放し駆歩をやった時が転機だった。
今【ひなげし】に乗っていると、
「駆歩って楽だな」「速歩より自由自在じゃないの」とこれまでの自分にはあり得ない感想を抱いてしまう。
駆歩しながら「右左どちらにも曲がっていけるよ」という感覚が出てきたのだ。
かつては無理に曲げようとすると速歩に落ちてしまうから、経路のように馬が覚えていてくれる場所でしか曲がれないと思っていた。
それなのに、いつでもどこでも合図さえすれば右でも左でも進路をとれるのだ。
「ハンドルが効くようになった」と言えようか。
もちろん手綱で引っ張ってもダメだから、脚で押してその分手綱を空けてスペースを作るという感覚。
不思議。
■長い拍車をつけるようにと言われてから、【てんてん】君や【ひなげじ】ちゃんの駆歩がスムースに行くようになった。
そして、駆歩の輪乗りの開閉の練習で、扶助を出して馬が内側に入ってきたり外側に出たりという経験ができるようになった。
それが、このハンドルが効くという感覚につながるのだろうか。
小さな馬場で障害物があっても、他に馬が走っていても、すり抜けて我らが道をゆけるという安心感に至る。
馬なりの勢いに任せてしか走れなかった頃が、恐ろしく思い出される。
■ 2cmの拍車と折り返し手綱を買うことにした。
使っても実効のない道具や飾り物にはならないだろうから。




738/739鞍目 姿勢の歪み方  [第18章 バランス追求編]

 2008-11-06(Thu) 通算738/739鞍目
■明日は立冬。乗馬の装いも長袖にベスト着用でちょうどいいくらい。
馬場にさしかかるケヤキの枝は、黄緑を残すところもあるが乾いた枯葉もちらほら。
秋の陽は穏やかな日だまりを作って、うすら寂しい。
こんな時は温かな生き物に寄り添っていると、心底ほっとする。
■ひと鞍目は【くれよん】君。
このところ「好きなようにやって」と自主練習の時間が増えた。
「速歩までの限定」もいつの間にかなくなった。
駆歩は輪乗りを中心に蹄跡周回や移行など各種取り揃えてやってみる。
さらに欲張って、輪乗りのなかで巻き乗り出来るかなぁなどチャレンジしてみる。
ただ、自分一人でやっていると詰めが甘くなる。
きれいな図形や移行をめざすべきなのか、駆歩時の自分の姿勢やバランスをととのえるか、曖昧になる。
「まあ、いいか」と勢いに押されていると、
「もちぇさん、もっとゆっくり」と天の声。
先生はちゃんと見ていた。
「そんなに脚で押さなくていいんだから」
「馬がさぼってきたなと感じたらポンと使えばいい」
確かに馬も私もカーと熱くなってきたところだった。
ぽたんぽたんと上にあがるゆっくりとしたリズムの駆歩が目指すべきものだった。
■「もちぇさん右の内方脚をもっと前で使って」
「どうしても右脚が後ろに引けてしまうから、脚が一歩ごと馬体にあたるんだよ」
「膝から下は力を抜いて」
くう〜「右の内方脚はもっと前」という注意は、4%先生からも始終言われていた。
これは単に、下腿の位置を直せばいいという問題ではない。
多分、駆歩の騎乗姿勢が左右に歪んでいるからだと思える。
右手前では、左に体重が落ちているんだろうなあ。
意識して「右によけいに乗って」みる。
左の座骨を馬の背骨に寄せて、右足を長くおろすようにする。
すると右にずり落ちそうになる。
これまで左荷重だった分を補うために、上半身(頭とか肩)が内側の前へ傾いてバランスをとっていたに違いない。
ここは、右に荷重を戻した分だけ背骨をまっすぐにして上半身は真ん中に戻さないといけない。
身体を左に戻すというのは、「右に乗る」と矛盾するような気がして一瞬混乱する。
こんな時は「きついズボンの右側に脚を通す」イメージを浮かべる。
よしよし、こんな感じだな。
■「もちぇさん、今のリズムで続けて」
【くれよん】君の駆歩がゆっくりで自在のペースになっている。
「わかった? 馬のいいリズムが」
「それじゃ、輪乗りの開閉をやって」
「じわ〜とだよ!」
「いきなり小さな輪にするんではなくて、じわ〜と外方の脚を効かせてね」
このじんわりとした扶助というのは難しい。
かすかな合図では伝わっていないと思うと、つい強くグイイとやりたくなる。
と、急旋回になる。
徐々にボリュームアップしていくには、ぐっとこらえる力が必要になる。
この微調整は、姿勢の安定の上で成り立つのだから、これからの課題だな。
■ここにきて、自分の騎乗姿勢のゆがみ方がつかめてきた。
「右に乗って左に落ちている」
「右の脇腹が縮んでいる」
「右の内方脚が後ろに流れている」
「右肩をもっと引いて」
いろいろな人に種々に言われてきたけれど、左に下半身の体重が落ちている分、上半身が右に傾いて乗っているのが現状なんだろうな。
だから、下半身を左から右に移した分は、上半身を左側に返さないとダメなんだろうな。
肩とか頭とか内方脚の位置を単独で直すのではなくて、トータルバランスの補正。
足した分は引く。左右両側にそれぞれ動くということ。


■昼休みに先生から「今度の競技会出てみませんか?」とお誘いがあった。
ひゃ〜練習時間がほとんどとれない。
以前のクラブでは何週間も前から毎日のように練習をしていたのを思うと、かなり不安になる。
まあ、ダメ元という考え方もあるし、ものは試しとも言うし…
ここでの半年の成果を問うてみるのも、いいのかも。

■ふた鞍目は【てんてん】君。
「じゃあ、移行を中心に練習してきましょ」といきなり課題を出される。
彼とは、前回ようやく駆歩継続が出来るようになって「支え合う関係になれたかな…?」という所。
まだまだ、確固たる関係成立とは言いがたい。
■【てんてん】君はやる気になってどんどん動いてくれる後半とそれに至るまでの前半の乗り心地が大きく違う。
しっかり動いてもらえないうちは、何をやっても「すか〜」「よろよろ〜」「がたぴし」
こちらが息切れするほど頑張っても、どうにも展望が開けない。
「速歩で座る練習しましょう」と指示されても、どかどか跳ねて転げ落ちそう。
息苦しいし身体がバラバラになっている。
「今日は体調が悪いようで息切れもあるので、今日はこのくらいで」と言おうとすると、
「もちぇさん、鐙革をひとつ分詰めましょう」と先生。
ああ、鐙が踏めなくなるほどひどい状態なのか…
馬を止めて鐙革の調整をしてもらう。
「これでバランスがずいぶん違うと思いますよ」と先生。
■ところが、この時を境に【てんてん】君が起動。
何をきっかけにスイッチが入るのか謎のままなのだが、
ぐんぐん前に出てくれるようになる。
こうなれば手綱を持って馬を支えてあげないといけない。
手綱を不必要に緩めないようにと拳を握っていると、肘が伸びていく。
「もちぇさん、手綱を長くしていいから肘を後ろに引いて」
「肘が伸びていると拳が揺れますよ」
あえて手綱を長くして肘を引いて肩甲骨をつけるようすると、馬がまとまってくる。
そうすればさらに肘を後ろに引いて手綱のあまり分を吸収する。
肘を後ろに引く分には限度があるから、結局最初のばした分の手綱を短く持つようになる。
手綱の長さに固執して、肘が伸び前傾姿勢になるよりは、いったん手綱の長くしても人の姿勢が一定でいたほうが、結局は手綱を短くできる。
■ここからは前回同様「馬を支え馬に支えられる」ワンダーランド。
楽し〜い。
乗り心地も全く別のもの。きもちよくストンと速歩に乗っていられる。
駆歩もいい感じ、メリーゴーランドのお馬にのっている感触が続く。
それにしても、【てんてん】君の起動スイッチはどこにあるんだろう。
前後半の乗り心地の違いのがあまりにも大きくて、起動できずに終わることになったらどうしようと心配になる。




736/737鞍目 駆歩ルネッサンス [第18章 バランス追求編]

 2008-10-31(Fri) 通算736/737鞍目
■晩秋を感じさせる冷ややかな空気。
道沿いの紅葉はナナカマドか、あるいはクルミか。
予報では晴れマークが並んでいたが、
薄灰の雲に覆われて、寒々とした空から太陽が顔を覗かせることはついぞなかった。
■寒さを感じると、本能的に身を寄せたくなるのが、馬の傍。
吸い寄せられるようにして首筋や肩にぺたりと手を置く。
ブラシするたびに夏毛が舞い散っていたのが、はや冬毛がモフモフし始めている。
このぬくもり。
なんだか、ほっとする。

■本日のひと鞍目は【くれよん】君。
普段と違うのは、
「頭が高いままなんだよなあ」と言いながら、先生がネックストレッチをいつも以上に短くしたこと。
「駆歩の時はこれ使ってみよう」とFreeJumpという補助手綱をつけたこと。
先週、手綱の手応えに微妙な感触があったばかりだから、
それを確かめるのに「ぐっとタイミング」な練習となった。
■準備運動は、補助手綱なしで「好きにやっていいよ」
ある程度動いた後の駆歩は、2課目経路のように手綱をのばした常歩から徐々に準備して駆歩発進させてみた。
ところが、これができない。
馬自身が「やるぞやるぞ」とテンションの高い所での発進はピタリと決まるのに、
手綱をたぐり寄せての準備では、身体をこわばらせる緊張だけが強くなって、ぐずぐずモード。
春の頃の【くれよん】君に逆戻り。
ピタリと膠着して動かなくなる。
いったん緩くなった手綱を再び強く使われるのに、警戒感を持っているのかしらん。
私の〈手綱をのばした常歩〉は手綱のコンタクトを途絶えさせてしまうから、それがいけないのかも。
常に、信頼に値するコンタクトが必要なのか?
ううむ、難しい。
■本運動になるとFreeJump の手綱も一緒に握って〈駆歩の輪乗りを換え〉の練習。
そうそう、まさにこのゴムの伸び縮みする感じだ。
■しかし補助手綱がメインになるから、逆に本当の手綱の感覚がわからなくなる。
「手前を換える指示がきちんと出せるのだろうか」と不安になる。
結果としては、水勒手綱だけを握っているのと変わらず、細かな指示が伝わる。
■拳が安定するから馬が落ち着くのはわかるのだが、それ以上に自分の重心が馬に影響を与えているらしいとわかってきた。
補助手綱のせいで自由に使える手綱を封じられている感じが拭えない。
それゆえ、スピードを調整したり方向を換えるのに自分の重心をどこに持っていくかを考えざるを得ない。
「馬が速いよ、もっとゆっくり」と注意が飛んでくると、
手綱を引くわけにいかないから、身体を起こして重心をやや後ろに持っていく。
自分と馬の腰が直接連結するイメージ。
自分の座骨の先が馬の後肢につながる感触。
おお、ちゃんとゆっくり上にあがる駆歩になった。
おもしろーい、駆歩って馬の後肢を自在に操ることなのか…
■輪乗りの接点で常歩に落として再度駆歩発進して手前を換えた輪乗りをするという、単純だけど味わい深い運動。
常歩に落とす、駆歩出す、右周り、左回りとそれぞれのパートごとの【くれよん】君と私。
うまく言葉にできないけれど、この〈後ろ、前、右、左と馬に次の運動を伝えていく〉感覚の追求が課題だな。
■乗り終わって長靴を脱いでみると、拍車受け(拍車をつけてないので)だけに汚れが集中している。
これが良いのか悪いのかわからないけれど、ここまで限局しているのは興味深い。
以前の長靴の汚れは、くるぶしも側面もいろいろな所に馬のフケがついていたのだから。

■ふた鞍目は【てんてん】君。
「もちぇさんは短い拍車しか持っていなかったんでしたね」
「貸すから長い拍車使ってね」
「このくらい平気。長い枝ってもっと長いのもあるんだよ」と言われるけれど、
ちょっと【てんてん】君にも使うのはドキドキする。
強い合図で怒らせちゃったらどうしよう。
これも「先生が使えと言うなら使いましょう」スタンスで乗り切ることにする。
■手綱ぶらぶらの手放し乗りから始めて、前を持つ乗り方まで進めていく。
「もっと前に出して」
「拍車でトンと合図していいから」
手綱に馬エンジンのパワーがしっかり感じられる所までどんどん推進していく。
以前は、スピードはあるし馬はちゃんと動いているのにどうして「さらに動け」なんだろうと不思議に思っていた。
が、拳に馬の前に出る力が感じ取れるようになった昨今、ようやくこのパワーが判断基準なのだとわかってきた。
何かの拍子でハミが外れて拳がスカスカになる時の心細さ。
左右で力の具合が違う時の落ち着かなさ。
【てんてん】君がピョコタンピョコタンとびっこを引くのもこんな時。
前なら「ハミがあたって痛いのかも」と手綱を楽にして前を許していたのだ。
しかしそれは違って、実は「頼るものがないよ」という訴えなので、逆にしっかりと手綱を握ってトンと推進する。
おお、すぐにビッコ解消。
馬も人もしっかりつながっているという安心感のもとで気持ちよく運動ができる。
ぐっとハミをとって体全体を使って運動してくれるのが【てんてん】君の美点。
「この馬はわかりやすいんだよ」「この馬はいい馬なんだよ」と先生がベタほめなのもよくわかる。
■速歩での輪乗りや下方移行。
「そこで前を許さない!」と注意が飛ぶ。
しっかり同じ位置で持っていることで馬と人とのコンタクトを切らさない。
輪乗りでの手前を換えをする。
「しっかり馬の頭から入っていって」
「ハイそこで新しい内方姿勢をとらせて」
馬を逃がさないで新しい方向を示すってことかな。
「内側にきちんと向けてしっかり座骨で推せていれば、ほら頭下げていい姿勢をとるでしょ」
「フラットな状態ではできないことなんだからね」
■「はい、じゃあそのまま速歩から駆歩」
コンタクトや気持ちが途切れることがないまま、輪乗り駆歩へ。
ばらけて速歩に落ちてもすぐ再発進できる。
「輪乗りを小さくしましょう」
「外方の脚で押して」
そうそう、外方の手綱と脚で壁を作るんだった。
わずかな合図で内側に向かう【てんてん】君。
「はい、今度は輪乗りを開いていって」
「内方の脚で押していって」
なんとも素直に大きな輪乗りに戻る。
「じゃあ、一周したらまっすぐ蹄跡に出て」
「馬がまっすぐになったら思いっきり走らせていいから」
ひょえ〜、駆歩思いっきり出せの指示が出た。
「危ないから止めましょう」「もっとゆっくり」ではないんですね…
かなりのスピードではあるが怖くはない。
上にあがる分が前に出ている感じだし、前がスカスカになったり、グウゥと力比べになっている訳じゃないからコントロール可能。
「はい、また輪乗りね」
前に向かって楕円が伸びたような重心の軌跡を、イメージのなかで卵を立てたような縦長の楕円に変えていく。
自分のおへその下の重心を前後から上下に動かすように、心持ち腰を立てて後ろに寄りかかるようにする。
ちゃんと伝わるんだな。
【てんてん】君の走りも上下動に変わって落ち着いた輪乗りになる。
■「じゃあ逆の右手前の輪乗りにしましょう」
右手前の方が自分としては安定して乗れる気がするのだが、常に右脚が馬にあたっている感じがする。
「もちぇさん、右の内方脚が後ろに来すぎているよ」
「もっと前で力を抜いてまっすぐおろして使って」
長い拍車をつけていると脚を引いて力が入ると拍車が常に入っている状態になる。
「右に乗って」
ううむ、右手前だとどうしても左に落ちて乗っているんだろうな。
自分では右により過ぎと感じるところまで、姿勢を直して乗る。
■「左の拳を上げて」
「どうしても左だけ下がってしまうみたいだよ」
右に意識がいくと右腕に力が入って、逆に左がだらんと下がるのか。
左右の高さをそろえるように気をつける。
■駆歩時の拳を動かさないようにするためには、馬の首の重さを感じ取れるように、馬の位置にあわせて肘を曲げて拳の位置も鞍の前橋のやや上に構えることになる。
手綱の長さも拳の高さも左右同じように構えて、鎖骨を開いて馬の重みを自分の背中で受け止めるようにする。
ああ、この感じ。
馬を支え馬に支えられている実感。
力のバランスの真ん中にいる。
水準器の泡がゆらゆらと動きながらも、つねに真ん中の十字に集まる感じ。
これだ、このバランス具合を上下左右に動かすことで馬が自在に動くんだ。
脚で押して前や内外にパワーを向けつつ、手綱をしっかり持っていることで帆の張り具合を調整する。
下半身も上半身もフル稼働。
自分の重心が馬と一緒に、地面に対して上下左右に大きく跳躍している。
これだ、今までのしがみついていた駆歩では決して味わえない感覚。
馬を支え馬に支えられる動的平衡。
均衡が破れて弾け跳ぶと怖いけれど、パワーが大きければ大きいほど、かすかな扶助ですうと動く。
なんだかわくわくしてくる。
■「いつもと違って駆歩続くじゃないの」
はい、続いてますね。どうしてなんでしょう? 
「輪乗りを開閉することで左右の脚の使い分けが実感できたかな」
本当にちょっとの合図で馬が反応してくれて、ありがたいことです。
これまでのように肩から逃げてしまったり、駆歩途中で速歩に落ちてしまったりがないのだ。
いつもの【てんてん】君じゃない。
レッスンが終わって「すばらしい !!! 」「すごく良くできました」と思いっきり彼を愛撫をしていると、「そうだろ」と言わんばかりの先生の視線とぶつかる。
もしかして何か魔法をかけた? 
■これまでの【てんてん】君に乗っての課題は、駆歩はとりあえず馬場一周できるのが目標だった。
速歩に落とされないように、
「強気の合図」とか「事前の察知」という(手垢にまみれたような)注意をされていた。
しかし今日は全く違う。
私自身は〈馬を支え馬に支えられる動的均衡点〉の実感をしただけ。
そして、
【てんてん】君は信頼に足るハミを強く求める馬なのだ。
そうでないと肩から逃げたり、ビッコをひいたりして運動に支障をきたしてしまうらしい。
ということを理解できた練習だったのだ。
■おもしろ過ぎて鳥肌がたつ。
「われ見出したり」って気分。


734/735鞍目 手綱がまるでゴム [第18章 バランス追求編]

 2008-10-25(Sun)  通算734/735鞍目
■金曜日はあいにくの雨降り。
混雑覚悟で週末の倶楽部に行くと、
「昨日の雨で馬場が悪いだろうとキャンセルがでたんですよ」と意外に空いている。
馬場は水っぽいけれど、今の私には気にならない程度。
よしよし。
■装蹄師さんが仕事をしている場面に行き会う。
おお、七輪に炭火をおこして蹄鉄を熱してしる。
プロパンを使った炉は見たことはあるが、このやり方は初めて。
かな床で鉄を打つハンマーの音が響く。
私は、こういう手仕事をじっと眺めるのが好きなのだ。
しかも、平日にはお目にかかれない方ともお会いできて、一粒で2度おいしい土曜日となった。

■ひと鞍目は、いつもお世話になっている【くれよん】君。
彼は大勢の人から愛されているので、わが愛馬と形容するのは気が引けるのだが、
あの大きな背中に乗せてもらえる幸せは何にも代え難い。
いろいろな人を乗せて、それぞれに楽しませてあげられる馬って偉大だと思う。
■いつも通りの練習。
「好きにやっていいよ」と細かい指示はなし。
時折、「肘が伸びきらないように」など気になる点に声がかかるくらい。
■駆歩しながら、ふと気がついた。
手綱がゴムのように、ビヨーンビヨーンと伸び縮みする感触なのだ。
余った手綱が手応えを失ったり戻ったりという、がちゃがちゃした感じではない。
馬が前に出たり引っ込んだりという感覚でもない。
拳の重さも変わらないし、馬とのつながりが常にあってパワーも同じに感じられるのに、ゴムのように伸び縮みしている。
以前使っていた FreeJump という練習具の手応えに似ているかも。
うん?この感覚って、探し求めていたあれか?
まだまだ微妙。がっちりはっきりつかめた訳ではないのだが。
■駆歩後半になってから、ようやく先生から運動の指示がでる。
駆歩での輪乗りを換え。
二つの輪乗りをつなげた接点で、常歩にいったん落としてから駆歩を出すというもの。
「8の字に回るのを5周してみましょう」
今日の【くれよん】君は、上にあがる駆歩をゆっくりと続けてくれるので、雨上がりの馬場でも滑ったり転んだりの心配がない。
「常歩に落とすのを早めに準備しましょう」
「遅れると輪の接点をずいぶん過ぎてから駆歩を出すことになるからね」
止めて、姿勢を整えて、駆歩発進。
発進はぴたりと1歩目で出るのが気持ちいい。
だが4周目あたりから、ちょっと馬が伸びてエキサイトしてくる兆しあり。
すかさず「輪乗りを2周してから輪乗りを換えましょう」と声がかかる。
接点に近づくと「常歩しないよ、このまま続けるよ」と意識的に駆歩の扶助を続ける。
すうと落ち着いて輪乗りを続け、そしてまた手前を換えてくれる。
本当にすう、とん、ぽんとタッチで運動ができる。
【くれよん】君には、そこはかとない扶助で伝わっている。
うーん、乗馬って馬の「運動しよう」という意志に働きかけているんだなあ。
自転車のペダルを踏むように脚でこいで馬を動かしているわけではないし、手綱が舵で方向を決めているのではない。
馬がわかれば、そのとおり動いてくれる。
力ではなくコミュニケーションなのだと実感させてくれる。
気持ちよく駆歩ができたので、早々におしまい。
「今日はどうでした?」と御下問がある。
にやにやしながら「今日は、すごくいい子で乗り心地が最高です」といつもの返答。
乗り心地しか評価基準がないのかとつっこまれそうだが、別の言いようが見つからない。
手綱がゴムの感触というのも、何をどうやったという因果関係もわからないし。
「いい感じで乗れていましたよ」と先生もいつもの返答。

■ふた鞍目は【ひなげし】ちゃん。
「拍車使いましょう」「長いのを持ってる?」
自慢じゃないが、豆拍車しか持っていないのだ。
これまでは脚が使えなかったから、拍車をつけてもその効果をあまり実感できないし、下馬したあとの拍車に馬の毛がついていると馬を痛めつける道具でしかないと感じていた。
でも、このところ脚を使わないオフと使っているオンの状態が意識して区別できるようになってきたかなと思える。
先生が長い枝の拍車を使えと言うのなら、それもよし。
借りることにしよう。
■「【ひなげし】は内側に入ってきたりいろいろしますが…」
「手綱ではなく、脚だけで外に押し出したり膨らみすぎたら抑えたりすることを学んで」
「常歩のうちから、拍車を使ってその反応を確かめて、馬との約束事をはっきりさせるようにね」
了解です。
■拍車を入れるには、かかとをあげてグウと押す感じ。
馬体にあたっている感触がよくわかる。
これまでの膝をちょっとあげてかかとで抱え込む乗り方をすればいい。
逆に、拍車を入れない時は、意識して膝があがらないように内股を鞍にぴたりとつけ踵を下げるようにしていないといけない。
使わない時に意識しなくてはいけないとは物の使い方の常識に反する。
無意識でも正しい姿勢がとれるようになるまでは、こうやって訓練するしかない。
グウと押して【ひなげし】の反応が鈍いようなら、
さらに強く押すよりも、反対の脚を馬体から離すようにしてみる。
(これって、左右の座骨荷重調整がうまく行かないときに教えてもらったワザの応用)
おお、すうーと押した方によっていく。
反応があったら、すぐに踵を下げるようにして拍車オフ。
次からは、反対の脚を離さなくても通じるようになった。
よしよし【ひなげし】と交渉成立。
■手綱をのばした軽速歩も手綱をとった後も滑らかな走行。
本当に柔らかな乗り心地。
手綱を握り込みながら「あともう少し元気よく」「もうちょっと」と走っていたら、
「拍車を使いっぱなしにしなーい」と声が飛んできた。
うへぇ、走らせることに夢中で拍車が入らない正しい姿勢に戻ることを忘れていた。
わずかでも前に出てくれたら、いったんは扶助をリリースしないといけないのだ。
踵を下げるようにして、アクセルを離す。
「そう」ちゃんと見ていてokを出す先生。
■「じゃあ、駆歩ね」
あれれ、姿勢をとらせようとするといきなりあらぬ方へ方向転換。
「そういう時の【ひなげし】は乗り手に反抗しているだけだから」
「びしっと強く怒ればわかります」
これまでは、鞭で強く合図したり脚でドンと蹴ったりしていた。
「手綱をしっかり握って、前に出ないように」
「そこでドンッと強く拍車で蹴って」
ひゃあ、馬がびくぅとなったのがありありと伝わる。
「はい、駆歩」
今度はスムースに駆歩発進して続く。
「馬が反抗しているときには、しかるつもりで強く合図してください」
「中途半端な合図ではダメだからね」
■【ひなげし】の駆歩は天上の馬なみの軽やかさと柔らかさがある。
ちゃんと動きだしたあとは、人馬ともに駆歩を楽しむ。
「外側で手綱をまとめて持って片手手綱で」
「片手のほうが力が抜けてますよ」
内側の腕は長鞭を持ったままだらりと脱力して下げる。
駆歩って、片手で乗るものだったかもと思えるほど違和感がない。
蹄跡を回って、偶角から外側の脚で押して斜めに手前を換える。
あら、片手でも駆歩の誘導できちゃうんだと自分でも驚き。
■最後は丸馬場で移動して【ひなげし】苦手の右手前を含めた駆歩をしてみる。
いいねえ、天上の乗り心地だ。
「反抗さえしなければ、あとは速歩にしても駆歩にしてもいい馬なんだよ」
あの、馬の全身がビクゥとなる合図の強さは忘れない。
馬に伝わっているということがわかるから、使い方を制限できる。
扶助を送ったら必ずリリース。(必ず正しい姿勢を意識する)
馬とけんかして、どんどん強い合図でないと馬が動かなくなるような事態は絶対避けないとな。
長い枝の拍車は、自分の行為の結果が明らかにわかるから、使う時と使わない時にけじめをつけなければいけない。
「脚が自由に使えるようになってきたから、【ひなげし】もちゃんと動いたんだと思いますよ」
「いい感じで乗れていましたよ」と先生評。
■拍車の使い方がわからないと思ってきたけれど、じつは How to の問題ではなくて、脚の自由が利かないだけの話だったのかも。
自分の身体を自由に動かせないのに、やり方だけを詳細に教わっても得る物は少ない。
「難しいことを考えずに3年(この倶楽部で)ひたすら馬に乗ってください、3年後には別の人になってますから」と倶楽部の先輩に言われたが、その意味をじわじわと実感する今日この頃。
身体の力を抜いて馬の邪魔をしないで乗ることができれば、あとのいろいろな扶助は楽にできる。
「扶助のやり方がうまくできない」と何度も練習を繰り返す愚かしさ。
例えば、駆歩発進なんてその典型だったなあ。
「蹴って、もっと強く蹴って」と言われて、後ろ回し蹴りをしていたのは、時間とお金をつかって下手になっていたようなもの。
馬の邪魔をしない乗り方ができれば、すっトンと何の苦もなくできるようになる。
ひたすら基礎固めが上達の一番早道なのだ。





732/733鞍目 コマネチ! [第18章 バランス追求編]

 2008-10-17(Fri) 通算732/733鞍目
乗馬日和のすっきりした晴天。
布団干しや洗濯物の片付けもしたいんだが、まずは馬のもとへ。

■ひと鞍目は【くれよん】君。
「この3日運動してないからまずは調馬索で回してからね」と準備運動付き。
またがって歩き出すと、うわ〜いい感じ。
のっしのっしと歩いてくれるので、乗っている私は自然に腕を振りたくなる。
まるで自分が大股で歩いているような感じになる。
■速歩も駈歩も調子がいい。
このところ、2つ置いたブロックの間を通って駈歩の輪乗りをするようにと注文がつく。
目標物をおいた曲線運動は、そこに至るまでと出てからのコース取りを一瞬で考えなければならないから悩ましい。
ブロックだけを見て通り抜けようとすると、あらら輪が大きくなり過ぎ〜
元の輪に戻そうとすると、ぐいいを馬を曲げなきゃならない。
ブロックが弧の頂点になるような滑らかなラインは1本しかない。
現在地とブロックと出て行く先の3点を意識して馬の姿勢をとらせる。
かすかな扶助なのだが、なにせスピードがあるから早めの準備が必要。
いつも2歩前しか見てないのがバレバレ。
馬場の半分は視野に入れて走らなきゃ。
■「輪乗りから蹄跡に出て、事務所の前で半巻き、蹄跡に戻ったら速歩に落としてすぐ右手前の駈歩出して」
「ブロックの間で速歩に、すぐに左に折れて… etc.」
矢継ぎ早に先生の指示が出る。
駈歩で指示の即応運動をするのはスリル満点。
「はーい」なんてのんびり返事するゆとりなし。
「はっ!」「はいっ!」と戦闘機にでも乗っている気分。
自分と馬の姿勢や重心を気にしていればいい【内なる視線】が中心だったレッスンが、
馬場をどう走るかというナビゲショーンのもとに扶助を考える【俯瞰する視点】のレッスンに様変わり。
乗っているだけがやっとだった駈歩で、指示即応の運動が出来るのはちょっと嬉しい。
【くれよん】君ありがとうね。
「ブロック間で停止っ」次は何?
「はい終わりで〜す」ふう〜
この余韻を残した絶妙な終わり方が好き。
「ひ〜まだ続くの ?」でもなければ「単なるお試しね…」でもない。
「次は何?次は?」と人馬の聞き耳を最大限立てさせておいて、集中力の途切れないところで終了。
高揚感が残って次回を期待してしまう。

■休憩時間に先生の騎乗姿を眺める。
駈歩をまとめる作業のようで、推進も手綱もかなりがっちり使っている。
身体をどう使っているんだろう? 私と何が違う?
ううむ、背中だ。
背中が太い大黒柱のような存在感を放っている。
そしておへそから下の部分がびくともしない土台になっている。
例えば悪いけれど、ビートたけしの「コマネチ!」というポーズをとると同じ雰囲気になるかなあ。
肩甲骨をくっつけるように背中だけ使うと出っ尻になって腰が寝てしまう。
そこを下っ腹を左右に広げるように腰を立てるとぴたりとはまる。
同じ馬に乗りかわった会員さんの騎乗姿との比較するとよくわかる。
(私も同様だと思うが) 腕は使うけれど背中はおざなり。
腰から上がすべて上半身として動いているから馬に合わせてぐらぐら揺れる。
先生の場合、おへそから下はがっちり杭を打った土台になっていて、そこから上の揺れ方と反対になっている。
背中は馬の前半分の為に、おへその下から半分は馬の後ろ半分のために動いているような気がする。
「腰を張って」と注意されていたのは、背中を含めた上半身と騎座を分離できるようにという意図があったんかいな。
これは深読みし過ぎか… ううむ…


■ふた鞍目は【てんてん】君。
手綱をぶらぶらで走るときは元気よかったのに、手綱を持つとのったりとパワーダウン。
ふう、ちょっと大変。
「大丈夫?乗りかわろうか?」と先生に声をかけられるが、
そこまでひどくはない。なんとか推進頑張ろう。
他の人馬が駈歩しているので、
「じゃあ君もとりあえず駈歩してみるかい」と強く合図したら、ようやく目が覚めた様子。
駈歩になりかけて、速歩が元気になる。
駈歩じゃないけれどまあいいか…
この辺の指示の曖昧さには問題ありだが、ぐんぐん動いてくれなきゃ始まらない。
■駈歩はとにかくパドック側の定点で速歩に落ちないよう走ってもらうことが今日の目標。
2回ほど「ここでしたよね」と速歩になってしまうが、
「ここは続けるんだよ」と合図を送ると続けてくれる。
「よーし、いい子ね」とりあえず目標達成で満足。
■その後「じゃあ丸馬場で駈歩続けて」と指示が出る。
ぐんぐん動いてくれる【てんてん】君は気持ちがいい。
駈歩発進の時の、後肢の最初の「っん、っと」という小さなスキップがよくわかる。
このスキップに乗って待っているとグワーンと大きな波がくる。
「内側の鐙を脱いで、内側の座骨にしっかり乗って」という先生の指示のもと、
速歩に落としたり再発進したりといろいろやってみる。
「腰を張って」という注意には、休憩時間に思いついた「コマネチ!」をやってみる。
おお、いい感じ。
馬が近くに来てくれる。
「そう、いいよ」のOKももらえた。

■特にのんびりしていたわけではないが、帰路は薄闇に包まれる。
家に着く頃は真っ暗。日が短くなったのだ。
洗濯しようとおもっていたのに「本日の(太陽さんの)営業時間は終了です」
がっかり。



730/731鞍目 腰を張る? [第18章 バランス追求編]

 2008-10-10(Fri) 通算730/731鞍目
■旧"体育の日"で晴れの特異日。
空が高く箒で掃いたような薄い雲が趣を添える。
運転席正面に広がる光景は、下半分が路面と道路周囲の植栽。
上半分が明るい青空。
今日は路面状況より天の芸術のほうに目がいく。
■倶楽部周囲の柿の木も、薄い橙色の実をつけている。
この地の特産の干し芋となる白いサツマイモも収穫が始まった。
実りの秋である。

■天気に恵まれ、倶楽部は普段通りのメンバーが集まって賑やか。
「今日は午前と午後にひと鞍ずつでいいですか?」と問う先生。
そうかサマータイム中や台風の影響で連続2鞍騎乗という期間が長かったから、わざわざ確認して下さるのか?
もちろん、そのつもりで来ている。
「じゃあ、うーん、最初は【トロル】で午後は【くれよん】ね」
先生がいつもと違う配馬をする時には、人の顔を見ながら一瞬考え込む。
私としては「乗せる馬がいないよ困ったな」と言われるのではないかとドキドキしてしまう一瞬。

■【トロル】君はどっしりした黒鹿毛。
大柄だけど親しみやすい雰囲気は、中半血種のトロッターという種類からくるのかも。
「この馬は口が強いですから、特に左が固いかな…」と概略を説明してもらうが、
今の私にはどう乗ったらいいのか全くイメージできない。
まずは、サイドレーンをつけて乗ることになった。
■この倶楽部に来たばかりの3回目に乗せてもらった時には、すたすた〜と持って行かれたという印象がある。
さて、どうだろう?
最初の常歩からの準備運動。
すたすたすた… もっとゆっくり落ちついて歩いてよ。
以前の【カエサル】の時も同じような経験をした。
ちょっとした扶助ですたすたと動き出すけれど、ためのない坂を下るような歩き方。
人のバランスに敏感なのかな? 
馬のバランスをもっと後ろに持ってこないとのっしのっしとした前後がつながる歩き方にならないのか。
■丸馬場で調馬索をつけてのレッスンとなる。
まずは左手前で「1mほど内側を歩かせて、馬をもっと左側に向けて」と指示が出る。
軽速歩で「きちんと指の奥で手綱を挟んで、許さないで持っていて」
「肘の開閉を意識して!」(うへぇ、拳を動かすなってことね)
「馬がさぼってきたら、内側の脚でポン」
ちょんと踵を意識して馬のお腹を触ったら、グンと前にでる。
と、馬の首がストンと下がる。
乗り心地のモッチリ感がアップ。
「はいそこで座って」「ライトレフトって座骨があたっているのわかる?」
はい、もちろん。
いつものことながら良い姿勢で動いている馬の背中は楽に乗れる。
「今の感じがいい状態なんだよ、覚えておいてね」
馬の前進気勢としてのエンジンパワー、クラッチがつながったような後ろから押し出してくる分が前のハミの重さとして感じられる一体感、引っ張られる訳じゃないけれど決してスカスカではない手綱の感触。
暖かくて弾力のある力強い生き物の背に乗っている実感がある。
■「じゃあ、別のひとの様子を見てくるからその間自由にやっていて」とブレークをかねた自習時間。
【トロル】と二人きりでやるとしたら、常歩で首を下げてもらう練習をしよう。
「どんどん歩いてね」とまずは推進。
「でも自由じゃないのよ」と手綱は許さず「ここまでよ」と前を遮る境界線のテープのつもりで手綱を持つ。
【トロル】君は止まってしまう訳ではないが、どこか境界線の切れ目はないかと探るように首を上下左右動かしてふらふら進む。
これまでなら馬が首を振るのは、きついハミを嫌がっているからだと考えて、手綱の張力を緩めて楽にする方法を選んできたけれど、今はそれはやらない。
「行き止まりの突き当たりまで進んでみて」とちょんちょんと合図を送る。
ついでに輪乗りなので内方の手綱を肘から引いて「内側向いてね」と伝える。
と、ストンと首を下げてくれる【トロル】君。
「そうそう、それでいいよ」
と次の瞬間には首があがってふらふら再開。
ん〜、許し過ぎなのか、推進が不十分なのか。
■先生が戻ってきて、速歩および駈歩でのレッスン再開。
丸馬場の真ん中に立って舌鼓を頻繁に使う先生。
馬は前に進んでいるが、それでは物足りないのか。
馬の勢いがのっぺりしてきたかなと感じられるところで私も長鞭を振ってみた。
「そうそれでいいよ、馬がさぼってきたなと思ったら鞭を使ってもいいんだからね」
あらっ? やはり推進不足なんだ。
動いていればいいじゃなくて、パワフルであれというアクセルが必要なんだ。
「この馬は動いているか否か」の感覚的な判断基準を自分のなかにしっかり持たないとなあ。
■「もちぇさん、もっと腰を張って!」
駈歩で気持ちよく乗っているつもりが、先生の注意。
あらたな難点が生じたか?
「ちょっと止まって」
「腰が寝ちゃってるんだよ」
「じゃあ、腰を倒してお尻がぺたりと付くくらいにして、そこから徐々に腰を起こしてきて」
「そのままどんどん前屈みにして、内股で挟むつもりで」
「お尻で乗るとか股で乗るんじゃなくて、ちょうど座骨がきちんとあたる場所があるでしょ」
「いいかい、その場所で乗るんだよ」
「もっとお腹を伸ばして、まっすぐ」
駈歩時の踵とか膝の位置は注意されたし、座骨の左右へのの加重も練習してきたけれど、今度は骨盤の傾きである。
速歩のように上下動だけでなく、前後の揺れもある駈歩で骨盤の傾きとな…
意識しきれないなあ、難しい。
とは言え、先生の注意されつつ乗っていると
首が下がって乗り心地はもっちりやわらか。
「いい感じに乗ってますよ、よく覚えておいてね」
■「何かわかった?」
「一瞬でもいいから、こんな感じというわかったものを大事にしていってね」と橘先生。
『フラットに乗るのは卒業』と言われてから身体感覚として得たものは、
馬がスライムのようにのぺぇと広がって前のめりで動く時と、
くうっと真ん中に集まってきて上に持ち上がるように動く時の差がはっきりわかるようになったこと。
しかし、馬がまとまってきてくれるには、馬の邪魔をしない乗り方と必要時にポンと出せる推進扶助と、そして、なにより拳が静かに定まって信頼に足る手綱でなけりゃだめなのだ。
やっぱり基本をみっちり身体にたたきこまないと太刀打ちできない。
楽しいけれど、道は険しい。

■午後は愛馬の【くれよん】君。
4騎が同時に各個運動をするので、駈歩はちょっとドキドキする。
「前が遅いなら内側から追い抜いてしまっていいよ」
「この障害の間を抜けるルートで輪乗りして」と私には難度の高い指示が出る。
えーん、障害物を避けつつ輪乗りのルートをとると、とんでもない小さなカーブになってしまう。
【くれよん】君はピルーエットしてくれるつもりなの?
頑張ってしてくれようとするところがいじらく有り難い。
■なんの障害物もない馬場の蹄跡で、とりゃーと走らせるのが当然だった身には、
「こんなのあり?」と冷静ではいられない。
【くれよん】君の駈歩はだんだん首が下がってきてテンションがあがり気味。
「先生、首が下がるというのは手綱が緩んでしまうせいですか?」と尋ねると
「この場合は手綱を引っ張るんじゃなくて、もっと腰を張って乗って」
と教えられる。
馬がどんどん行く気になっていて、ハミをぐっととって前のめりになっている状態なのだそうだ。
かつての【グプタ】の広い馬場にでたときの駈歩みたいなものか。
人の身体を起こしてもっと後ろにバランスを持ってくれば解決するとのこと。
たしかに、腰を張って人の肩甲骨の後ろをくっつけるようにして乗ると馬が持ち上がってポタンポタンとした駈歩になった。
「そう、それでいいよ」とOKをもらう。
■クーリングの常歩をしている時には、
「そうやって鐙にただ足を乗せているだけの状態はすごくいい」
「脚がさらに2,3cm長くなったように見える」
「その状態のまま速歩や駈歩が出来ればいいんだよ」と言われる。
緊張して力が入ると鐙に立つようになり、足に支点ができてしまうようだ。
腰と足の2点支持になった脚は、鞍から膝がぱかぱか離れて不必要に大きく動く。
「鐙を脱ぐと、ほら、脚は静かに馬に沿うだけになるだろう」
「鐙あってもなくても、同じように乗るだけ」
ううーん、膝の上から内股にかけてがぴたりと鞍について、膝下が前後左右に自由に動くって理想の姿は見えているんだが、駈歩しながらではまだまだ。
■しかも、駈歩の時の骨盤の角度も新たな課題。
次から次と忙しい。


〈おまけ〉
■先週に引き続いて体調不良の日々。
「こんな状態だと、息苦しかったり節々が痛んで鞍の上に座ってられないだろうなあ」
道具手入れとか帰り道がしんどいだろうなあ」なんて想像できてしまう。
今日の騎乗をキャンセルするつもりでいると、【もちぇ2】登場。
乗馬に行くのは、行きたいからじゃない行く事になっているから行くの!」
こんな厳格な人格は私じゃないはず… でも、結局出かけてしまっているこの不思議。
■自宅でウジウジ考えていることは、
実際に倶楽部に行っている時に感じたり考えたりする事とは隔たっている。
動きながら見えてくるものは、止まって見ているものと違う。
結局、やってみなければわからない。
見る前に跳べってことかな。
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