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第18章 バランス追求編 ブログトップ
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761/762鞍目 ご機嫌麗しく駆歩でる [第18章 バランス追求編]

2009-02-18(Wed) 雨水 通算761/762鞍目
■ 風がなく日差しが暖かい一日。
【くれよん】君と【ローザ】ちゃんに乗る。


759/760鞍目 真ん中で待つ [第18章 バランス追求編]

 2009-02-13(Fri) 通算759/760鞍目
■天気予報では暖かく強い南風が吹き込むと言っていたので、軽装で出かけた。
日差しはなく冷たい空気のまま。
自宅から遠い場所に出かける時は、いかなる天候にも対応できる装備が必要。
つまり、旅支度。
荷物が多くなるのが嫌なのだが…
■本日のお相手は【くれよん】君と【ローザ】ちゃん。
【くれよん】君とは、このところ調子が今ひとつ。
彼に騎乗している他の会員さんも「カリカリしちゃって、膠着して動かなくなったと思えば、走りゃいいんだろうとどわっっと走るから怖い」と評している。
どうしたもんかねぇ〜
これまでは、療養生活のせいで元気を持て余しているんだろうなあと軽く考えていたのだが、どうも違うらしい。
駆歩をしようと焦る彼と、落ち着いてトンと出てもらいたいコチラの要求がぶつかってしまう。
タイミングが合わず発進のやり直しが続くと彼はカリカリしだし、こちらの扶助に抵抗を始める。
歯車が噛み合わない。
まずはリラックス、リラックス。
力を抜いてすっと決まるところを探るが、こちらが「それじゃあ」と合図を送ると途端にぐに〜と抵抗。
それでも我慢しようと頑張るからよけい、人も馬もリラックスできない。
■乗っていて感じるのは「思春期の不機嫌さ」のようなもの。
根底にもやもやした不全感、焦燥感、不快さがあって、ちょっとした扶助の荒さとか行き違いでとたんに「そっちがそう言ったからもうやらねー」「やればいいんだろう、やりゃぁ」「いらいらいら…」となっているように思える。
「何を甘えたこと言ってるんだ!しっかり仕事しろ」と怒鳴りつければ、武力衝突必至。
「ご機嫌損ねちゃった、何が悪かったんだろう?」とおろおろすれば、不機嫌を増長しそう。
理想は、
「まあ、そんな気分になる時もあるけど、やることはきっちりやって気持ち良く終えよう」と不機嫌さを認識はするが重視せず、目の前の課題に集中して、上手くできたら思いっきり褒めることなんだろうな。
■私の場合、不機嫌さをスルーするところまではできるのだが、
目の前の課題(ゆっくりした駆歩)をこなすところができない。
思い通り動かない【くれよん】君に、思わず力任せの扶助を送ったり、バランスを大きく崩した人間本位の乗り方になってしまう。
そこを見抜いて先生が「はい、丸馬場に来て」「調馬策で駆歩しましょう」と声をかけてくれる。
今回は、これまでになくイライラしてイレギュラーな動きの多い【くれよん】君。
そこに反応してしまって、緊張して身体を固くしたり不必要な大きな動きをとらないよう、いつも通り内側の座骨に加重して力を抜いて座るよう指示が出る。
そう、この場面での課題は、馬が思い通りに動かない時でも正しい騎乗姿勢を心がけるってことなんだろうな。
左右両手前の駆歩をして「よくできました」と褒める。
クーリングの並歩では「最近なにか嫌なことでもあるんかい?」と彼に声をかける。
もちろん答えは返ってこないが、
「実はね、私も今、職場の人間関係が難しくていらいらしたり、おどおどしたり大変なんだよ」
「それでも、なんとか頑張らなきゃとやってると、ちょっとしたことでむかちょーんと来たり、家族にイライラぶつけたり自己嫌悪なんだ〜」と問わず語りで自分の愚痴が出てくる。
「ふーん」と耳を傾けて(裏返してこっち向けて)くれる【くれよん】君。
思い通り行かず苦しいなかで、それでもなんとか頑張ろうとしている者同士の連帯感を感じる。
■「はやく左目が治るといいね」
「不愉快なことが早く解決して、すっきり気持ちが集中できるようになるといいね」と心から願う。


■「誰に乗るかな〜、どうしよう。後で考えます」とギリギリまで決めかねていた先生。
結局、午後は【ローザ】ちゃん。
2回目の今日は、だんだんお互いのあらが見えてきた。
並歩速歩の移行をするたび首を上げて馬場の隅っこへ逃げようとする【ローザ】
移行時にハミが緩んだり、カツンとあたったりしているのが原因なのだろう。
すまない、そこまで繊細に手綱の操作をしていなかった。
ことあるごとに首を上げてアラームをならしてくれるので、かえってわかりやすい。
馬が思い通り動いてくれないときは、じっと真ん中で待っていると戻ってくるのだ。
首を上げたり、とんでもない方向に歩いていってしまう時は、
「違うでしょ」と馬の行動にいちいち反応して引っぱったり押したりしてしまいがちだ。
しかし、それをやってしまうと本来馬に何をさせたかったのか忘れてしまう。
まっすぐ真ん中で待っていて、それから逸れる動きをすれば自動的に強い抵抗が生じるようにしていれば、かえって馬にはよく伝わるようなのだ。
首を下げてまっすぐ前に進めば、緊張が解けて楽に動けるようあらゆることに心を砕く。
こちらもハミがカツンとあたらないよう注意をしつつ、頭が上がってもちゃんと下げてもらえるので、運動をしていて楽しい。
本当は、こっそり(サイドレーンなしで)駆歩もやってみたかったのだが、先生のいないところで勝手なことをするのは止めておいた。
■今日の駆歩は、調馬策で。
まっすぐ乗れた時の乗り心地は、最高!
「調馬策の時は、自分の姿勢とか筋肉の使い方に集中できるでしょ」
「今、上手く乗れている時は、ひとりで乗っている時とどう違う?」
「何がどう違うのか、はっきり自覚できてる?」
ただ乗り心地が良くて気持ちよく乗れているという自覚だけではダメらしい。
自分一人で駆歩しているときにも、その状態になれるようとのお達し。
「膝から下が自由に動かせて足が鐙に乗っているだけの状態。今の状態が一人で乗っている時にも思い出してできるようにね」
ううむ、そう言われても…
何かをしている自覚はない。
気持ちよく走る馬に乗せてもらっているから、自然にそうなっているだけ。
「何がどう違う? どこをどう使っている?」と重ねて聞かれる。
あえて言うなら、
膝から下には何の意識もしていないが、
膝から上の内股がピタリと鞍にくっついているという感覚がある。
まるで自分の型に合わせてピタリとはまるように作った鞍。
特に脚の付け根から太腿の後面にかけて鞍のほうが盛り上がってサポートしてくれているような感触がある。
太腿の内側がピタリとついているから、膝下が自由になる。
駆歩発進の時も意図して、踵をちょんとこすりつけるように使える。
「そっ、スイッチのある場所をちょんと合図できればいい発進になる」
正反撞も駆歩ももっちり柔らか。
■こうなったら、馬が上手く動かない時は、まっすぐ真ん中で静かに待っていることにする。
以前の「もっと蹴って」「もっと強く合図して」「馬に伝わってないからもっと強く合図して」という指導とは正反対のことをしよう。
馬に進むべき方向は毅然として示すが、馬の抵抗や反抗にいちいち振り回されない。
もっとも抵抗なく楽に動けるところがコチラの求める運動になるように、おおらかに待っていよう。
馬がちょっとでも跳ねたり暴走したりすれば、怖くてガチガチに緊張していた時期もあった。
馬がのったり動いてくれなくて、ドカドカ全力で蹴りつけていた時もあった。
そうなるのが自然で当然だと思っていた。
しかし、この初心者時代のやり方は、馬の動きの邪魔ばかり。
何百鞍も馬達には申し訳ないことをした。
■ところで【ローザ】ちゃん、「私はこの馬、かなり好きかも…」と何となく惹き付けられる。
「また明日も乗りたい」「1週間後が待てないなあ」と思わせてくれる馬なのだ。


757/758鞍目 内方姿勢をとって駆歩 [第18章 バランス追求編]

 2009-02-06(Fri) 通算757/758鞍目
■立春を過ぎて日差しの温もりに力を感じる。
畑に広げられていた芋干し台も役目を終え、麦の芽が青々と畑を覆うようになった。
梅の花も咲いている。
こんな日は、馬日和だ。
■午前中は【くれよん】君。
左目はまだしょぼしょぼしているが騎乗しても大丈夫とのことで、今日からお仕事再開。
準備運動をしていると、右手前が内側に入ってきてしまって蹄跡をしっかり歩けない。
ううむ、左目が見え難いから、左に出そうとする扶助に抵抗するのか?
「今日は無理にやりにくい手前はやらなくていいからね」と先生の一言で、
左手前での運動を中心にする。
駆歩は、彼の得意な左手前なのだが、かなり速い駆歩になる。
仕事再開初日だから元気すぎるのか。
もっと、ゆったりした駆歩してほしいなあ。と
なるべく馬の後ろに重心がいくよう背を起こしたり、手綱をぐっと持ってみる。
僅かにゆっくりになるが、馬場一周しないうちに
【くれよん】君の首がどんどん下にさがってくる。
うわ〜、これは違う。
ハミをとってスポーンスポーンと上にあがる駆歩じゃない。
馬が前にくうぅぅと力みながらのめっていく。
前後にのべ〜と伸びていくのとは違って、力が入っている。
こういう時は何が原因でどうすればいい?と思い出そうとするが、頭の中の引き出しは空っぽ。
と、
「もちぇさーん、そこで並歩していて!」
「もう少ししたら丸馬場で駆歩みますから」と先生が向こうから叫んでいる。
■丸馬場に入って駆歩したとたん
「はい、ちょっと止めて」
「また膝下で抱きついているよ…」
休馬明けで馬が元気で走りたがっているのだと解釈していた私に、苦いお小言。
ふへ〜、原因は私ですか?
「【くれよん】は膝下で抱え込まれると嫌がって走りだすからねえ」
「遠目ではいつも通りの人の姿でも、馬の動きの違いで人のやっていることが何か違うってわかるから」
「馬は先生なんだよ」
【くれよん】君の動きをみて私が(無意識で)何をしているのかを視てとるとは、先生恐るべし!
思い通り動かない原因を馬の中に探してしまい、「今日は〜だから仕方がない」と簡単にオチを付けてしまう自分を反省しなくては。
■「いいかい、膝から下は力抜いて、ぶらぶらと自由に動かせるように」
「膝から上の内股部分でしっかり挟んで」
「この部分には力を入れて鞍から離れないんだよ」
馬を止めて基本姿勢の確認に戻る。
そうだった、きついジーパンをはく時にように脚を長く伸ばして、お尻をしぼって下腹を凹ませて、骨盤を立てて…
鞍に腰を掛けるのではなくて、内股でまたがる。
「はい、もう一度駆歩いこう!」
「手綱は外側にまとめて、内側の腕はだらーん」
「内側の鐙も脱いで」
「内側の座骨に乗ってー」
橘先生マジックと言うべき、全てが収まるところにきちんと収まると楽になる。
「そう、それでいい」
「さっきの外方脚の位置は、こーんなに膝から下が後ろに流れていたけれど」
「脚なんて大きく動かさなくていいんだから」
「座骨の荷重の違いで馬には通じるんだから」
あぁ、思い出してきた。 
「いま見ていても座りは安定してすごく良いのに、時々前にやっていたことに戻っちゃうんだよねぇ」
そうなんです、忘れてしまうのは人間のさがってことで。

■この季節は、洗い場や繋場、南に向いた厩舎の中まで陽が差してくる。
風がないとほっこりのどか。
「午後は【ローザ】に乗りましょう」
「調馬策でやりましょうね」と先生。
えー、【ローザ】ちゃんて丸馬場で調馬策をつけてビギナー専用の馬でしたよね。
広い馬場ではのったりとあちこちふらふらと勝手に動いてしまう子だったような。
またビギナーの基礎に逆戻りですか…
「この馬はね、手綱でけんかしちゃうと頭上げてどっか逃げて行っちゃうから」
「バランスよく乗ってあげて」
「まずは、手綱はブラーンと軽く乗りましょう」
えっ? この馬って鈍くて重い、決まったことしかできない馬なのではなくて、
バランスやハミに敏感すぎて下手が乗ると動けなくなる馬ってこと?
「まあ、どうなるかやってみましょう」
ひゃあ、これは先生から挑戦の機会をもらっているんだ。
沈んだ気持ちからいきなりワクワク感へ。
■ネックストレッチをつけて角馬場で乗る。
バランスにうるさい馬なら、まずはまっすぐ真ん中を意識して原点補正。
一旦並歩を出して、人がまっすぐ真ん中にいて何もしない状態でもゆっくり前に進むことを確認。
止まったりどんどん進んだり、右左によれたりすれば問題あるが、【ローゼ】ちゃんはよれずにのっしのっしと前に進んでくれる。
人が小さな円を意識して上半身をひねり、内側の座骨に乗って、外側の脚で押さえると彼女はスムースに巻き乗りしてくれる。
うわっ、手綱を使わなくてもバランスだけで扶助が事足りる。
この馬は侮れない。
■「軽速歩しましょう、手綱は片手にまとめて」
拍車でちょんと合図をしただけで、どんどん前にでてくる。
こんなに動いてくれる馬だったか?
「最近元気がよくて、かえって初心者さんが乗れなくなっちゃったんですよ」
リピッツァーの血が入ったオーストラリア産の馬だそうで、前後に短く横幅が太く肉厚な体型をしている。
乗り心地はぶわんぶわんとゴムのクッションが効いている感じ。
気持ちよく蹄跡周回、輪乗り、斜めに手前を換えなどをする。
■「じゃあ、少しずつ手綱もって行きましょうか」
「軽ーく、かるーくね」
「手綱を両方ぎゅっと引かないでね」
あれれ、手綱はまだしっかり持っていないのにだんだん動きがのったりしてくる。
持つ場所を探すのにごちょごちょしていると、【ローゼ】ちゃんの首があがってきた。
まずい! 迷走し始めた。
埒ギリギリに馬体をこすりつけるように歩く。
こんな時は、まず手綱で何かしようとするのは禁忌。
とにかく前に出てと拍車で合図。
前に出てきたところを軽いタッチで左右が同じになるように手綱で受け止める。
ずっと以前「馬に気がつかれないように手綱をとっていって」と教えられたが、まさにその通り。
ショックなく左右差なく、拳が動いて不快な振動を与えないように。
動きが悪くなれば、再び片手手綱に戻してリズムよくすすんでもらうようにする。
なんとか、すぅと気持ちよく前に出てきてくれる。
「いい感じだ」「そう、それでいいよ」
とりあえず、速歩までは上手くいった。
■「駆歩はサイドレーンを外側だけつけて、調馬策でやりましょう」
右手前の駆歩をする。
いつものように姿勢の確認をしながら乗る。
「そうだ!」「いいよ」とOKがでると、
「じゃあ今度はひとりでやってみる?」
あれ? 駆歩の姿勢矯正が主題ではなかったのか。
右左両方にサイドレーンをつけて「駆歩やってごらん」と。
■型通り、外方脚をひいて内方脚でトンと合図。
パタパタッと駆歩発進。
おお、通じているが、次に合図したときは反対駆歩が出てしまう。
「もちぇさん、内側を開き手綱にして!」
「外側は引っぱらないで」
「馬に内側を向かせて、ストンと首を落とすまで、そこで負けない!」
むにーと内方手綱を開いて待っていると、ストンと首を落とす【ローゼ】
「ハイそこで駆歩、ドン!」
うほっ、トンと離陸。
ブホン、ぶほん、ぶほんとホッピングに乗っているような駆歩。
「そう!それでいい!」
顎を譲らせて、内方姿勢をきちんととらせてから発進の扶助を出すと気持ちよく決まる。
しかも、駆歩がびっくりするほど小股なのだ。
まるで縄跳びかホッピングをしているような感覚。
こんなに前に進まずその場跳びをしていて、馬は窮屈に感じたりしないのだろうか?
大丈夫なのだろうか? 
「それで、いいんだよ」「すごくいい駆歩をしているんだから」と逆に説得されてしまう。
■サイドレーンがついているので、外方を規制するのはそれがやってくれている。
だから、内方手綱だけを開けば馬には通じる。
かえって今までのように外方の規制をしっかりしなくてはと外方手綱も強く持ってしまうと、【ローザ】に伝わらず、つらい思いをさせてしまうらしい。
■外をがっちり持って、馬を内側に向けるとストンと首を下げてくれるのは【ひなげし】でも経験した。
こういう体勢をとってからの駆歩発進はほとんどフェザータッチでOKなのだ。
駆歩発進時に「馬を内側に向けて」と何気なく言われてきたけれど、本当はこうやって顎を譲った状態をさしていたのかも。
右手前での駆歩もやってみて、そのポムポムとした乗り心地を堪能する。
パカランパカランと駆けるダイナミックな駆歩も魅力なのだが、歩幅の狭いその場跳びのような駆歩が「よい駆歩」と聞かされて狐につままれたような気になる。
■「後は並歩で歩いて、終わりにしましょう」と声がかかると途端に「もういいんでしょ」という態度にでる【ローザ】ちゃんが愉快。
馬繋場に戻ってくると「これなら乗れそうですね」と先生がつぶやく。
今日はけんかすることはなかったけれど、ビギナーラックというやつで、今後は大喧嘩してちっとも言う事を聞いてもらえずに終わりそうな予感もする。
手入れは、かゆそうな首まわりや顔をしっかりとブラッシングをする。
気持ち良さそうな表情の彼女を見て「これからも仲良くしてね」とお願いをしておく。



755/756鞍目 ブランコの鎖 [第18章 バランス追求編]

 2009-01-28(Wed) 通算755/756鞍目
■この1月は、金曜日になると雨が降り規則正しく通えない。
10日も2週間も空いてしまうと、まったく違うことが頭の中を占めてしまう。
乗馬に関する行動一式をデコードするのが大変。
「何だっけ?」といちいち思い出さずに済む間隔で通うのが一番。
理想は、週3回。
最低でも週1回は必要と思われる。

■本日のお相手は【てんてん】君と【ひなぎく】ちゃん。
メインパートナーの【くれよん】君は左目の不調で再び休暇に入ってしまった。
■先生から注意されるのは、
「膝がぱかぱか開いているよ」
「拳が揺れている」
「左手前の駆歩で腰が鞍から離れたり着いたりするから、馬の背に衝撃として伝わっている」
「右にもっと乗って」「右肩を開いて」
等の振り出しに戻ったかのような姿勢の矯正に関すること。
■自分の中では、
〈脚と拳の大きなバランスの循環の中で、人も馬も楽に動いていけるベクトルを探る〉という大きな課題に向けて動いているのだが、その前段階でもたついてしまう。
もっと馬を前に出さなければと焦って自分一人が馬上で暴れていたり。
内側に向けて外方手綱にしっかりとしたつながりを感じたいと願っても、すか〜とした手応えしかなかったり。
「うまくいかないなあ」とあれこれ操作しても決定打を見出せないときは、必ず先生の姿勢に関する注意が降ってくる。
「また振り出しに戻ったような注意だぁ」と内心がっかり。
「馬がスムースに動いてくれない時は、私の姿勢も悪くなってしまうんだってば」と思うが、姿勢の悪さが先か馬の動きの悪さが先か?のタマゴとニワトリの関係。
この悪循環を断つのは、どんな時も基本に戻って「人の方がまず、まっすぐ真ん中、無駄な力を入れずリラックス」と原点に戻るに限る。
意図してそのとおりに出来るわけではないが、先生からの注意やアドバイス、調整を受けているうちに、いつの間にか馬と気持ちよく乗れている時間がやってくる。
■春夏の頃は、一挙手一投足に先生の注意が飛んで、次にどんな運動や動作をすべきなのか全てにわたって指示を受けていた。
それが今では「いつものように」と言われただけで、後は自分と馬との世界。
駆歩が出せたとか、巻き乗りが出来たということより、
馬が気持ちよく前に進んで、それが手綱の手応えとして常に感じられ、しかもそれが次の運動したい方向にスムースに流れ込んでいくかという目に見えないバランスが相手。
良いのか悪いのか、次はどうすべきかを自分で考えなければいけないのが心もとない。
馬と人との動的平衡の中心を捕まえることができると楽に静かに乗っていられるのは、事実なのだが…
「何をどうしたらこうなるのか」を列挙するとものすごい数になりそう。
つまりは、騎手のバランスや騎座の安定、馬の前進気勢に内方姿勢、ハミの安定とハミに出る馬のパワーを受け止める拳云々、全てなのだ。
細かなことの全てがひとつのバランスに結実するってことか。
先生が細かな指導をなさらないので、客観的にどうなっているのか自分ではよくわからない。

■今日の感想は、
「駆歩ってこんなに楽なものだったのか?」
駆歩でも馬の首をつり下げる感覚を持つようになってから、しみじみ実感として「駆歩が楽だ〜」と感じる。
大きく動く馬の背中にしがみつくものではなく、つり下げられた木馬にのって前後に揺すられているような安定感がある。
先生が見て下さる時に「肘の開閉を意識して」とよく注意をされるが、これはブランコに乗る時に鎖を握っている感じに通じる。
人の身体が前後に揺れても、握っている拳の位置は変わらず、肘や肩の関節が屈曲伸展して体躯との位置関係を調整している。
かつて「拳を動かすな」って注意されたら、上肢全体を固定して動かないようにしていた。
指示通りやっているのに出来ないのも無理はないなあ。
■駆歩で拳が回るのは、騎手のバランスが悪くて手綱につかまってしまう場合と動かすまいと思って余計に動いてしまう場合がある。
前者は、馬の首の動きと逆になるけれど、後者は首の動きに同調させるから手綱の張力はほとんどかからない。
「拳をあげて肘をたたんで」というアドバイスは、ついつい上肢を馬に差し出してしまう初心者の癖から、肘関節の開閉を思い出させるきっかけになる。
■振り返ると面白い。
最初は長手綱で腕差し伸ばし。
やっと手綱を短くピンと張って持てるようになっても腕は伸びたまま。
そして、ようやく自分の腕も畳めるようになってきた。
それだけ馬のパワーを直に感じられるようになったのだ。
■直進の駆歩していて外側に出したり内側に入れたりする時に、バランスが微妙に外や内に流れ込んでいくのが拳を通してものすごく良くわかる。
【てんてん】君の右手前と【ひなぎく】ちゃんの左手前では、一歩ごとに感じられて面白い。
反面、ちょっとしたバランスの崩れがうまく立て直せない手前もあって、前にのめって速歩に落ちたり、バランス悪いまま頑張って駆歩続けようとしてくれるのも感じられる。
英語が聞こえる耳って表現があるけれど、馬語が突然聞こえるようになるってこともあるのかも。
先生は「よく乗れてたよ」と総括して一言しかおっしゃらないので、自分の感想が唯一のよりどころ。
■【てんてん】君や【ひなげし】ちゃんの場合、もっとまとまってくるとメリーゴーランドのお馬ちゃん感覚に至るんだろうな。
【くれよん】や【δ】みたいな、ゆっくりとした上下動のみが感じられる駆歩に。









753/754鞍目 問題は膝下 [第18章 バランス追求編]

 2009-01-16(Fri) 通算753/754鞍目
■職場で嫌なことをすり抜けるのに、「乗馬での経験が生きているなあ」と思うことがよくある。
強烈なネガティブプレッシャーをかけてくる上司に対してとか、朝出勤したくない時とか。
「こっちがビクビクオドオドすればするほど悪循環」
「その時、できることしかできない」
「上司なんて暴走する馬に比べればなんてことない」
「嫌だなと思うことと、実際にやることは別物として切り離す」
「酷暑も極寒の時も馬に乗りに行ける自分がいるんだから…」
「思うように上達しない自分を投げ出さない」
時間と労力を消費するだけで、何も生み出さない趣味の乗馬だと思ってきたが、意外なところで役立っている。
■今朝の最低気温が -6℃。
「馬場はまだ固いところがあるから、ゆっくり準備して」と馬場開場は10時台後半になる。
本日のお相手は【くれよん】君。
午後は【てんてん】君。
どちらも、跳ねたり、期待以上によく走ったり。
「元気なんだなあ」
「ちょっとしたことが馬に強い扶助に感じられて、かりかりしたりするんだろうなあ」
とは先生の談。
■ゆっくりとした上下動だけが感じられる駆歩が、なかなか続かない。
馬場半周ほどは「そうそう、こんな感じ」なのだが、何かの拍子ですぐにのっぺり。
「馬が伸びてきちゃっているから」
「外側の手綱で馬を回すんだよ」
ううむ、何をどうすると馬が伸びたりまとまるのか、皆目検討がつかない。
先生に手綱や姿勢をあれこれ注意されてストンとはまれば、
「そういい感じ」「それを覚えておいて」
言われればできても自分の回路が出来ていない段階なのだ。
■馬がきちんと動かない原因は、スムースに行かない時になんとかしようとして昔の癖がでてくること。
脚を使うのも、馬の反応が悪いと膝下に力が入り流れてしまう。
というのも、鐙を踏んでいる状態はつま先でサンダルを突っかけているようなもの。
脚を使おうと意識すると、膝下を大きく動かすためにつま先の力が自然に抜けてしまう。
これが、膝下があがって後ろに流れる原因のようなのだ。
先生は軽速歩で立ち上がった時と同じように、まっすぐ下におろした状態で脚を使うようにと言う。
えぇ〜、まっすぐのまま脚を使うには、股関節から動かす以外にないではないか。
強い合図をしようとしたら、股関節からは動かせない。
「だから、鞭を使えって言ってるでしょ」
はい、その通りでございます。
■これまで脚と言えば、踵やふくらはぎを動かして蹴るとか押すというイメージで身体を使ってきたが、これからは違うイメージが必要。
脚も合図に過ぎない、馬が動くのは全体のバランスがその方向に流れ込んでいくから。
流れ込れむ先の体勢が整っているか、合図その後の自分や馬の全体像に目配りができないとダメなんだなあ。
馬を内側に向けるのも、その流れを受け止める外方があってこその内方姿勢なのだ。
つい「もっと内側向いて」と内方だけを引いてしまうのは、目先にくらんで全体が見えていない証拠というわけ。
もっと空間的にも時間的にも視野を大きくとらなければ。




751/752鞍目 前を持つに過不足あり [第18章 バランス追求編]

 2009-01-11(Sun) 通算751/752鞍目
■2009年は初日の出を眺めるところから始まった。
暖かく穏やかな夜明け。
ジョギングで駆け上がる坂の上で光の矢を受ける。
「この世の誰もが温もりのある日々を過ごせますように」と祈る。

■予定した金曜日が荒天の恐れがあったため、本日が初乗り。
半月ぶりで、しかも気まぐれで始めた断食療法明けの日でもあり、ちゃんと馬に乗れる自信がない。
結論から言えば、ふらふらして騎乗も馬の手入れもえらくしんどかった。

■クラブに到着すると、馬場を眺める人垣が。
新年の挨拶もそこそこに「解凍待ちですか?」
金曜に降った雨が明け方の最低気温-3℃で凍り付いているのだ。
ハローをかけた馬場は枯山水のような水紋を描く。
所々水が浮いてきているが、歩くとまだ固いらしい。
「今日は風がないから日向は暖かいよね」と普段の倍以上の人間が待ち合いがてら談笑。
11時を過ぎてようやく馬場開場。
■今年最初のお相手は【δ】さま。
以前に乗った時は、小さな扶助で動いてくれるけれど、
前をしっかり持たないと反撞がドカドカしてえらく乗り難い馬という印象があった。
5、6騎の多頭各個乗りではちょっと不安。
■【δ】さまは、脚でちょっと押しただけで内外に自由に動いてくれる反応の良さ。
ありがたいと思う反面、この反撞なんとかなりませんか?
3日ぶりの運動でいきなり手綱をもっては気の毒だろうと思うものの、前を許したままでは絶対乗り続けられない。
他の馬を追いかけてどんどん進み出したのをこれ幸いに手綱を強めに持つ。
ようやくなんとか乗れる反撞になる。
駆歩はさらにドキドキ。
必死に前を持つけれど、あおられそうになる。
ああ、ここで力を抜いちゃったら絶対拳が回るというのが自覚できる。
くう〜、頑張るが断食明けの身にはつらい。
息切れが収まるまで並歩で歩いてもらう。
逆の右手前はなんとかこらえていると、やった! ふわんふわんの乗り心地に到達する。
この駆歩なら各個乗りを縫って走れる。
深追いしないうちに今日はこれまで。
「どうでしたか?」と先生に聞かれ
「右手前の駆歩はすごく乗り心地がよかったです」と応える。
それ以外は、前を持ちきれないよーというのが本音なのだが…
「もちぇさんの乗り方が変わったので【δ】に気持ちよく乗れたんだと思いますよ」と先生談。
前をしっかり持とうという基本方針に間違いはないようだ。
しかし、あの引っぱられる感じをどうすればいいんだろう。
馬が譲ってくれるまで我慢しきるのか、それとももっと推進? 
それとも、拳が動いていてだめなのか?
今度、体調が万全で人数の少ない時にゆっくりみてもらおう。

■午後は陽が差し込んできて、繋場や馬場はぬくぬくと穏やか。
いつものパートナーの【くれよん】君は、年末に左目を傷つけたようで昨日まで休暇をとっていた。
しょぼついた目元だがずいぶん回復したとのこと。
休暇明けと言えば彼も私も同じ。
調馬策で走る彼を見ていると元気一杯。さてどうなることか。
■暖気運転後なのに【くれよん】君はもったり歩く。
人を乗せて動く要領を思い出せないのか、小股のやる気なさそうな歩き方。
「重いなら鞭をちょん!」と先生に声をかけてもらうが、まっすぐすうと前に出る感じになかなかならない。
しかも、左に向いてくれない。
馬の身体が右に曲がって固まっているような感じ。
あ”〜気持ち悪い。
【δ】が僅かな扶助ですっと動いてくれただけに「左向いて!」と引っぱってもすぐに戻る彼に「なんでやねん、やりにくいなあ」といらだってしまう。
脚で押したり手綱を引いたりとごちゃごちゃした操作を繰り返すうちに、なんとなく嫌な雰囲気。
【くれよん】君はハミをいやがって首をあげてガチャガチャ。
あわわ、クラッチが切れる。
馬は前に出なくなっている。
くわ〜、なんという寄る辺なき心細さ。
手放しの軽速歩大好きと豪語している割には、本運動中に馬としっかり手をつなげない気持ち悪さや心細さを強烈に感じる。
【くれよん】君と長く一緒に練習してきているが、ここまで彼と手綱の件で心がすれ違うのは初めて。
■見かねた先生が、
「そういうときは一旦手綱を長くして」
「長い手綱でも方向変えられたでしょ」
「手綱を短くもたれて詰めたなかで馬がイヤになってきたんだろうね」
ふうむ…
【δ】さまで前をしっかり持たなければとやっていたことが裏目にでたか?
手綱でごちょごちょやりすぎたかな。
難しい。
【くれよん】君自身は、もっと走りたいという感じがありありなのだが、それを制御するだけの気力体力がない。
ふらふらして頭痛もする。
すまない、今日はこれまでにしておくれ。
断食明けで馬に乗るのは今後止めよう。

■手入れが終わって厩舎に戻すと、先生が【くれよん】君の目の手当をして下さる。
ぽつんと白く濁った点が潰瘍だったらしいと聞かされて、角膜ならひどく痛かったに違いないと改めて心配になる。
「馬が目を傷つけるのは割とあることなんですよ」
「あまり気にかける人はいないようだけど、馬が自分でこすりつけて余計悪くしちゃうこともあるしね」
とつぶやきながら、先生は【くれよん】君をつないで鼻ねじをかけ、すうと点眼薬をたらし軟膏をまぶたの縁に塗り付ける。
眼帯をかけて、あっと言う間に処置完了。
馬の目の処置をひとりで、これほど難なくスムースに終えるとは…
橘先生を尊敬するのは、馬の異常にいち早く気がつきすぐ対処していること。
身体にしみ込んだ馬の取り扱いの自然さというものか。
こんな所にも信頼感とか安心感が生まれるのだ。


749/750鞍目 常に繋がっていたい [第18章 バランス追求編]

 2008-12-26(Fri) 御用納め 通算749/750鞍目
■冬は、冷たく澄んだ青空に陽光がまぶしい。
「強い寒波がやってくる!」との天気予報どおり、日中の最高気温が4℃。
昨夜未明の気温より低いのだ。
体温をはぎ取っていくような冷え冷えとした風が吹き付ける。
日差しが翳ると途端にぶるぶる震えがくる。
■とは言え、季節柄馬達は元気いっぱい。
北風に煽られてビニール袋が舞っていたり、冬休みに入った子供達の遊ぶ声など、馬を驚かす出来事に事欠かない。
倶楽部の先生はじめ人間側は、ぴりぴりと緊張感を漂わせる。
■本日、午前の部は【くれよん】君。
先生から与えられた課題は、
「左の拳がいつも下がっているから、左右段違いにならないように揃えて」
「手綱をもっとしっかり張って」
左拳が下がるのは、〈右に乗って左に落ちている〉自分の姿勢の歪みから来ているのかもしれない。
しかし、馬の左右差に対応しようとしている姿が拳位置のずれになっているのかも…
左に向きたがらない【くれよん】を必死に向かせようとすると、どうしても左が短くなる。
しかも右の手綱がピンと張れないまま、ぐずぐずしてしまう。
拳の構えなら自分の腕をどう使うかという話に思えるが、ハミに出てくる馬と手綱を通してハミを支える人の全体的なバランスの問題のようなのだ。
「左の内方脚で馬を外に押し出して」と先生の声が飛んできて、
ようやく馬が出ていないと手綱の操作だけではどうにもならないことに気づく。
脚を使った分だけ馬が前に出なければ、それを受ける手綱の操作はあり得ないという基本に辿り着く。
拳を揃えるという基本姿勢を忘れてはいけないが、ただ形だけ拳を揃えてもダメなのだ。
脚で推進して、それが左右均等に出ることの表現形が揃った拳なのだ。
馬の癖に合わせて人が常に微調整というわけ。
■これまで【くれよん】君の手綱は、テンション・二アリーゼロ。
手綱がぶらぶらにならない最低限の張り具合で、前を楽にして騎乗してきた。
それが、前を持つようになって、彼の口の重さを常に感じながら乗るようになった。
そうなると、ちょっと合図が遅れた手前替えであっという間にハミがはずれてしまったり、もう微妙なさじ加減で手綱の感触がくるくる変わる。
常に安定した信頼に足るハミでいることの難しさ。
馬が感じるハミの安定感に、乗る人の技量や精神状態のすべてが出てしまうだろうなあ、と思うと空恐ろしくなる。
■さらにもうひとつの課題は、
「軽速歩の手前を合わせるように」
ははは… 未だにこれだ…
■「駆歩は丸馬場でやりましょう」と促され、
「拳を安定させて内側の座骨に乗った駆歩ができるようにね」
最初のうちは馬が動いていなくて、歩幅の小さな気の抜けたような駆歩。
こういう駆歩は乗りにくい。
無意識のうちに馬を動かそうとすると、上半身を揺すったり脚で抱え込んだりと今までの悪い癖が出る。
先生の舌鼓に励まされて、ようやく【くれよん】君が動き出すと後は楽になる。
手綱を外方にまとめて丸馬場の一歩内側を走らせる。
「もちぇさんは片手の時は拳が動いてないんだよ」
「いいかい、この時の感じを良く覚えておいて両手でも同じようにできるようにね」
片手手綱の方が安定しているというのは、騎乗姿勢のバランスが悪くてからだが揺れているわけじゃない。
その点は「ほっ」と一安心。
両手手綱での感触をいろいろ探ってみる。
やはり、肘を曲げて前を持って馬の重さを感じるようにする他ない。
「今のはすごくいい感じに乗れている」
「うん、丸馬場でしっかり乗るというのは大事だから、これからもやりましょう」
「馬場の経路なんかやるより、ずっといいよ」
はい、その通りです。

■騎乗後の手入れを済ませ馬から離れると、いきなり寒くなる。
ストーブの近くの席に座っていてもしんしんと冷えてくる。
馬に乗る以外、暖まる手段がなさそう。

■午後は【ひなげし】ちゃん。
最初の並歩の時に、何もしないでまっすぐ乗ると馬がどう動くかを確かめながら騎乗する。
「しっかり歩け」と扶助を送り続けている時よりも、はるかにすうーと気持ちよく前に進んでくれる。
これは、自分の扶助が馬の邪魔をしている証拠なのだ。
とは言え、
「もっとしっかり動かして!」
「鞭でぴしっと合図して」と先生の声が飛んでくる。
馬の邪魔をしないことと必要な時には馬が指示に従うまで合図すること。
こうすると【ひなげし】ちゃんは気持ちよく一定のリズムで動いてくれる。
乗り心地が柔らかで気持ちよくて「ああ、なんて幸せ」と感激してしまう。
■駆歩を出そうとすると外に逃げようとするそぶり。
「外方が緩いから外へ逃げちゃうんだよ」
「そこを緩めない!」「しっかり握っていて !!」
「内方脚は拍車を使ってグイと合図してみて」
外へ逃げてはいけませんと外方を握っていると、ストンと顎を引いてくれる。
「そう、馬がそうやって頭下げた姿勢」
「すごくいい感じなった」
「はい、そこで駆歩!」
駆歩発進でわがまますることの多い【ひなげし】だが、何の問題もなく駆歩できる。
ううむ、拍車や鞭で強気の合図を出さないとわがまましほうだいといわれる彼女だが、実は違うのかも。
外側に逃げられないということがわかって、内方姿勢をいったん取ってしまえば、強い合図なんて必要ない。
馬が理解して自ら顎をひいて楽な内方姿勢を取ってくれさえすれば、ものすごい軽いタッチで通じる。
そして、手綱の感じがカツカツした固いものではなくて、ぬうんとした生き物っぽい弾力のある感じに変わる。
この感じ。
これがふっと途切れたり、左右微妙にバランスが崩れるときの何とも言えない不安な感じ。
いつでもしっかりつながっていたいと思うのに、雑に扱うと拳の中からこぼれ落ちてしまう。
何をどうすればうまくいくのか、やりながら覚えていくしかない。

■ことし最後の騎乗にあたり
先生から「最初の頃に比べてずいぶん良くなりましたよ」「騎乗回数が少なくなって心配してたようだけど、ちゃんと上達しているじゃないですか」と言ってもらえた。
気持ちよく2008年を終えられた。ありがたし。




748鞍目 前を持って! [第18章 バランス追求編]

 2008-12-21(Sun) 冬至 通算748鞍目
■ものすごく暖かい冬至。
午後からは強い南風が吹いて最高気温18.6℃まであがった。
うっすら汗ばむほど。

■思い返せば、暮色につつまれた高速道路を北に向かったのだった。
西空の残照がどんどん後ろに流れていき、疎らなテールランプと光るセンターラインだけが頼り。
この高速道は道を照らす街灯が少ないということに、改めて気がつく。
通い慣れているはずの道も、時刻によって見せる表情が違う。
■昨夜は、ちひろ乗馬倶楽部の忘年会に参加した。
諸先輩のアドバイスに従って、近くのホテルに一泊。
車の運転も帰る時間もまったく気にならない自由の身。
楽しかった。
明けて今日、馬に乗って帰ってきたというわけ。

■いつもの日曜組に割り込む形になってしまったが、普段はお会いできない方々の騎乗姿を見ることができた。
なかなか興味深い。
■私は、【くれよん】君にお相手してもらう。
第1の課題は「左に向きにくい彼をいかに向かせるか」
いつ、どのように、どんなタイミングで、どの程度を要求するかに悩む。
先生は「しっかり向かせてね」の一言。
駆歩を始めるまでには、左の内方姿勢が楽にとれてほしい。
でも、朝一番の解れていないうちから「こっち向け」では忍びないから、
少しずつ「こっち向ける?」
「ちょっと頑張ってみようか」
「私が伝えたい事は左に向いて欲しいってこと!」
「違う、内側に入らないで」
「そう!そんな感じ」
「あれ〜またもとに戻っちゃった」とちょこまかと繰り返す。
どうしても右の外方手綱の手応えが頼りない。
ああ、気持ち悪い。
逆の右手前では、びしっと左の外方手綱が決まって、右の内側に力が流れ落ちていく感じで、非常に気持ちがいいのと好対照。
左手前の輪乗りで「内側向いて」を繰り返す。
引っぱりすぎないように、わずかでも左を向いたらちょっと緩める。
馬の首が下がって、外側の手綱に手応えが出てくるのを、目指す基準とする。
ああ、でも元に戻っちゃう。
これじゃ馬には伝わってないのかなあ。 何度もやりすぎて飽きられているんかなあ。
一旦蹄跡に出て気分転換するか? それとも手前を換えるか?
ぐずぐず、ちまちま。
【くれよん】君は、強い手綱の使い方にトラウマがあるようだし、まじめでいい子だからと次々要求して休む間もなく動かすのも気の毒だし…
軽い扶助から要求水準を上げていって、うまく出来たらすぐおしまいにしてあげるのが、彼にはいいのでは…
でも私がやると、メリハリがなくて、なあなあで、時間のかかり過ぎで、何したいのかよくわからない騎乗にしか見えないかも。
これで、いいのかしらん? 不安…
■馬に何を要求してたのか、ふと忘れてしまうくらいの時間を経て、気がつけば左に向いてくれている。
左右ちゃんと向けるかの確認の意味を込めて、3湾曲の姿勢の入れ替えなんてものもやってみる。
だめだ〜、2湾曲に入ろうとしたところで、
「なにするねん?」と馬が戸惑っている。
私自身が、外側で馬の姿勢を規制している自覚がなかった。
内側を引っぱらないよう気をつけなくては。
次からは、姿勢の入れ替えもなんとかできたかな。
ここまで来て、ようやく駆歩へ。
■駆歩では「拳を動かさないで」と先生からの注意が飛んでくる。
「こっちへ」と呼び出し。
「いいかい…」と
先生が馬のハミ近くの手綱を持って、駆歩をしている時の手綱の具合を実演してくれる。
「いつもどおりに手綱を握っていて」
「馬の首の動きに合わせて、手綱の引っぱり具合はこんなふうに変わる」
「ぐうと首を下げた時と…首をあげた時だよ…」
「ほら、もちぇさんの場合、肘が伸びて拳が動くってことは、馬の引っぱり具合にあわせちゃっているから、手綱の感じが変わらないよね」
そうそう、テンションが二アリーゼロになるよう自動的に設定されてます、私の腕は。
「そうじゃなくて!」
「肘を引いて、引っぱられても我慢して」
「手綱を握った感じに波があるでしょ」
手綱の感じが変化してもいいんだ…
「そうやっていれば、今度は馬がぐうとハミをくわえてくるようになるから」
こっちが我慢していれば、馬もそれに合わせてくれるってことですか?
首の上下動をもろに受けるガツガツした手綱の感じは、我慢していれば馬がハミをくわえてくれる別の感触に変わるのか。
もしかして、手綱がゴムのように伸び縮みする感覚というのは、ハミをくわえてくれるから味わえる感触なのかな。
ん? ということは〈拳を動かさないこと=ハミをとってもらう〉では、ないんだ。
ハミを取ってもらうには、人が万全整えても馬側の納得を待つ忍耐がいるんだ。
■「肘を引いて我慢だよ」
「もっと前をもっていいから!」
とにかく言われたようにやってみる。
【くれよん】君はこういう時、まじめに駆歩を続けてくれるので、自分の課題に集中できる。
肘を引いて、馬の首をつり下げているつもりで手綱を握る。
ブランコにのって両脇の鎖を左右の手で握っている感覚。
自分の体幹の傾きが前後した分は肘が動いて調整、鎖を握っている拳と板に乗っている腰の位置は変わらない。
あら、拳の感触も最初のがちゃがちゃした感じとは違ってきてぬうとした感じ。
【くれよん】君の駆歩は、ゆっくりで縦長のループを描く。
「そう、それでいいよ」と先生の声。
やっぱり、これでいいんだ。
「自分がどうすると何がどう変わったか、わかる?」
「変わった時の感覚を覚えておいて」
「常に、その感覚になるように身体を使っていけばいいんだから」
その通りだが、次にうまく行くかどうかの確証がないのが残念なところ。
■同じ馬場にいた方に「【くれよん】が馬場馬みたいに見えたよ」と嬉しい一言をいただく。
やっていることの方向は間違っていない。
拳を動かさないようにぐっと持っていることは、馬の動きの質もあげているのだ。
騎乗姿勢を矯正することは馬の動きにも大きな影響を与える。






746/747鞍目 馬語会話入門 [第18章 バランス追求編]

 2008-12-12(Fri) 通算746/747鞍目
■通り過ぎる風景に樹形のシルエットが目立つようになった。
骨太な枝が白々とくっきり伸び上がる木。
枝分かれした先が細かに入り組む木。
落葉樹ならではの冬の美しさである。

■本日午前は【くれよん】君。
毛刈りをしてもらってすっきりさわやかな風情。
彼は動じないタイプらしく、首から顎にかけて顔の半分を剃ってもらっている。
■まじめで良い子だから、楽しく乗せてもらう。
駆歩もゆったりとしたいいリズムで動いてくれる。
こんな時こそ、自分の姿勢とかバランスなどを検討しながら乗れる。
駆歩の騎乗姿勢の歪み。
右肩が前に出てねじれているのを、何とか収まりの良い場所を探してあれこれ動いてみる。
右手前では、右に重心を寄せて上半身はまっすぐにしたいのだが、ストンとくる場所がない。
右脚の先に体重が落ちていかない。
途中で詰まったような感じになっている。
右の内方脚の位置が後ろに流れているのか? 
鐙が深くなりすぎているのか?
つま先が外を向いてしまっているのか?
駆歩の輪乗り開閉をしながら、いろいろ試してみる。
■先生からは「右の鐙の踏み方がよろしくない」とご指摘がある。
一旦先生の前で馬を止めて、脚位置を直してもらう。
「まずだらんと力を抜いて」
「こっちで脚の位置を決めるから力入れないでね」
鐙の履き具合やふくらはぎの位置、足首のまげ具合など外から形を直される。
「わかる?この位置だよ」
「鐙のはき方がどうにも変なんだよ」
「どんな風にやっている?」
ええっと、つま先が外向かないように、足首を内転させて足の内側面をやや上向き(内反)になるよう力をいれている感じ。
「膝から下は力を抜いて必要時以外は何もしないんだよ」
「脚が自由に使えるようになってきたんだから、もっと意識して」
「馬が重いなと思ったら鞭を使って、脚を使おうとすればするほどバランスを崩すからね」
癖を直そうとすることで、新たな問題を作ってしまうのか…
力を抜いて自然に乗っているのが理想なのだが、そこに至る道は険しく遠い。
「あっ、鐙をひとつ、いや2つ詰めましょう」
「踵を下げて自然な感じで鐙を踏むようにね」
はひふ〜、鐙を短くするとなんだか鞍から浮き上がってしまう感じて落ち着かない。
かつては鐙を短くする方が安定していたのに、今では逆になっている。
■小休止後、「さて駆歩」と扶助を出すとにいきなり【くれよん】君は混乱した様子になる。
彼は、いったん手綱を伸ばして緊張を解いた後の再始動が苦手なのだ。
前に進まず左右にぶれて、終いにはその場跳び3連発。
「こら、そんなことしちゃいかんだろう!」と馬をしかる先生。
先生に乗り替わってもらって、短くした鐙革で再度駆歩挑戦。
この長さだとふくらはぎがピタリと着いて動かない。
「そうそう、それでいい」
「さっきと違うのがわかる?」
駆歩の脚位置がぶれなくなったのは実感できるのだが、駆歩の姿勢全体としてはどうなんだろう。
これは、今後の課題かな…


■午後は【てんてん】君がお相手。
競技会以来のお久しぶりだが、ちゃんと覚えていてくれた様子。
馬房から首を出して「いざ行かん」と乗り気になったところで、ふと見ると、
午前中の放牧でつけた泥パックがちょうどいい具合に乾いている。
馬装前にプラスチックブラシでごりごりと落とすのが最初の作業になる。
周囲に白い霧が立ちこめる。
ようやく準備が整い、騎乗前に調馬策でウォームアップとなる。
■騎乗してレッスンが始まると、暖気運転してあるためか最初からスムースな動き。
【てんてん】君がやる気を出すと、実に気持ちよく前に進んでくれる。
「もっと元気に!」という先生の声に押されてちょんと拍車を使うと、滞空時間の長い一歩になる。
天駈けるがごとし。
このまま続けば天上界に遊ぶ風情なのだが、
【てんてん】君はハミに出ていた力をふっと抜く。
いや〜ん、手綱の手応えがスカスカ。
なんで前に出ないで戻ってくるのよ〜
自動車のギアをニュートラルにしてアクセルを踏んでいるような感覚。
こうなると彼はピョコタンピョコタンとビッコになる。
すかさず推進。
ハミが手応えがなくなりかけた瞬間に推進すればいいのだろうが、カーブなどでどうしても1、2歩のビッコをひかせてしまう。
前と後ろの微妙なバランス、そして、彼の気持ちをうまく前に向ける馬心掌握術が必要とされる。
■「じゃあね、この横木をまたがせてみて」
馬場には4本の横木が並べてある。
「まっすぐ真ん中を通らせるんだよ」
横木に向けるのに内側の手綱で引っぱろうとすると、とたんに外に膨らんでふらふらとなる。
そうだった、まず外側で規制して馬を回すんだった。
ごめん、次からはきちんとやるから。
まず、外側の手綱をちょっとだけ握って「次にやってもらいたい事があります」
外方の脚で押さえて「ここから外へは行かないで」
内方脚で「スピードは落とさずに」内方の手綱で「こっちの方向へ」
右へ傾きがちな【てんてん】君には、「内方手綱を押し気味に、外方手綱を開いて」と先生からのアドバイスが飛ぶ。
うまく伝わるとまるでレールに沿ってカーブを切るように無理なく曲がってくれる。
何度か繰り返すうちに、外方拳のわずかな握りだけで察知してくれる。
最初のキューだけで、打てば響くような反応が返ってくるのは、本当に気分がいい。
曲がった正面に横木があれば、ポンポンポンポンとリズミカルにまたいで行ってくれる。
楽しい!
会心の出来の後は「よくできました」と馬を並歩にしてしまう。
■駆歩は右手前はいい感じ。
継続するし、手綱に馬の力が伝わってきて真ん中でバランスがとれている。
ところが、左手前になるとスピードが速くなったり、バランスが真ん中に集まらずちょっとしたきっかけで速歩に落ちてしまう。
先生は「左手前だと脚で抱きつくようになって拍車があたって速くなるのかも」とおっしゃるが、
なんだか、馬にとって左右のハミのあたり具合が違って、左手前だとハミを頼って走れないんじゃないかなあという気がしないでもない。
まあ、根底には私の左右バランスの悪さがあるからなのだろうが。
【てんてん】君には、「馬はハミを頼って走っているんだよ」ということをあらゆる機会に教えられている。
信頼に応えられるハミとは、拳が静定していること、馬の前に出ようとするパワーに釣り合った支えを提供できること、わずかなキューが明確に出せる繊細さを併せ持つことなど、難しい課題がいっぱい。
馬に教えてもらいながら、自分の身体で覚えていくしかない。

■馬に3種歩様で気持ちよく走ってもらうという単純なことしかやっていない。
先生も外から見た動きがいいか悪いかしか言わない。
でも、何万語も費やすような馬との対話。
時に何を喋っていいのかわからなくなったり、全く会話が成り立たず怒鳴り合ったり、何となく通じたかなと笑ってごまかしたり、まだまだ馬語会話入門編の挨拶程度。
馬にバランスよくリラックスして乗れるというのは、言葉が雑音にまぎれず明瞭に伝わるために最低限必要なこと。
馬の意志や感情にそって会話をするには、伝えたい内容とか話の持っていき方とか語彙の豊富さとか盛りだくさんの要素がある。
馬と自由自在に話せるようになるとどれだけ楽しいか。
この先に世界にわくわくする。


クリスマスプレゼント [第18章 バランス追求編]

 2008-12-06(Sun)
■昨日倶楽部にマダム・サンタクロースから小包が届いていた。
競技会のDVDが関係者それぞれに作成されて、ひとつひとつ丁寧にクリスマスラッピング。
マダムからのメッセージも添えられていた。
行き届いた心配りに感嘆の声を上げる。
■師走の週末、職場の忘年会を終えて深夜誰もが寝静まったところで、
DVDを恐るおそるセットする。
自分の騎乗姿を見るのは、ホラービデオ並の怖さなのだ。
「だって、かっこわるいんだもん」
画面を最小サイズにして片目をつぶって見る。
「うわっ、出た」「ひ〜」「いや〜ん」…「ん?」
あれっ、思うほどサイテーではない。
画面を通常サイズに戻してじっくり何度も見直す。
■今回の競技会の成績が振るわなかったのだが、まずはその原因を探し出す。
まずは、定点ずれの多発。
移行の際のリズムブレイク。並歩に落とすところがひどい。
後は、全般に前進気勢の不足。
他のエントリー人馬と比べてようやくわかるのだが、のぺ〜として窮屈そう。
あと30%増しにして、ようやく満足できるかなというところ。
まあ、審査員の好みとか要求水準というものがいろいろあると思うけれど、
「うむ、これならよし」という基準に達してないという事には、同意する。
今回の競技に向けて、これらのことを「なんとかしよう」と練習してこなかったのだからしかたあるまい。

■そして、私自身の「かっこよく美しい騎乗姿」に関する採点。
これが一番大事。
馬の上でどたどたバタバタしていたり、猿がシルクハットかぶっているような姿だったら、地球の裏側まで穴を掘って一生隠れていなければならない。

きゃほ〜、悪くない!
並歩で歩いている分には、襟足から背中にかけてのラインがまっすぐに伸びている。
しかも、脚がまっすぐ長く伸びている。
先生が「膝位置が動かず脚が安定して、長く見えるようになった」と言っていたのは嘘じゃない。
軽速歩では時折、足の位置が前後にぶれる事もあるけれど、ギッコンバッタンと動くのは卒業している。
速歩では、膝上から腰までの太ももの内側がピタリとして、鞍から離れていない。
過去の競技会の映像と比べて、最も劇的に変化しているのがここである。
1年半前は、馬の動きにあわせてぱかぱか離れたりくっついたりしていた所なのだ。
駆歩になると、残念ながら上半身が傾いて肩が歪んでしまう。
そして、拳も動いている。
パカランと馬と共に身体が沈み込むときに、慣性で腕が前に振り出されてしまうのだ。
以前の上半身全体で揺れていた時に比べると動く幅やタイミングのずれは小さいのだが、まだまだ目立つ。
同じ馬で同じ経路をまわった先生の動きと比べてみる。
さすが先生、騎座も拳も微動だにしない。
どこが違う? 身体の使い方の何が違う?
8倍速まで落として何度も再生してみる。
ううむ…
ひとつは上半身全体の揺れの大きさが決定的に違う。
あとは、私の腕が慣性で振り出されてしまうタイミングで、先生は軽く手首を折り込むように拳の握りを強くしているような感じ。
全体像で見ると、腰が前に出ていく時に、拳の間におへそを突き出しているような風情に見える。
んん〜ん、私は腕を脱力しているから慣性で振り出されてしまうらしい。
体幹部の揺れが一瞬遅れて伝わるから、拳の動きは馬の動きとタイミングがずれてしまう。
先生は動きにずれないよう、腕が振り出されないよう意識的に拳を緊張させているのか?
■思い当たる節がある。
速歩正反撞で、馬の動きを邪魔しないようにと完全に脱力してしまうと、上下動で人の腰が沈み込んだところで次の馬の背の跳ね上がりと衝突してしまうのだ。
だから、人は完全に脱力するのではなくて意識して次の跳ね上がりに備えて完全に沈み込まないよう緊張する瞬間を作らなくてはいけない。
それと同じ事かも。
腕の振り出しを物理の法則にゆだねるのではなしに、振り切る前に緊張させて留め置かなくてならない。
その時に拳に感じる力が、手綱がゴムのように伸びて引っぱられる感じなのかも。
■今後の課題としては、上半身の安定化ということか。
移行の度にぐらぐら、ふにゃふにゃしている。
さらに駆歩での歪みも気になる。
何があっても、肩と腰のつなぐ上半身のフレームが崩れないようになるとさらに美しいだろうに。


■同じ馬で同じ課目、同じアングルから撮った映像って、本当に役に立つ。
家でコマ送りにしたり、倍速にしたり、先生や全くの他人と比べたりと面白い発見がいっぱいある。
さらに、
1年半前の映像は馬もアングルも違うけれど、自分の進歩の度合いがよくわかる。
確実に進歩している。
かけた時間と手間に見合っている。
■今回のDVDでの最高の瞬間は、練習馬場で馬が跳ねたときの映像。
自分で言うのも変だが、
「馬が跳ねても美しく乗っているじゃありませんか」
すばらしいクリスマスプレゼントになった。
こういうDVDがさりげなく作られる今の倶楽部の風土には、尊敬の念を抱く。
さすが!





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