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第17章 騎座追求編 ブログトップ
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698/699鞍目 フラットに乗るのは卒業 [第17章 騎座追求編]

 2008-06-13(Fri)  通算698/699鞍目
■遠出に慣れてくると家を出る時間が遅くなる。
そうは言っても、高速料金の割引を受けるためには、
何としてでも9時までにETCのゲートをくぐらなくてならない。
「お願い、黄色信号で停まらないで」
「そこの前を行くプリウスよ、とろとろ走るな!」
「ぎゃ〜ETCゲート前で減速なんかしないで !!」「オラぁーそのままっ突っ走れ〜」
車の中で絶叫する。
無事、8時59分56秒に通過。 
「ふう〜、心臓に悪い…」
高速入り口で鬼のような形相で煽っていたのは私である。

■最近、騎乗日記が冗長でまとまらないことに困っている。
「あれもこれもそれも」とやることも思うことも盛りだくさん。
自分の中で体系だててまとめることができない。

■午前中は【てんてん】君。
障害鞍での練習はこれで2回目。
「踵をさげて膝の位置を安定させることを覚えて」と言われつつ乗るが、
脚を短く折り畳む障害鞍に身体が慣れるまでにレッスン時間の大半が過ぎてしまう。
駈歩なんて、いったん鐙に立ってしまうとそのままになる。
いったい普通のお尻をつけた騎乗ってどうやればいいんだっけ?
膝や股関節を伸ばす馬場鞍の姿勢に慣れていると、曲げた状態で体重をかける姿勢がつらい。
こんな状況で「前傾姿勢に」「右に傾いているよ」「肘が固い」と細かい注文がつくと途端に溺れてしまう。
■「最終的にはね、拳を動かさないようになるために今やっているんだよ」と先生が言うのは、理解できる。
脚が安定するから上半身が柔らかく使える。
肩や肘が緊張していないから、拳が固定できる。
拳が固定できればそれが支点となり、てこの原理で馬の大きな力に対抗できて馬を支えられる。
グッと我慢していられれば、馬が譲ってくれて人馬とともに楽になる。
ええーん、すべてを包括して体験する以外にないのは分かるんだけど…
奇跡的に全てが揃わない限り、バラバラぐちゃぐちゃで乗り心地も悪いまま。
■「しかたないなあ」と思ったかどうか、パーツに分けてショートエクセサイズを試みる橘先生。
馬を止めて鐙に立つ練習。
「目一杯つま先立ちをして」
「そこからストンと力抜いて、ほら、踵がさがった状態だよ」
「こうすると膝から下がピッタリと鞍についているだろう」
「膝がパカパカ開いたりしてないよね」
おお、鞍のニーパッドや鐙の位置がぴたりと決まって、膝から下がしっかり嵌る感覚。
「この姿勢だと前後左右のどんな動きにも対応できるんだよ」
ううむ、私って障害鞍では鐙につま先立ちで乗っていることが多いかも… 
鐙が短い方がつま先立ってしまうなんて、おもしろい。
■「じゃあ今度は、目一杯鐙につま先立ちして、鐙がはずれるまで」
つま先から鐙がはずれると、膝からふくらはぎにかけて鐙をはさみつけている。
「いつもじゃないけれど,障害では時としてこうやって乗る時もあると覚えておいて」
ふうーん、馬場鞍で膝でつかまるなと言われる時との違いって何だろう?
まあ、いいや… 取りあえず『先生に言われたことファイル』に入れておこう。
■次は、駈歩で「拳をゆらすな」
「馬の首に手を置いておかなくていいから、鞍の前でしっかり持っていて」
ええ〜ん、駈歩の手綱ってわかんないよ〜
「駈歩はいいから、速歩で鞍の前で拳を動かさないようにやってみて」
「何で手が浮くの?」
「拳をしっかりつけておくっ!!  何でできないの?」
そう言われましても… 上腕の後ろ側の筋肉が痛くなるほど頑張っているんですが…
「人が楽しようとするからなんだよ」
「馬が引っ張るのを許しちゃうと、後は力勝負の喧嘩で勝つしかないんだよ」
「拳を固定しておけば、てこの原理で大きな力を無理なく使えるでしょう」
「拳が支点になるんだよ、競馬の馬なんてものすごい力を支えるんだから」
つまり馬の力に対抗しようという気概がないとダメってことですか…
手綱につかまるなってあれだけ言われて続けてきたから、
腕のセンサーも応力系もテンション・ニアリーゼロ仕様になっていますがな。
■「これまで手綱につかまらないようにと身体が覚えてしまっているんです」と直訴すると、
「ああ」ようやく困惑の原因が伝わった様子。
「ビギナーの時は手綱を持ってしまうと馬が止まってしまうでしょ」
「その時代は、片手手綱とかで手綱に頼らずバランスが取れるように練習するんですよ」
「もちぇさんはもうフラットに乗る時期は卒業してるんです」
「次のステップに進まなきゃ」
「馬が譲ってくれるまでグッと力が必要だけれど、その後は力がいらなくなるから」
「この壁を乗り越えると馬とやりとりする楽しさがさらに増すから」
そうなんだなあ…
「でもこんなことやってたら、上半身筋肉ムキムキになりそうです」と困惑を更にぶつけると、
「そうなりますよ、ほら僕もそれなりについているでしょ」
うそ〜、みなさんスリムじゃないですか〜
まあいいや、言われたとおりできるようになるまで馬の乗り続けるしかないか。
■腕のセンサー応力系をテンション・イーブン仕様に切り換えるには、どうしたらいいんだろう。
まずは、上半身の筋肉をしっかり使う意識を持たないと。
背筋、大胸筋、上腕2頭筋などを鍛えるべし。
あとは拳を固定するためには、肩や肘の関節を楽に自由に使えるようにならないと。
「もちぇさん、肘を脇腹につけようとするから固まってしまうんです」
「もっと柔らかく関節を使えるように」
リラックスしろって、本当に難しいことばかりを要求されるんだから。

■午後は【くれよん】君。
私が混乱するのは、彼に乗っている時は手綱をグッと持てと言われず、【てんてん】君や【のらお】君に乗ると途端に手綱を譲り過ぎるなと注意される事なのだ。
【くれよん】君となら手綱のことはうるさくいわれないのに〜
「そう、【くれよん】はチョンチョンと左右の合図をしてあげれば譲るようにしてあるから」
「彼をグッと持ってしまうと途端に動かなくなるんだよ」
「昔そうされてツライ思いをしたらしい」
ふう〜ん、馬によっていろいろなんだ。
それで「扶助が強い,拳が強すぎるから馬が怒り出すんだよ」と他の人に言っているんだ。
■レッスンは先生が馬場の内外から声をかけてくれることが多いが、
騎乗した先生が駒を並べつつ教えて下さる時もある。
お互い騎乗したまま会話するなんて、
「すっごく、かっこいい場面だなぁ」と関係ないところでムフっと感激する。
■「見ていて気になるのは肘の固さかなあ」
「そんなに身体にぴったりつけなくていいんだから」
拳をもっとあげてとか、肩甲骨をつけてと言われていたことをひっくるめて,騎乗する身体感覚を探る。
なんだか馬の口に操り糸が付いていて、それを操っているような感じ。
私は操り人形師か…
■彼との駈歩ならいろいろ試せるかな。
弱い扶助で敏感に反応してくれる【くれよん】君の走りを堪能していると、
突然跳ねる。
同じ馬場に【のらお】君も出ていて派手に跳ねている。
「何が気に入らないんだろうねえ」
別に何と言うこともないのだが、3度目に繰り返し跳ねた時には
「今日は速歩までにしましょう」と駈歩中止になる。残念。
■速歩では軽速歩を止めて正反撞をとる。
「ライトレフトって腰が交互に動くのわかりますか」
これは得意です! 馬ズボン感覚。
「スピードが遅いとはいえ結構反撞が高い馬なんですが、馬の動きについていければ跳ね上げられないでしょ」
跳ね上げられるのを我慢するとか、ちょうどいいポジションを探すというのとは違う。
まん中に座って馬と一緒に動いてさえいれば、馬クッションがそのまま効いてもっちりやわらか。
馬の外にいてなんとかしようと努力するのではなくて、馬と一緒に動くのだ。
「手綱を引っ張らないで常歩にしましょう」
こんどはあえて馬と一緒に動かない。
前にぶつからずストンと馬が前にでるのを止める感覚。
■「常歩で後肢が動く感じわかりますよね」
「その動く感じに乗って、もっと人が大袈裟に動いてみて」
タクトを大きく振り上げると音楽が鳴り出すのと似て,速歩になる。
「軽速歩で」
「今度は常歩に、最後まで経軽速歩で」
人の軽速歩の動きをだんだん小さくして限界までくるとコトンと常歩になる。
手綱を引いて摩擦力で停めるのではなく、
リズムが変わって動きが変わらざるを得ない感じ。
こういうのは得意で,楽し〜い!
気持ちよくレッスンを終わらせてくれる先生の心配りが嬉しい。

■「駈歩での拳を動かすな」って、
以前は馬の動きと逆の動きで拳がまわっていた。
馬の首が伸びるときに引いていて、首が縮まるときは手綱が余るので馬の口にはものすごい苦痛。
長く船を漕ぐような乗り方しかできなくて、それは人の緊張が強くて馬の動きに遅れてしまっているからだった。
意図してやっているわけではなく、馬の動きに遅れた身体が必然的に動いていただけ。
それなのに、まるで「止めろと言っているのに止めないあなたがダメ」とインストラクターには怒られていた。
馬も長く駈歩を続けてくれないから、いつまでたっても駈歩の動きに慣れることができなかった。
そこを「速歩に落ちないようにもっと脚!」と言われ続けて、
さらに馬の上で暴れるという悪循環。
これで300鞍くらいは無駄にしたと思う。
■なんとか先の光が見えてきたのは、障害レッスンで2ポイントを教えられ、
拳を馬の首に置いて乗ることができるようになってから。
さらにバランスが悪い騎乗者を乗せて一定の速度で駆歩してくれる【山桜】がいてくれたから。
この時期は3歩進んで2歩さがるような歩みで、手綱につかまらず馬の動きについていく練習ができるようになった。
これも250鞍以上費やしたかなあ。

■馬の乗り方をあれこれ講釈してくれて、
あなたの欠点はこれですよと指摘して下さったレッスンは、
当時「ものすごくありがたいレッスン」のように思えたけれど、
今の私に何も残してくれていない。
反面、レッスンの意図はあまり語らないけれど
「こんな風にやってみて」と言われて自分の身体感覚と馬の動きが一致した時の
a-ha !! 感覚を伴ったレッスンは自分の血肉となっている。











696/697鞍目 肩甲骨をつける [第17章 騎座追求編]

 2008-06-06(Fri) 通算696/697鞍目
■中1日を空けて週2回の騎乗に挑戦してみる。
前回の余韻が残るうちに乗るメリットと疲労蓄積の兼ね合いをいろいろ試してみたいのだ。
■梅雨の晴れ間という予報に反して雲が流れて行く。
高速を走っていると、急に大粒の雨が降り出してワイパーが忙しく動き出す。
と思うと、白く乾いた路面が伸びて太陽が照りだす。
熱帯雨林のような湿度の高い暑さである。
こんな日の騎乗は、泥水と汗でびっしょりになるのだ。

■午前中のお相手は「【てんてん】にしましょ」と言われる。
「今日は僕の障害鞍を使って下さい」
「鐙を短くして前傾姿勢の練習ね」
「2ポイントの乗り方をやったことがありますか?」
実は、私は立ち乗り大好きなのだ。ラリホー
■しかし、実際に鐙を短くしてのっぺらとした障害鞍に乗ると、馬の背からすべり落ちそうな感じ。
軽速歩では、鐙に立つと鞍上に立上がったような気分になる。
橘先生がいったん馬を止めて鐙を短くした状態での正しい騎乗姿勢の解説をしてくれる。
「いいかい、この姿勢でも踵を下げて膝から下は動かない」
「膝の開閉だけで軽速歩だよ」
前に障害のレッスンに出たのはいつだったか?
馬の上で跳び箱の練習をしているような状態が続く。
「前傾姿勢をとりましょう」
「もっと前!」「手は馬の首に置いてしまっていいから」
「う〜ん、もちぇさんのは背中が丸くなってしまってるなあ」
「もっと背中を伸ばして、肘引いて」
「こんな感じに」と先生が姿勢をとってお手本を見せてくれる。
んん、スキージャンプ競技ラージヒルの飛行姿勢みたいだ。
背筋で全てを支えているような感じ。
「鐙に立って2ポイントでやってみて」
後は馬に乗りながら自分の中であれこれと試してみる。
自分の重心が安定してなおかつ背筋を使う姿勢。ううむ…
「もちぇさん、肩甲骨どうしをくっつけるようにして」
言われたとおり、肩甲骨をつけるようにして肩を広げる。
「そう!」
すぼまっていた肩が開くと肘が自然と後ろに引ける。
馬のリズムに合わせて無意識のうちに膝がショックアブソーバーのように動くようになると、ようやく安定して乗れるようになる。
「馬が外に出ていきやすいから、外側の脚で内側に入れるようにしてみて」
「脚の左右の使い分けもできるようにならなくちゃね」と次から次に難題が押し寄せる。
■通り雨で一時非難したのち、レッスン再開。
今度は駈歩で2ポイントをやる。
と、
「そこで手綱を許しちゃうから馬がどうしていいか分からなくなるんだぞ」と注意が飛ぶ。
「もっとグッと持っていなさい!」と私の弱点を見つけた先生は,
急遽レッスン課題を変更する。
■手綱をぶらぶらにしているわけではない。
馬がぐいぐい強く引っ張っているわけでもない。
普通に駈歩に乗っているつもりなのだが、
ふんわり持って馬からの抵抗があればすぐ譲ってしまう私の手綱の持ち方では、馬が伸びてしまうらしい。
「いいかい、もっとしっかり手綱をもっていなさい」
「ぐっと我慢していれば、馬の方から譲ってくれるから」
先生が馬の前に立って、ハミにつながる手綱をつまんで実演してくれる。
「馬がこうやって引っ張ってきても、我慢してれば馬が引っ張るのを止めてふっと緩むから」
「こんな感じで手が楽になったら、人も馬が譲ってくれた分を譲ってあげるんだよ」
先週と同じ、手綱の手応えの勉強になる。
「速歩の輪乗りでいいから自分でやってみて」
「ちょっと極端に短く手綱を持ちましょう、その方がわかるから」
「(手綱のマーク)1番目を持って、この馬の首に手を置いていいから」
「どんどん前に出して!」
「ぐっと持っていて !!」
「指の奥まではさみ込んで、人差し指の第2関節に乗せた手綱を親指でしっかり押さえて持つんだよ !」
「ほらっ、そこで馬が首を下げたのわかったろ」
ふっと握りを緩めると、
「もちぇさんは緩め過ぎ、それじゃ最初からやり直しになっちゃう」
「そんな全部ゆずっちゃったらダメなんだって」
「薬指と小指の握りを軽くする程度で馬には通じるんだから」
「手綱を手放して調整するんじゃなくて、握っている中でもっと短く握り直したり微調整するんだよ」
ひょえ〜、手綱を握る中でのわずかな違いで馬と会話するってことなんだ。
手綱のテンションを決してゼロにしてはいけないのだ。
なんたること、手綱のテンションを限りなく弱くすることが馬を楽にすると信じて実行してきたことが、どうも違うらしい。
先生の持つ手綱の感触はかなり強かった。
維持すべきテンションは思った以上に強くて、上半身筋肉が総動員になる。
「この手綱の感じがハミ受けの最初の大事なところになるから」
「今、馬がドンドン前に出てきてすごくいい状態になっているのがわかる?」
ん〜?
何もかもから解放されて伸びやかに走っている気持ち良さとは違う。
飛び出していきそうな力を均衡ギリギリに抑え込んでいる緊迫感。
こんな緊張を私が支えきれるのか? 
力不足および覇気不足を強烈に自覚する。
これまでは原付バイクで充分楽しんでいたのに、今度は中型エンジンのバイクに乗るように言われたような感じだ。
【てんてん】君は素直に動いてくれるので、手綱をしっかり持っていると首がさがるのはよく分かる。
首がさがると乗り心地がかわって、柔らかく上下に大きく動くようになる。
「駈歩はもうすこし安定して乗れるようになってからやりましょう」
「それまでは速歩で」と先生から今後の展望を伝えられる。
■ふう〜、楽しいけれど汗びっしょりのレッスンだ。
「馬の上で静かに何もするな」と「必要とあればグッと制限して」のコントラストを強く求められている。

■午後は【くれよん】君がお相手をつとめてくれる。
今度は自分の馬場鞍にのる。
うん、やはりすぽんとはまって安定感がある。
軽速歩をしていても「今日は膝の位置が全然動かないですね、いいですね」と声をかけてもらう。
午前中の肩甲骨をくっつけて背筋を使うエクセサイズが活きているのかも。
■「手綱は長めで片手手綱で」と指示がでて軽速歩を続ける。
「そのまま片手で手前を換えて」
うひょひょ、ほんのわずかな脚の左右差や手綱の動きで馬が自由自在に動く。
強く合図する必要がない。
■両手に手綱をもっても、リズムよく気持ちよく動いてくれる。
〈やるべきことに十分に応えてもらった〉という感覚が充ちてくる。
「先生常歩にしてもいいですか?」
「いいよ、馬が十分に動いてこれでいいなと思ったら」
「よし、【くれよん】君ぐっじょぶだよ」とリリースの常歩にする。
先生の指示で馬を動かすのではなく、
自分の感覚で馬とやりとりでき、それがうまくいくと幸福感に充たされる。
■駈歩では、
「きちんと準備をしてトンと出すように」
「馬の準備が整わないのに中途半端に合図を出さないように」と注意される。
【くれよん】君は、不条理に強く合図されたり自分がどうすればいいのか分からなくなると、
途端に膠着してしまって前に進まなくなる。
そんな時、ガツンと強い合図を出すのではなく、
そよそよさらさらと自然に流れていくように前にでる扶助を出すとすんなりいく。
馬の納得の仕方、準備の整い方がそよ〜さら〜と軽いタッチで形作られるのがよく分かる。
■駈歩は手綱を外側にまとめて持ち、内側の腕はだらりとさげる。
「内側の座骨に乗って」と声がかかる。
さらに「内側の腕を背中に」「肩甲骨の間に手の甲をあてて」と上半身の姿勢を安定させるエクセサイズ。
前回の【ローズ】ちゃんのレッスンの時にも思ったが、
手の甲が肩甲骨に触れるくらい腕を折り曲げて背中を支えると、いやでも肩が開く。
ものすごく安定して駈歩に乗れる姿勢なのだ。
「最初の時とは全然違って、駈歩の姿勢がよくなったよ」
「わかってきた?」「何かつかめた?」と聞かれるが、
「楽に乗れるようになったとした答えようがないんです」と応じるのが精一杯。
■調馬索のレッスンを通して、馬と一緒に前に出る感覚をつかみ、
脚を長く下に伸ばして馬ズボンを履くイメージに辿り着いて、下半身が安定してきた。
さらに、肩がすぼまらないよう大胸筋をしっかり張って、左右の肩甲骨をくっつけるようにすると、
肘が引けて上半身が上手く収まるようになってきた。
こんな感じでいいんだろうか…
■「ダメな所をうるさく指摘するのは誰でもできるんだよ」
「でも、どうすれば良くなるのかを具体的に示して上げられる人は少ないんじゃないかなあ」
「正しい乗り方を身近でいつも見ているのも大事だしね」
「どうやったら乗れるようになるのかは、これまで教えてきた人たちがどうしたらどう変わったのかを見ていて「そうか」ってわかってきたことなんですよ、教えた人たちから教えられているんです」
ううむ、橘先生を師と仰ぐに迷いはない。

■この【ちひろ】乗馬倶楽部に来てふた月が過ぎた。
【てんてん】君や【くれよん】君とも、ずいぶん仲良くなってきた。
彼らは「遊んでくれよ〜」と人に鼻づらを押し付けてきたり、汗の塩分をなめるつもりか腕を甘がみしてくる。
馬同士でハミハミしてグルーミングする感覚なんだろうなあ。
自分も馬になって楽しむ。
ただし社会的順位が低くならないよう、必ず人がリードをとるようにしなければならないが。
■立て続けの騎乗は、充実感があるが疲れる。
家路につくまでは緊張感もあってさほどではないが、いったんほっとすると鉛のように身体が重い。
やはり週1回がベストかな…




694/695鞍目 馬ズボンは柔らかい [第17章 騎座追求編]

 2008-06-04(Wed)  通算694/695鞍目
■例年より早く梅雨入りし、気持ちはすでに酷暑の夏をどう乗り切るかに飛んでいる。
【ちひろ】乗馬倶楽部では暑くなる時間帯は休馬。
そのかわりラジオ体操より早い時間帯でもレッスンを受け付けてくれるそうな。
こうなったら、深夜割引の時間帯(o時~4時)に家を出て通勤割引の時間(6時~9時)には帰途につくか…

■梅雨空の切れ間を狙って水曜日にでかける。
倶楽部の入り口をくぐると、パドックにいる【くれよん】君がこっちを見ているのに気がついた。
馬からの「あっあの人だ」という親しみをこめた視線に嬉しくなる。
「おはよ〜【くれよん】君」と声をかける。
もう少し仲良くなれば、「ぶぶぶっ」と挨拶をしてもらえるかな。
■厩舎仕事をしている橘先生に声をかけると、
「今日は誰もいないんだよ」
「晴れた日曜日にお客さんが集中しちゃって」
ええっ? 今日は贅沢な貸し切りですか? 
■午前中は【くれよん】君と。

■「どんどん変わってきている」「一番の違いは膝の位置の安定」
こんなに調馬索での練習が続く理由
「調馬索はある程度乗れるようになってから、自分の身体が自由に動かせるようになってからの方が効果がある」
「あるとき突然変わる」
教えることを知っている先生だなあ、

「ゆっくりのいいペースの駈歩ができるようになったから、調馬索なしで安心してみていられる」
あれっ,そう言えば紐はついていなかった
駈歩の輪乗りをしながらだったんだ

正反撞を受けて速歩に乗る練習
右左分かりますか? もちろん その先にあるのは、馬ズボン
馬ズボンは、ネルとかフリース素材のように柔らかくてモチッとした弾力がある。


■午後は【ひなげし】ちゃんと。
丸馬場で調馬索
外側に手綱をまとめて
内側は肩からだらりと下げて、馬の腰側のゼッケンを走るリズムに合わせてぽん、ぽんと触ってみる、内側の座骨に乗る練習になる
私の姿勢の癖
後ろに倒れかかるorおへそから飛び出して腰が入って骨盤が前に倒れている
内側の腕で腰を抑える どうして騎乗姿勢が良くなるのか どこがどう直っているのかよくわからないが
でも、後ろの支えがあるという安心感

■最後に角馬場に出てひとりで駈歩してみる。
え〜ん、すんなりと駈歩がでない。
「鞭で強気の合図をしていいから」と厩舎仕事合間に一声アドバイス。
やはり、先生のご威光で馬はうごいていたのか… がっくり

■新ルート開発、一般道を走る 1時間40分、やっぱりくたびれる、
途中で高速とつながるルートを教えてもらう。
渋滞時や ETC 割引の適応にならない時間帯への対応に使えそう。



692/693鞍目 こんなに強く? [第17章 騎座追求編]

 2008-05-28(Wed) 通算692/693鞍目
■なんと、まだ5月なのに九州四国地方が梅雨入りをしたとの発表。
雨の季節は、ただでさえ少ない騎乗機会をさらに奪う。
「乗れる時に乗っておかなきゃね」が合い言葉になる。
■昨今のガソリン高騰で頭を抱えていたのに、さらに「原油元売り各社が卸値を値上げ」「来月から170円/l」という追い打ち。
こうなれば実地検証をせねば。
倶楽部に出かける前に近所のGSでガソリン満タンにして、帰宅直後に再び満タン給油をすることで、使ったガソリンを割り出す。
伝票には約8リットル。
あれれ? 
予想をはるかに越える燃費21.5km/l (ハイブリッドカーではなく12年もののガソリン車です)
やはり、高速道路で一定の速度とエンジン回転数を維持している影響なのか。
一般道を赤信号で止まりながら行くよりも効率的と言えそう。
どのルートが一番いいのか、今後もいろいろ調べてみようっと。

■倶楽部に行くと「今日はどの馬にしようかなあ、う〜ん」と橘先生がしばし考え込んでいる。
馬がいないわけではない。
ただ、今の状況にあわせてどんなレッスンにするかを考えると、その日に騎乗する人馬との兼ね合いが難しい時があるらしい。
初心者や調馬索での重点的なレッスンが必要な人には、先生が付きっきりになる。
その間、各個乗りをする人馬の組み合わせを考えて、安全で満足のいく騎乗にするにはどうするかを考えなければならない。
「もちぇさんには、あと一息しっかりと深く座ることを覚えて欲しいし、
拳を動かさないでいることを身体で覚えてほしいんだよね」
「今はこうやって調馬索でやっていますけれど、あとはみんなと同じように乗るからね」
ううむ、私も少し不思議に感じていたのだ。
なんだか、来るたびに調馬索でのマンツーマンレッスン付き。
何十万円もかかるクリニックのようではないか。
これで、騎乗姿のビデオに先生のコメントが入ったものがお土産に出れば、
完璧な『橘先生の騎座改善クリニック』になってしまう。
他の会員にしわ寄せがいってるのでは?なんて心配もしてしまう。
■とにかく今は、自分の身体感覚の中に正しい騎乗姿勢の記憶を取り込んでおかなければ。
中途半端に「なんとなくこんな感じかな」で終わらせてしまうと、再現性がなくなる。
学ぶチャンスを最大限いかしていかないと。

■午前中は【くれよん】君に乗せてもらった。
「Free Jump 装着方法や使い方に慣れてね」
「そして常歩のうちから手綱の感じを覚えてね」
ええと、Free Jump のゴム製の綱は手綱の内側に来るように、指で握る部品は人差し指と中指の間に…
普通の姿勢でまっすぐ持っているだけでも、ゴムの張力でかなりの力がかかる。
本来の手綱を長めにして自由常歩をさせていると、手綱のかそけき張り具合が分からない。
左右に方向を変えたい時はどうすればいいんだろう。
手綱を短く持つにはまだ馬が動いてないし、【くれよん】君は手綱にうるさいしなあ。
「知ってますか? 手綱なしでこれだけでも馬は動くんですよ」
胸前に通した帯を通して、停止や左右の方向指示ができるらしい。
「首に輪を通しただけの裸馬に乗っているのを見たことありませんか?」
はいはい、あのガンダルフの吹替え役の人がそうやって乗っていたのを知ってます!
でも、こうやって乗っていると「手綱なんて面倒なものはいらん」という気になってくるのだが、大丈夫だろうか。
このレッスンのテーマは〈手綱を持つ〉でしたよね…
■腕を伸ばしっぱなしにしない,肘を引いて拳を揃えるなどを自分なりに気をつける。
と、「ほらそこ、脚でこちょこちょいつまでも合図をしてちゃダメだ」
「最初にトンっと合図して動き出したら、あとは静かに乗る」
「いつも脚を使ってたら,鈍感になってしまうんだよ」
え〜ん、いきなり脚に注意が来た。
理屈では分かっているつもりでも、身体が一生懸命推進モードになっているのだ。
「一歩毎に推進して」と言われ続けていたからなあ。
こうなれば、馬に対する認識を180°改めなければ。
「馬は合図を出したらドンドン進んで行くものである」
推進が弱いとか推進が効いていないというのは、本当は推進の問題ではなくて馬の邪魔をする力が大きいということなのだ。
「もっと脚」ではなくて「邪魔せず馬と一緒に動け」なんだ。
コペルニクス的転向を迫られる。
でも、こうやって「静かにしていて」と胸をはって指導できるのは、動く馬に安全に乗せる自信があるからだろうなあ。
疲れたり身体の調子が悪くてすいすい動けない馬は、レッスンには出なくていい。
常に目配りがされていて、騎乗者の実力以上に馬が速くなったらすぐさま次の指示が飛んでくる。
それがこの倶楽部の美点なのだ。
■Free Jump を持ったまま軽速歩。
直線はいいのだが、輪乗りになると「馬の首もっと内側向けて」と声が飛ぶ。
このゴムがついていると「うんとこしょ」と余計に力がかかる。
こんなに引っ張って内側向かせていいんだろうか?
これまで「くいっ」「ぐっ」「ふわ〜」という感触でしか手綱をもったことがない。
「ぐうう」と持ってしまっていいんだろうか? 
馬が止まるんじゃないか? 嫌がってドンドン速くなるんじゃないのか? 
すると「ちょっとここに来て!」の先生の呼び出し。
馬を止めると、先生は馬の前に立ちハミ環につながる左右の手綱をつまんだ。
「ちゃんと手綱を持っていて」
「いいかい、このくらいの力で引っ張っていいの」
馬の口の代わりに橘先生が手綱に力をかける。
ええーっ? こんなに強く引っ張っていいんですか??
普通にしていたら、引かれて前に倒れてしまう。
「いつもこのくらいで手綱を持っていてあげるんだよ」
「馬が『もっと前に』『もっと速く』と走るのを、『そんなに前に行くな』『我慢してくれ』と人がぐっと抑えているんだ」
「前をふわっと持ってるだけなら、馬はどんどん伸びてしまう」
ええ? そうなの? これだけの力を使って抑えつつ走らせるの?
どうしよう、できるんだろうか?
「走らないで」と抑えつつ騎乗していた過去が蘇る。
でも、それは恐怖に充ちていたのだ。
「女性の中途半端な力で手綱を持っていると馬はどんどん速く走りますよ」と脅かされたこともある。
駈歩恐怖症の時代の緊張し切って固まった首や肩、腕の感触がありありと浮かび上がる。
手綱を放してでも駈歩に乗れるようになって、ようやく乗り越えたと思っていたのに、再び手綱を持つのか?
うまくいくんだろうか?
「【くれよん】は内側向かせるようにすればすとん首がさがりますから」
「そしたら手綱を譲ってあげて」
顎を譲って背中の緊張を解いた姿勢でどんどん踏み込んだ運動をさせなければいけない。
でも、私のふわあとした頼りない手綱ではだめらしい。
■「じゃあ,駈歩もやってみて」
「速いぞ、もっと肘引いて手綱を持って」
「まだ速いぞ」
ええ、これで速いの? もっとぎゅんぎゅんに走った方が気持ちいいと思うんだけれど。
私の好きなストライドの大きい駈歩ではなくて、もっとコンパクトにパコーンパコーンと弾むような駈歩をするよう求められているらしい。
手綱に力がかかるように持つことで、馬も支えられるし私の拳も動かなくなる。
しっかり座って,拳が安定して,馬を上半身で支えられるとまとまった駈歩ができるようになるらしい。
つまり、回転木馬のお馬ちゃんってことか。
なんだかなあ、乗り心地はいいのだが…
「そう、その調子で馬場を回って」と言われるけれど、これが駈歩のあるべき姿だとすれば、
パカランパカランと広い馬場を走り回った駈歩は、あれは一体なんだったのか。
釈然としない思いが残る。

■午後はまた「うーん」と考え込んで【ローズ】ちゃんを指名する先生。
「【のらお】でもいいんだけれど、ちょっと動きが大きくて大変かなと思ったんだよ」
確かに今日はなんとなく脚のはまりが悪い。
鐙の脱ぎ履き練習をしているうちに、脚がつってしまう。
そんなことまで見て取ってしまう橘先生の観察眼に恐れ入る。

690/691鞍目 人が楽してたらダメ [第17章 騎座追求編]

 2008-05-23(Fri) 通算690/691鞍目
■この一週間は長かった。
「まだ金曜日にならないのか」と待ち遠しく思う反面、
日常の些事にまぎれて「あれぇ、乗馬していたのは誰?いつの話?」と他人事にも感じられる。
現在の懸案事項は、運動量の激減による体重増加およびサイズの変化。
キュロット長靴がキツい! 履けなくなる日が目前に迫っている。
これまで週4日は乗っていたからなあ…
困った。
なにか身近でできる別の有酸素運動を追加しないと。
■倶楽部に着くと、誰もが「今日はいつになく暑いですねえ」と挨拶を始める。
水戸の最高気温28℃、半袖のポロシャツで丁度いい陽気になった。
馬場に差し掛かるケヤキの若葉が、緑陰を落としている。
橘先生は、馬場馬に乗ってフライングチェンジ中。
「うわ〜迫力あるなぁ」
木陰から馬が浮き上がる様を眺めるのは、これまた風情のあるもの。
■運動の一区切りがついたところで、馬上から先生の宣下がある。
「今日は【くれよん】と午後からは【のらお】にしましょう」
ひゃあ〜【のらお】くんだって!! びっくり。
「大丈夫、朝のうちに乗ってあるから」
いえいえ、猛獣ぶりを心配しているのではなくて、
あの【のらお】くんに乗る名誉におののいているのだ。
(ここだけの話ですが、彼は4%先生の息子さんです)
■まず、午前中は【くれよん】君。
パドックから連れてくる途中に道草を食われる。
絶対ダメと怒るのも忍びないし、かといってダラダラ許すと人馬関係にひびくので
「一口食べたら終了!」
あとは「もう食べたでしょ」とドライに対応することにした。
■【くれよん】君とはかなりいい感じになってきた。
焦って速くなったり,だらだら止まらないということもなくスムースに動いてくれる。
「鐙が長くないですか?」と聞かれるが、とくに困ることはない。
ただし、鐙の脱ぎ履きが右側だけスムースにいかないのは相変わらず。
途中常歩しながらカポカポ練習するのだが、踵で履いてしまったり馬体と平行した鐙の側面を踏んでいたり、
どうしても正面からすぽっと鐙を踏むことができずにいる。
足元で何が起っているんだろう? 何が問題なのだろう? 
今後の研究を要する。
■駈歩をする段になって「ちょっと待ってて」と奥に引っ込む先生。
見慣れぬ形の馬具を手にして再び現れると、
「これ知っている?」
「これを指の間にはさんで持って駈歩しましょう」
Free jump という商品名で、障害飛越で手綱を引っ張らない感触を覚えるための補助馬具らしい。
馬の胸前に通した帯に2本の手綱様のゴムがついて、その先に指の間に挟むための部品がついている。
手綱を普段の長さで持ち、補助馬具の部品を人差し指と中指の間に引っ掛けるようにはさむ。
「今日は、拳が前後しないようにこいうものを使ってみましょう」
「手綱の感触をこれで覚えてね」と言われながら、駈歩開始。
他の馬も走り回る馬場を避けて途中から丸馬場に移り、左右の手前で駈歩輪乗りを続ける。
「拳を動かさないでね」と言われて乗ると、
馬の首が伸び縮みするたび、ゴムの弾力でビヨーンビヨーンと手に力がかかる。
「あのこんなに力がかかってもいいんですか?」
「そう、最初はそうでいい」
駈歩をある程度続けると、先生は特に何の解説もせずに「何か分かった?」自己探求での答えを求めてくる。
ん〜、なんと言うべきか?
取りあえず感じたままに…
ビヨーンビヨーンという力に対抗して真直ぐ乗るためには、
肩から前胸部にかけてに力がかかる。
前に引かれてすぼまりそうな胸を必死に広げておくといった感じ。
これは、大胸筋の役割か。
私の鎖骨の下には肋骨が並ぶだけで、筋肉なんてものがない。
使ってないからかも。
そして、前胸部の張りを支えるために背筋も動員されるし、肩から上腕の筋肉も使われている。
ううむ、先週自分の駈歩姿のビデオを見た時にも、先生と違って腕が伸びて上半身の筋肉が弛緩していたのが気になった。
「何かわかった?」と再び聞かれて、
拳を動かさないのは、拳の問題ではないことに思い当たった。
馬なりに腕が伸びてしまわないためには、体幹部がしっかりしてなきゃ。
前胸部に扇型に走る筋肉、そこに意識を持ってこないと。
何が正しいか間違っているかは、馬が答えを出してくれるだろう。
■【くれよん】君とのセッションはこれで終わり。
彼は手綱をたぐると慌てだす。
だから「もう終わりだからのんびりしていいんだよ」と伝える時は、
手綱は伸ばしたまま脚とバランスで方向を指示する。
これまでクーリングに入ってからカリカリと急ぎ足をしていた彼が,今日はのんびり落ち着いている。
何度か乗せてもらい、お互い分かりあえるところがあると嬉しくなる。

■午後は【のらお】君。
馬装を始めると頭勒に物々しい補助具がついている。
「午前中もそうでしたけれど、ここでは次から次に秘密兵器(馬具)がでてくるんですねぇ」
「前にクラブではこういうのは使わなかったの?」と先生。
ネックストレッチと競技会前に折り返し手綱を使った経験しかないと答えると
「馬の頭が上がらないようにすることで結果的に馬が楽になるからね」
「乗る人にあわせていろいろな道具を使ってみるんですよ」と微笑む。
そうかもしれない、乗りにくいのを我慢して45分を続けるのは人にも馬にも良くないことなのかも。
■【のらお】君は背が高くて大きい。
跨がって歩き始めると、うわっ、凄い弾力。
「乗り心地いいです〜」と報告すると、
「その馬の速歩は反撞が高くてちょっと大変だけど駈歩は更に乗り心地がいいんだよ」と先生が教えてくれる。
ああ,この感じは【ヴィーヴロワ】に似ているかも…
軽速歩では跳ね上げられる力が強くて、鐙から足が浮きそうになる。
バランスが崩れると同じところには戻って来れない。
馬の動きに遅れないよう細心の注意を払う。
一歩が大きくて力強い。
「慣れてきたかな?」「問題ないね」と橘先生が声をかけてくる。
4騎が馬場に出ているが、普通に走っているだけなのに他の馬のスピードより速い。
エンジンの排気量が大きい馬なんだなあ。
「じゃあ馬場の中央で手前を換えて八の字乗りね」
「前の馬に続いてね」と珍しく部班運動になる。
【のらお】君は3番目、ちゃんと馬間を保って走ってくれる。
「輪乗りでは馬に内側を向かせて〜」と声がかかる。
左手前では内側をすうと向いてくれない。
「手綱は肘から引いて」「内側向いたら譲ってあげて」とこれまで注意されたことが頭の中にあふれ出てくる。
素直な【のらお】君なので、苦労することなく快調に走る。
■軽速歩で気持ちよく乗っているうちに気がついた。
姿勢が安定し拳がひとつところに落ち着いていると、
馬がグングン前に出ている分、腕が重い。
まるで料理が乗ったお盆を運んでいるようだ。
馬が前にもたれかかって重いのとは違って、細やかな反応が感じられる生きた手応えなのだが、力がいる。
ここで前がズルズル緩んでいったら、
「このハミに頼っていいんだよね」という馬の信頼に応えられなくなりそう。
頑張っていたかいあって、速歩で乗っても反撞が柔らかくてなんとか大丈夫だった。
橘先生に言うと「人が楽してたらダメなんだよ」とひと言。
その通りである。
■駈歩になるとトンと出て、スポン、スポンと進む。
おお、噂に違わず素晴らしい乗り心地。
しかしながら、
ほどなく「拳動かさない!」と声が飛んできて、先生が乗り替わる。
「この馬は前を許しちゃうとすぐ伸びてしまう馬なんだ」
「前に出ている分、手綱が緩むとだら〜と伸びて馬が自分勝手になる」
詰めた駈歩をさせて、伸びてしまった馬を先生が丸めなおす作業を下から眺める。
うわあ、胸から上腕,前腕の筋肉がきりきりと総動員ではないか。
もちろん拳は動かない。
「言われてみると、確かに筋肉使っているな」と先生が笑う。
■「他の馬を気にすることがあるから、丸馬場で駈歩しましょう」と場所を変える。
駈歩は本当にスイッチポンで出る。
「どの馬でも基本的にはスイッチの場所があって、トンと駈歩出るんです」
【のらお】君に乗っていると、移行がすっ、トン,ポンと気持ちよく決まるのが不思議。
お育ちがいいのだろうなあ。
駈歩ではまず脚位置を直される。
「内方の脚はもっと前」
「膝がカポカポ空いて、膝から下が不用意に馬にあったってますよ」
〈身体の先端の不要な動きは、身体の中央部分の問題からくる〉という定理に基づいて、あれこれ自己分析する。
何が問題? どんな身体感覚を求めればいいのか?
内股が鞍に張り付いていないということは、馬と重心をあわせて脚を長く伸ばせていないということだ。
はたと気がつく。
動きの大きい【のらお】君の駈歩についていけず,遅れているんだ。
ということで、魔法の呪文「馬と一緒に前に」を唱える。
ビンゴ! 
ぴたりとはまる。
下半身が安定してきたところで、外側で手綱をまとめて持ち、空いた内方の手は走るリズムに合わせてゼッケンを触る。
内側の座骨に乗るエクセサイズ。
そして、「拳を動かさない」へ。
拳が動かないのは結果であって、その根本は人の上半身で馬を支えていること。
胸がすぼまらないよう肩から腕にかけてエキスパンダーを使うように緊張させる。
「そう、それでいいよ」と先生のOKがでる。
■「駈歩を継続させることはできるんだから、次は馬を伸ばさないようにしていかなきゃ」
ぅおおぉぉ、新世界の扉が開く。
これまで駆歩している馬にのっているのが精一杯だった私なのに…
「モチとオシ」でその片鱗は感じていたが、手綱にぶら下がらないでいることが第一の課題だったのに…
【のらお】君はパワーがある分、手綱を持つという感覚を強く感じさせてくれる。
馬のパワーに見合った力を求められるだなあ。
すごくおもしろい!

688/689鞍目 脚長になる [第17章 騎座追求編]

 2008-05-16(Fri)  通算688/689鞍目
■閉鎖した元乗馬クラブは、大手のクラブに買い取られて来月オープンの予定だそうだ。
今の倶楽部に、遠距離を通っている身としては、最近のガソリン高騰もあって、
近所のクラブに捨て難い魅力を感じる。
しかも、懐かしい馬や先生がそのまま移籍すると聞いて心穏やかではいられない。
その反面、利益を出すためには馬の稼働率を上げたり多騎部班のレッスンをせざるを得ないだろうなあとクラブ経営を慮ると、
いとしい馬たちに拍車傷や鞍傷ができるのを目にしたくないと怖れる気持ちも出てくる。
■【ちひろ】乗馬倶楽部では、馬たちを「かわいそうだなあ」と感じる場面がないのだ。
せいぜい「下手な私が乗ってごめんね」という程度で、度を超す前に先生が「今日はここまでにしましょう」とストップをかけてしまうのだから。
多くても一日ふた鞍の仕事。
馬房はふかふかの敷料で緑多い戸外をのんびり眺めていられる。
馬を部屋に帰すたびに「うわあ、気持ち良さそうなお部屋ですねえ」とつぶやいてしまう。
パドックでのんびりしている合間に仕事をこなす馬もいる。
スタッフの仕事ぶりの清々しさも類をみない。
近所にこの倶楽部があれば、どんなにいいだろう。

■倶楽部で午前中にお相手してくれるのは、【ローゼ】ちゃん。
「今日も調馬索でやりましょう」
「どうですか、 前回何かつかめましたか?」との先生の問いかけからスタートする。
膝を下げてできるだけ脚が長く使えるようにするためには、
「〈馬はズボンである〉定理を活用するべし」と体験から学んだ。
つまり、座骨をつけるとか膝を上げないなどのパーツの問題ではなく、
足先から踵、膝、股関節、骨盤、脊柱と身体すべてのアライメント(並び方)が問題なのだ。
そして私にとって〈馬に跨がる〉とは、「きついジーンズをはく時のような身体の使い方をすればちょうどいいのだ」ということに気がついた。
そうすれば、〈足の裏からジェットが吹き出す感じ〉で鐙に載せた足が静かになるし、
〈内股に粘着テープが張り付いているような〉鞍つきになる。
■「もちぇさんの場合は腰がそり過ぎになるんだよね」
「無理に姿勢をまっすぐにしようとしなくていいから」
そう言われて、腰の裏に入れていた力を抜く。
裏からの支えが消えて、すとんとお腹が緩んて上からの重みでつぶれたかんじ。
「そう、それでいいよ」
りきまないで真直ぐな姿勢は、簡単なようで難しい。
■いろいろなエクセサイズが続く。
鐙上げで軽速歩というのは、膝が上がってこないための訓練になるそうだ。
正反撞での速歩では「ライト、レフト、ライト、レフトと骨盤が右左に動くのがわかりますか?」と聞かれる。
馬の動きが感じられるのは、座れている証拠らしい。
駈歩では片手手綱にして、内側の手で馬の腰側のゼッケンを動きに合わせてポンと叩くよう指示される。
「内側の座骨に乗れるようにね」と意図を説明してもらう。
「最初の頃に較べて脚がずいぶん良くなりましたよ」とほめる傍から、
「はい、鐙脱いで!」
もうここまでくれば、鐙も手綱もなくても不安はない。
馬が尻跳ねをしても落ちる気はしない。
■しかしながら、鐙を頻繁に脱いだり履いたりする指示が出ると,とたんに「あわわ…」となる私。
鐙を履こうと足元を探ると馬が速くなるのだ。
「足首を動かすだけでこちょこちょ探っているから履けないんだよ」
「脚で抱え込むような使い方をするから,馬がどんどん速くなっちゃうんだ」
「下見ない!」
「膝から下を前後に大きく動かして,鐙をポンて蹴ってごらん」
ボール蹴るようにして戻ってきたところをスポっと履く。
左はできるんだが,右ができない…
どうも、問題は右脚らしい。
ダランと垂らした脚と鐙革の長さを見比べていた橘先生は、
「よし、一穴鐙革を伸ばしましょう」と提案。
先週に引き続いて鐙革が長くなって、とうとう11番目。
脱げた鐙をはき直すのが非常に楽になった。
つま先をかなり上げて「あれっ?どこ?」と探さずとも、ちょっとつま先を上げれば鐙が見つかる。
膝が上がってくればてきめんに鐙が脱げるから、深く座れているかの指標にもなる。
■最後のクーリングで馬場を軽速歩,常歩をしていると先生が
「ずいぶん脚が長くなりましたよ」とほめてくださる。
「メスを使わずに『脚長整形』が可能な先生と宣伝したらどうでしょう」と冗談も飛ぶ。
それにしても、馬装を解いて鞍だけで見ると鐙革の長さに驚く。
一体誰の脚なんだろうと思えるほど。

■午後は【くれよん】君にお世話になる。
身幅の広い【ローゼ】ちゃんでは違和感がなかったのだが、彼に跨がると右の鐙革が心持ち長い。
私の身体の左右差が顕著にでるものだ。
■常歩、速歩と滞りなくすんで、駈歩をする。
「脚位置かえて〜」
「そこで、トンと触るだけで出るから」と先生が言う通り、
【くれよん】君の駈歩発進はタッチだけでOK.
「かくも敏感に分かるものなのだ」と、
かつて後ろ回し蹴りで発進させていた時代との落差に愕然となる。
発進することに抵抗感がないと駈歩が楽しくなる。
速歩に落ちたって、またすぐ出せばいいから気楽に乗れる。
■駈歩では、蹄跡周回や輪乗りだけでなく輪乗りの開閉もやってみる。
「外側の脚だけちょっと押してみて」
おお、どんどん小さくなるじゃありませんか、
「じゃあ,外に内側の脚で押し出して」
ちゃんと蹄跡ぎりぎりまで大きくなる。
か・な・り,嬉し〜い!!! 駈歩で細かな運動ができるなんて!
以前の乗馬クラブで初級クラスに復帰した時に、駈歩恐怖症を抱えながらやらされて以来。
ちゃんと座れていれば、左右の脚の扶助の違いを馬は分かってくれるのだ。
■「駈歩での姿勢もかなりよくなりましたよ」とほめておいて、
「でも、馬の首に動きあわせて手綱を譲らないで」
「拳は上げて、そこで動かさない」
「そこでじっと我慢していたら、馬の方がハミをくわえてくるから」と指摘される。
はて? 私は首の動きに合わせて手綱を譲るなんてしてませんけれど…
またもや、自覚のないことを注意される。
■先生が乗り替わって私のやっていることを実演して下さる。
馬の首振りにあわせて、肘が開閉し拳が前後に動いている。
「ねっ、拳はじっと動かさないで,こうやっていればいいんだよ」と
求める動きをやってみせてくれる。
肘は曲げたままで動かさず拳の位置もほとんど変わらない。
上腕の筋肉が働いて馬を支えている感じ。
「どこかで馬の首の動きにあわせてと言われたのかもしれないけれど」
「確かにそうする必要がある時もあるけれど」
「いちいち手綱を譲らなくていい、ジッとして馬が譲って来るのを待てばいいんだから」
ううむ、駈歩で〈馬が譲って来るのを待つ〉というのは、私の実力以上のレベルだなあ。
しかも「拳をまわさないで」「首の動きと逆に動いている」とは言われていたが、
今日のように「馬にあわせて動かすな」とは初めて言われた。
「拳にある程度の力がかかっていいんだよ」
「常に一定の力がかからなくてもいい」
「ぐい、ぐいとかかる力に波があっていいだから」
ええっ、そうなんですか?
一定の張力を感知できるよう腕の関節の柔軟にして調整しなくてもいいんですか?
先生の言っていることは分かるが、自分の課題として何をどうするのか明確につかめない。
つまり、〈駈歩でのコンタクト〉を学ぶのが次なるステップなのか。
速歩までなら前のクラブでも入門編はかじってきた。
しかし、駈歩恐怖症だったせいで駈歩は乗っているのが精一杯、
細かな扶助やコンタクトなんてやろうとも思わなかった。
そんな私に何をどうしろと…
腑に落ちない顔を見て取った先生は、事務所からビデオカメラを持ち出してきた。
「はいここで輪乗り」
「逆の手前もね」
うわーん、左手前の輪乗りは、重心が外に落ちて人が内側に傾いてしまったじゃないの〜
いつもの癖が極端に出る。
これでは、腕の動きどころじゃない。
右手前は安定して乗れたので、「動かさないように」と頑張る。
でも、どんな身体感覚があれば、動いていないことになるのかわからない。
ひと通り駈歩をして「じゃあ、あとは常歩で」とクーリングの指示が出て終了となる。
■馬の手入れが終わった頃、「ほら,見てごらん」とビデオカメラのモニターを渡される。
まずは、左手前の騎乗姿。
ひどい〜、何コレ、最低最悪!
馬の上で気持ちよく乗れていない時は、端から見ていてると目をそむけたくなるような醜い騎乗姿になっているのだ。
「乗り心地が悪いな」「気持ちよく走れていない」と思った時は、見るも無惨な姿であるとよーく自覚しておこう。
かっこよく乗るには気持ちよく走っていないとダメなんだ。
そして、右手前。
やっぱり、拳が動いている。
他の上手い人たちとの違いは、肘が伸びていて上腕から前腕にかけての筋肉が弛緩している感じ。
先生の上肢や胸のように等尺運動で筋肉が働いているという緊張感がない。
求められているのは、ひとつところに動かないようという身体の使い方ではない。
動かさないというより、もっと手綱を持つということか?
馬の張力に支えられて人が固定されるということなのか?
つまり、私は馬を支えてあげていないということか?
んー、じっくり考えてみないとなあ…
それ以外にも、【くれよん】君は騎乗者の重心のブレをかなり我慢して走ってくれているのが見て取れる。
自分では安定しているつもり、わずかなブレのつもりでいるのだが、
ビデオで改めて見ると「おっとっとっと」と派手に動いている。
この分では、これまでの騎乗姿は見るに耐えないものだったのだろうなあ。
加えて、全体として馬がだらりとまとまっていない。
先生が走らせている時のような姿を求めるわけではないが、
普段からこの倶楽部の馬たちが動いている姿を見慣れていると、
だらんとした姿に違和感を覚えるのだ。
■「私もこの倶楽部に来た当初、拳が動いているって注意されたわ」
「馬がしっかり動いてくれると拳が動かなくなるみたいよ」
「動いてくれない馬をしゃかりきに動かそうとするから、そうなるみたい」と倶楽部の先輩に言われる。
確かにそうだろうなあ。
でも、馬が動くってどれだけ動くんだろう。
【ちひろ】乗馬クラブで馬が重くて苦労した経験は一度もない。
さくさく動いてくれる。
それでも、こう言われるのは、
もしかして本来の馬が動くって、桁が違うダイナミックな動きなのかも。
■この乗馬倶楽部では、騎乗バランスのクリニックに通っているような気分になる。
部班で運動するわけではなく、見ている先生からのアドバイスに沿って簡単な運動ばかり。
それなのに、言われた通り騎乗姿勢がとれるようになると、
駈歩の輪乗りがさらりとできてしまう。
部班で、先頭に続いてなんとなくやってみたというのとは全然違う。
確かに自分の扶助で馬が動いてくれる実感がある。
冷や汗かいて心臓ドキドキしながらとか、重い馬をぜーぜー言いながら運動させるレッスンとは何かが違う。
「ええ?もう終わりなの。物足りないなあ」というところでレッスンを終えてしまう。
「これでいいの?」と思うが、鐙革の長さを伸ばしても鐙がはずれないし、駈歩で輪乗りの開閉ができてしまうのも事実。
なんだろう不思議だ。








686/687鞍目 馬はズボンである [第17章 騎座追求編]

 2008-05-09(Fri) 通算686/687鞍目
ゴールデンウィークが終わって、リズムある日常が戻ってきた。
わが家からクラブまでは、ほぼ一時間。
高速道路を時速120Kmで走って37分。
巡航速度にのせたらほとんど減速せずに走れるすてきな道路なのだ。
クラブに通う道すがらは、滴るような青葉若葉
野生のふじが木立を這い登って見事な花房を垂らしている。
そんな藤色の滝が、驚くほどあちらこちらに見られる。
桐の花も咲いていて季節は薄紫に染まる。
■田植えを終えたばかりの風景の中に、単線の鉄道線路が遥かに延びている。
その踏切を渡り、くねった坂を上り切ったところで、私はふうと息をつく。
生け垣の切れ目のような分かりにくい小路を入ると【ちひろ】乗馬倶楽部が見えてくる。
「今日もお馬さんいるかな?」と期待して眺めるのが常である。
「いたいた!」パドックでのんびりしている馬たちの姿。
■車を停め、ブーツバックやらゼッケンなど大きな荷物を引っ張り出して倶楽部の入口をくぐる。
入り口に張られているチェーンを文字通りくぐるのだ。
侵入者アラーム代わりの犬君達も今では吠えなくなった。
早くから来て乗っている会員の方や先生に挨拶をして、馬装の準備。
午前中は【ローゼ】ちゃん。午後は【クレヨン】君に乗ることになった。

■「まずは常歩で自分の身体をほぐしておいて」
「そしたら調馬索でやりますから」と先生の指示をうけ【ローゼ】ちゃんを歩かせる。
ニュージーランド生まれの彼女は、常歩のリズムが「パカポコパカポコ」ではなく
「ドゥムドォムドゥムドォム」というドラムのようなリズム。
おもしろーい。
■「じゃあ,丸馬場に行きましょう」と促されて調馬索での騎乗姿勢のレッスン開始。
まずは軽速歩から。
「そんなに一歩毎に推進しなくていいから」と言われるものの自覚なし。
どうも膝が上がって、鐙に乗せた足が前後に動いているのが問題らしい。
「膝で締めない」
「膝から下は力を抜いて静かにしておく」
「鐙を踏んだ足が動いちゃだめなんだよ」
ううむ、自覚はないのだが膝を起点にして動いているらしいことは何となくわかる。
何かを思い付いたらしい橘先生は、私の鐙革を一穴伸ばして12番にする。
「これでどうですか?」
「ほとんど立上がる距離が出ないんですけれど」と私。
「いいんです、立とうと思わなくて」
「大切なのは膝が上がってこないことですから」
膝でつかまるとか膝が上がるって、つまり、どういうことだろう?
ここで4月からやっていたことが、はたとつながった。
上半身の姿勢を「もっと前に」注意されて、馬と一緒に前に出ることを意識させられたが、
それは人の重心が取り残されないようにする為だったのかも。
馬と人の重心が同じように動いていれば、馬から転げ落ちる心配はない。
ううむ、バランスが取れず不安定だから膝でつかまったり手綱にぶら下がったりするわけだ。
鐙革の長さを伸ばして鐙がはずれるのは、膝が上がってくるからであり、その根源は馬の動きについていけないということ。
馬と一緒に前に出ることに集中して,脚はまっすぐ長く伸びていることに重きを置く。
自分にとって下に鐙を踏みしめる感覚は、足の裏からジェットが吹き出していくような感じになる。
「そう、それでいいよ」
膝裏からふくらはぎ内踝を通り足裏に抜けて行く,ジェットの流れ。
これが身体感覚として正解らしい。
■「鐙をはずして」
「ホルターの根本を持って」と鐙上げ速歩。
「もっと上体を前に」「膝で締めない」と声がかかる。
膝でつかまらず脚を長く伸ばし続けるためには、内股で鞍をはさむようにぴったり張り付いておくしかない。
あはっ、これまでの内股ではさむつもりになっていた感じと違う。
膝でボールをはさむ時のような太腿の前の筋肉が緊張する感じではない。
どちらかと言えば腿の後ろ側の筋肉が緊張している。
なんだか、きつめのジーンズを履く時のような感じ。
膝や股関節は思いっきり伸ばして、お腹を凹ませてお尻もすぼませてできる限り細くして履こうとするような感じ。
膝を曲げたり出っ尻になっていては、引っ掛かって履けないではないか。
前々回の〈馬を履く感覚〉と相まって「おもしろ〜い」とひとり笑いしてしまう。
かくして「馬はズボンである」定理に至る。
先生には「内股さえぴったりくっ付いていればいいんですねえ」と学んだ成果を伝える。
「そういうこと!」
「膝から上の腰でしっかり座っていればいい、膝から下は合図のために使うだけだからね」
■「(鐙なしで)そのまま軽速歩」
「次は駈歩いくよ」
「片手手綱で」
祭りだわっしょい!わっしょい!! と揺すられているうちに「もうどうにでもしてくれ ~」となる。
ここまでくれば、手綱も鐙もあってもなくても同じ状態。
どんな動きであろうとも「鞍があればそれに跨がっていられますから」気分になる。
バランスレッスンでは、乗せてもらう意識で脱力するとずり落ちてしまう。
落ちないように頑張れば、つかまり易い腕や膝下でしがみついてしまう。
意識を集中させて身体はリラックス、馬と一緒に動くつもりになって、自分の幹になる部分をあわせていくしかないんだと思う。
■最後に騎乗姿勢のまとめ。
「おへその上に胸がくるように」
「後ろに反り返っていればおへそと胸が一直線に並ばないでしょ」
「それと、もちぇさんの場合は腰が反り返って骨盤が寝てしまっているんです」
うう、これを直すには、きついジーンズのジッパーをあげる時の姿勢をとらなければ。
「そうそう」
「座骨の位置が姿勢によってどう変わるか教えてませんでしたね」と、
乗り替わって馬上から先生が手招きをする。
「ここに手を入れてみて」
鞍と先生のお尻の間に手を入れてみると,グリグリした座骨が感じられる。
ちょっと後傾しただけで、ふわりと消えてなくなる。
今度はちょっと下腹に力をいれて腰と立てただけでグリっと圧力がかかる。
ほんのわずかな動きでこうも違うのか。
「ねえ、ちょっと動くだけで全然違うでしょ」
「姿勢もほんとうに微妙な違いを直さないといけないんです」
「それが馬には伝わっているんだから」
ふうむ、初心者がガッツンガッツンふらふらぐいぐいという動きをしている間は、矯正はしようがないのかも。
ある程度乗れるようになって自信もついてから行う姿勢矯正レッスンは、
注意を受けても「やっているつもり」「何が違うの」と納得しにくい。
でもそれは、こちらが考えている以上に僅差を問題視しているからなのかもしれない。
短い時間だった(はずだ)が非常に充実していた。
■ハードなレッスンにつきあってくれた【ローゼ】ちゃんには感謝。
彼女は、繋場で手入れをしていると閉じた唇の間から息を出して「ぷっ」というかわいいオナラ音を出してくれる。
「私じゃありませんから」と思わず周囲を見渡すほど似た音なのだ。
仕事が終わったら馬房に入れるのではなく、パドックに放牧。
なんだかいいなあ、運動するのはレッスンの時だけというのではなくて
放牧の合間に仕事もこなすというこの倶楽部の馬生活。
080509_154206.jpg
 【ローゼ】ちゃんinパドック

■午後からは【くれよん】君にお相手を願う。
「午前中にやったことをよく思い出しながら乗ってみて」という指示がでる。
「特に鐙を脱いだり履いたりの練習ね」
「膝から下が自由になっていないとスムースに脱ぎ履きできないからねえ」
確かに鐙を踏み替えるなどの微妙な調整は、力が抜けていないとできないのものだ。
■軽速歩では、「もっと元気よく」「もっと前に出して」の指示が出る。
最初は鞭を振ってぴゅうと飛び出したのだが、だんだん脚をちょっと使っただけや舌鼓だけですうと出るようになる。
うむ、【くれよん】君と話が通じている。
これまでになく大きな動きで伸び伸び走ってくれる。
ここで拳が固定されていると馬がつらいだろうなあと思うので、
これまでより拳を少し上げて肩や肘を柔らかくして「私の腕は君のもの〜」と差し出す準備をする。
その分、親指と人差し指でしっかり手綱を押さえて小指薬指にかかる手綱の張力を一定に保つ。
「今日は(ネックストレッチの)ゴムをつけたから、いい感じに走っているねえ」
こんなにダイナミッックな走りをしてもいいのかと心配になるほど。
馬が慌てたりイヤになって速くなっているのではないので、手綱を握るとちゃんと下方移行できる。
■駈歩でもわりといい感じ。
「輪乗りでぐるぐる回って下さいね」と言われるけれど、輪線運動になると駈歩が続けられないことが多いので苦手意識がある。
ところが今日はちゃんと続く。
特に右手前では、蹄跡を走る他の人馬を避けて小さな輪乗りができてしまう。
「もっと大きな輪乗りして」と先生が叫べば、「はいよっ」と輪乗りを開いていけるのだ。
「ちょっと速いかな」と言われて外側の拳を握ればちゃんと減速できる。
今日の【くれよん】君はご機嫌さんである。
気持ちのいい駈歩に乗っていると、それが駈歩だと言うことを忘れてしまいそうになる。
常歩や速歩と同じ感覚。
いや,こちらの方が確かに楽かもしれない。
あの振り落とされそうな駈歩と何が違うのだろう。
「今日はいいですね、座りが安定して腰が浮いたりしないから馬も駈歩続けてくれるんですよ」
「後は、もう少し上半身の力が抜ければいいかな」
「今日はこれでおわりにしましょう」
そうそう、馬がうまくできたところですぐ止めることが大切。
きちんと動けばすぐ仕事から解放されるというリリースがなくては、馬がいい動きをしなくなるらしい。
この時とばかりに、あれこれやり過ぎるのが一番悪い。
■【クレヨン】君は、クールダウンになってからの方がカリカリし始めた。
あれっ?もっと走りたかったのは馬の方だったのか。
バランスの悪い乗り方をすればどんどん速くなったり、強すぎる合図にはピタッと止まったり,首を上げたりとなかなか手強いらしい彼だが、ひと月頑張って通ったご褒美に素敵なプレゼントをくれたのだろう。
ちょっとは「今日は気持ちよく乗れた」という日がなくては、通い続けられない距離にあるのだから。
駈歩って特別なものではないという普段着の感覚。
いつもこんな気分で乗れればいいのにと思う。






684/685鞍目 上半身 [第17章 騎座追求編]

 2008-05-02(Fri) 通算684/685鞍目
■大変なことになっている、危機的状況である!
体重が増えてボトムズがキツくなってきた。
騎乗回数が激減して運動量が減り、仕事上のストレスにさらされているのだから当然か…
予期していたことながら、キュロットからはみ出すお肉やキツくて入らない長靴を目の前にすると落ち込む。
そして、
「むちむちの下半身をさらすのが恥ずかしい」と乗馬に通うのがおっくうになり
「また太ってきた自分が情けない」とさらに食べ物に手が伸びる自分がいる。
今度は、予期できた悪循環の始まりである。
自分の体形管理もできないとは… 
無意識のうちに選びとるストレスコーピングパターン。
物事への反応の仕方とか、考え方の癖、日常の行動パターンがまた旧態に戻っている。
まずい、まずい、なんとかせねば。

■ようやく雨の降らない金曜日。
10日近くのブランクがあると、「えーっと何をするんだったかな?」と手順を思い出すのがひと苦労。
馬装の準備をしていると
「あっ、新しく買いましたね」と馬具屋のセールで手に入れたゼッケンを見つける橘先生。
(それにしても目配りの効く御仁である)
今回のBUCAS馬場用ゼッケンは大きくて持ち運びが大変なのだが、馬の背にのせると自然に騎甲部分にスペースができる形になっている。
ううむ、「ゼッケンが張り付かないようスペースをあけるように」なんて注意をされていたのは、
出来の悪いものを使っていたせいなのか。
やはり馬場鞍には馬場用ゼッケンを使うと隅々まできちんと収まる。
気持ちがいい。

■午前は【クレヨン】君。
午後は【てんてん】君に乗せてもらう。
「難しいことは考えないで、今は力を抜いてバランスよく乗ること」が課題の日々。
■今日のメインは上半身の姿勢の矯正となる。
「拳を上げて」
「肘を引いて」
「上腕が肩からまっすぐに降りている状態にしてごらん」
「肘が固定されてしまって前腕が伸びて突っ張っている状態なんだよ」と指摘される。
なぜこう言われるのか自分でも思い当たる。
長く「拳を下げて」「小指を鞍の前に置くようにして」と注意されていたことが、硬直した姿勢として残っているのだ。
特に「姿勢をきちんとしなくては」とプレッシャーを感じながらのると余計に固さが出てしまう。
馬の口と自分の肘をつなぐ線が直線になるのなら、拳を上げてもいいのだし、肘を脇にぴたりとつけてようと力を入れる必要もないのだ。
手綱にぶら下がってバランスをとっていた時期なら、手綱に頼らないでいる姿勢の目安として、拳を下げておくよう指導する必要性もあっただろう。
しかし、今では手綱がなくても軽速歩ができるバランスが身に付いた状態なのだから、次のステップになる。
拳の高さや肘の位置を決めるのは、馬の首の位置との関係なのだ。
橘先生の注意を受けつつ、肩から下の力を抜き腕の関節を自由にしていると、
馬がハミをとったり首を伸ばしたり上げたりする感覚が、わが腕の受動的な動きとして目に見える。
これまで拳を鞍の前に固定してい時は、手綱が余ったり足りなくなったりと張力の変化として感じられたのとは大きく違う。
手綱の長さは親指と人差し指ではさんでいる部分で変わらず。
手綱の張力もほとんど変わらない。
ただ、拳や肘の位置が馬にあわせて変わっていく。
こういう状態だと、馬がハミをとろうとする口の中の小さな感じがものすごくよく分かる。
特に【てんてん】君だと、ハミがはずれて頼れなくなるといきなり歩き方がおかしくなる。
右ハミが不安定になりやすいんだなあ。
そんなことが非常にクリアに分かる。
馬にあわせて人の身体が自由になると、こうも敏感に感じ取ることができるんだと改めて感動する。
あとは、馬の口と人の肘が一直線になっている状態を感覚的に覚えていかなければ。
■蹄跡周回ではきちんとハミをとらせるのが難しいと考えたのか、輪乗りで内方姿勢を求めるように橘先生が指示を出す。
「手綱は3番目の印のところを持って」
「あと一息推進!」
あともう少しで馬がハミをとって頭を下げそうというところで、輪乗りが膨らんできれいに回れない。
外に膨らんで行く馬と格闘しはじめたら、もう頭を下げるどころではない。
く、く、くっぅ〜
次のステップを諦めて、新たな問題をまず解決しなけりゃ。と先生が考えたような気がする。
■「ここで輪乗りの回り方をかえましょう、8の字乗りね」
馬の姿勢を入れ替え、きれいな輪線運動をさせるのが目的の図形。
「人だけが向いたってだめですよ、馬が行く方を向かなくちゃ」
「肘からグウウとゆっくり引いて!」
「外側を緩めないの」
うえ〜、また肘の動きがだめなのかなあ〜 なんとも腑に落ちないんだよね〜
くう、左右差があって内に切れ込んだり外に膨れたりする馬は苦手だ。
「ちょっと乗り替わりましょう」
「今どんな状態なのかやってみせてあげるから」
「ほら、わかる?」
「あなたのは上半身ごと内側向いている」
円の中心から見ると胸の前面がこちらに向いて外側の方も見える。
「そうなると外側の手綱が緩んで、馬は肩を外に張ることができるわけ」
「こうやって上体をねじると座る位置もずれて、腰が浮いてくる」
あらら、馬上体操しているように捩じれてまっすぐになってない。
「あこがれるような上手な人って、こんな風に乗っているかい?」
「輪線運動だって、人はまっすぐ乗っていればいい」
「この状態で内側の手綱で向かせてあげれば、ちゃんと丸く走るでしょ」
うへ〜、外側の方が見える見えないは強烈な違いだ。
これまで、円の中心を向くように,後ろを振り向くようにと言われた通りの姿勢にしようと頑張ってきたのに。
「乗っている人の姿勢はまっすぐに」と言われることとの整合性はどうとるんだろう。
教えられたことが逆とか間違っていたとは思わないが、ある時期のある状態を改善するためのキーワードが硬直した姿勢を作って次のステップの邪魔になっていることもあり得る。
今の私の状態がどうであるかを的確に判断してもらわないとなあ。
「ひとつのことを直すには、それがどう成り立っているのかどこをどう直せばいいのかよーく見て考えて」
直せと言われたひとつの動きは、複雑なパズルの一部だから他に影響を与えて大きな混乱を招いてしまうこともある。
ひとつの動きの下層に幾重にも絡んでいる膨大なバランスや身体記憶。
重ねて来た鞍数だけ絡む度合いが濃いのだ。ふう〜なんたること。
「わかる?」と問われても、「はいっ」と明るく答えることはできない。
壮大なパズルを解くように行きつ戻りつ気の遠くなるような手順を踏まないとなあ。
「頭ではよく分かりました、後は実際に乗りながら身体で納得させていきます」と答える。
■曲がるのに人は目線だけで、上体はまっすぐに乗っているのは、違和感だらけ。
コルセットで首を固定されているような感じ。
ただ、確かにまっすぐに乗っていると外側手綱は緩まない。
ちょいと内側を向かせて輪線運動に入れば、外側に出ていけないから膨らまない。
ううむ、言われた通りなんだが…
「行きたい方に身体を向ければそのバランスの違いを馬がわかるから曲がってくれる」と言われた事とどこでつながるんだ。
■駈歩では、【クレヨン】君がどんどん加速することはなくなったが
左手前で「右側に乗って左に傾いている」と言われる。
同じように傾いている人の姿を見てから、どういう状況を指して言われているのかはわかったのだが、
どうやって直せばいいのか霧の中を手探り状態なのだ。
「座る位置をずらす必要はないんだから」
「まっすぐに座ってただ内側の座骨に乗ればいいだけ」とアドバイスされるのだが…
■【てんてん】君の駈歩は、拍車が当たって外に膨れるらしい。
膝下で抱え込むから拍車が当たると言われても、拍車をあてている自覚がないのだから始末に負えない。
さらに「上半身で漕ぐな、動くな」と注意されることにも自覚がないのだ。
はう〜、自覚がないことを止めるのは難解である。
駈歩はどうしようもない。

■今日で駈歩3回目という会員さんの騎乗姿には無理がなくきれい。
「あんな風に乗ればいいんだよ、簡単なことなのにね」
自分が駈歩をはじめたばかりの頃や駈歩初心者の姿を思い出しても、そうなのだ。
どうして最初の力の抜けた無理のない騎乗ができなくなるのか。
怖い思いをせずに「楽しい」「速歩より楽だ」と感じたまま上達できる人が心底うらやましい。
■また「できない自分が情けない」「太った自分が醜い」「頑張っているのに」とどんより落ち込みモードに入ってきている。
いやだなあ。
この情けない気分は、できれば避けてとおりたい気分なのだ。
上手く対処する方法はないかなあ。



682/683鞍目 馬を履いてる [第17章 騎座追求編]

 2008-04-23(Wed) 682/683鞍目
■先週に引き続き,雨予報の金曜日を避けて水曜に行くことにする。
萌え出る緑が美しい高速道路からの風景。
■朝一番は【ひなげし】
発情期が来ていて、手入れで馬体に触ると腰を落としおしっこをする。
いきなり「ヒンっ」と鳴いたりして、こちらも驚く。
馬体の横にいるとどんどん身を寄せてきて、洗い場のしきりとの間に挟まれそうになる。
ひゃあ〜、馬の力は強い。
押し返せないから、人がつぶれそう。
周囲が固い壁だったら、間違いなく胸部圧迫による窒息か肋骨骨折かで大事になるだろうなあ。
「こらあ、やめてよ」と大声を上げたところで、橘先生が飛んでくる。
身を屈めてしきりの隙間から抜け出す。
馬装は先生にお願いをしたが、あ〜びっくりした。
「こうやってきた時には力一杯押し返していいから」
「中途半端にやるのが一番ダメなんだ」
人も馬も、あれこれとちょっかいを出しながらお互いの反応を見ている。
新しい関係作りのために必要なプロセスなんだろうなあ。
威圧的に力を使うのではなくて、自分と馬を信頼しているから鷹揚に構えていられる、そんな精神的な強さで馬と関係作りができたらいいなあと思うのだが。
■準備運動が済んだら調馬索でバランストレーニングをという予定だったが、
「どうしますか?」「今日の座り方からすると必要ないか」という先生の判断。
確かに、鞍にストンと座れる感じがする。
「力を抜いて鐙が踏めているかどうかと」
「あとは、膝の位置が高くなってきていないかどうかで判断するんですよ」
へえ〜、傍から見ても座り具合というのは分かるものなんだ。
【ひなげし】が右手前が苦手でスムースに曲がりにくいという感触はあるのだが、最初の時のように制御困難という感じはない。
「重いようだったら脚じゃなくて,鞭で前に出して」
「はい、そこでちょん!」と声をかけてもらうのだが、どうも私の鞭は合図になっていないらしい。
手を添えてもらって鞭を振る。ピシッ!
えぇ? かなり強い合図。
「馬がぴりっとすれば後はいいんだから」
ううむ、伝わらなければ扶助の意味がない。
いったん馬の注意が向けば、あとは弱い合図でいいのだと頭では分かっていても、身に付いていないのだ。
■駈歩までして、後半は手綱を楽にした状態でホルダーの根本を持って鐙上げ速歩。
「右左右左と座骨がつくのが分かりますか?」
最初の頃からそうなのだが、座骨に衝撃を感知するのではなくて、自分の脚が馬場を歩いている感触なのだ。
砂の深さにあわせてのめり込む感触までわかる。
「先生、腰から下に馬を履いているような感じなんです」
「自分が馬になって歩いている感じ、砂に蹄がめり込むのも感じとれるような…」
「それでいいです」
「馬の腰の動きと一緒に人が動けば跳ね上げられることはないです」と先生。
■〈馬を履く〉って愉快な感覚である。
自分が馬と同化した訳ではなく区別もつくのだが、靴やズボンを履くように馬を履いて不分離の動きをしている感じ。
これが常歩速歩だけではなくて、駈歩でもできるようになればいいのだが。
反撞を抜こうとあれこれ努力したり、馬が思い通り動かないと悩んだりせずに、気持ちよく馬と動けているとこの感覚地点に来れるようだ。
「【よちよち】乗馬クラブから来た人って、どうして必死になって馬を押そうとしたり脚でつかまったりするんだろうねえ」と不思議そうに橘先生がつぶやく。
それはそうである。
激重の馬に乗って「もっと脚!」と叫ばれ続けたり、すぐ速歩に落ちてしまう駈歩を必死に続けようとしていれば、いやでも身に付くというものである。
馬の動きを邪魔しているからますます馬が動かなくなると言う悪循環なのだが、どうすればいいのかを示してもらえることは稀である。
かえすがえす、不毛なビギナー時代を残念に思う。
4%先生のもとでバランス育成を目標としたレッスンを受けるようになって、ここまで回復し速歩まではなんとかなるのだが、駈歩はまだまだ根が深い。
ビギナーを経験の浅いインストラクターにまかせて、安全第一のため重い馬を配馬していたり、目の届き難い多騎部班レッスンを常としているところでは、私のようにお金を出して下手になっていく人がまだまだいるんだろうなあ。
■と言いつつも、4%先生の導きでここまで来て、条件の揃った【ちひろ】乗馬倶楽部で〈馬を履く〉感覚に到達しているのだから文句は言うまい。
クラブシステムがどんくさいおばさんを上達させなかったと断言できても、その隙間から雑草が生えるように〈わかってくれる先生、助けてくれる馬〉がいたのだ。
橘先生は4%先生の先生でもあるから、目指すところも同じで安心していられる。
先生は、
「馬場馬術でのいろいろなワザの練習ができないと不満という人もいるけれど」
「ちゃんと座れて身体が自由自在に使えるようになれば,いつの間にかできるようになってます」
「安心してね」
言わずもがな、である。
基礎の大切さを分かって、そのための手だてを整えてレッスンしてくれる倶楽部だからこそ、こうやって通っているのだ。

■ふた鞍目は【くれよん】君。
馬場では、熱くなって跳ねたり走ったりする馬に先生が乗っている。
「向こう側で輪乗りをしていてね」と言われる。
教える先生が馬に乗っていたり馬房で作業をしていたりと、常に馬場のまん中に立っているわけではない。
でも、必ず目配りはされている不思議な環境。
■【クレヨン】君は、本日はネックストレッチもなく水勒だけ。
軽速歩から常歩に落とそうとして,座って手綱を握ると首を上げて速くなるばかり。
「最後の最後まで軽速歩をしてあげて」
「人が座ってドンドンと背中を叩いたり、上半身が不安定になってハミが当たるとそうなるんだ」
「最後まで同じバランスで」
ここまで拳の揺れやキツい手綱に敏感に反応するなんて…よい先生である。
気を抜かずふわあと扶助を送るとちゃんと常歩になる。
■駈歩では、
「内側の座骨に乗って!」
「外側の座骨を浮かすように」
「右の肩が前にでないように」と注意されながらも、いい調子で駈歩が続く。
「もう少しゆっくり」と言われて、ほんの少し外側の手綱をにぎるとちゃんと減速してくれる。
「そう、それでいい」
なんだか今日は、【山桜】や【アウグス】の気持ちのいい駈歩に乗っている時の感触を思い出させる。
「私は解き放された」と自由になった感じ。
こういう感覚の時は、上体が前後に揺れず身体が伸びてまっすぐになっている。
この伸び伸びとした感覚をこの倶楽部でも味わえるなんて。
少しずつ緊張がとれてきたのかな…
よかった、よかった。







680/681鞍目 マイナスからスタート [第17章 騎座追求編]

 2008-04-16(Wed) 680/681鞍目
■「金曜日は激しい雨」との予報を聞いて今週は水曜日に行くことにした。
前日に「朝一番で行きます」と予約を入れておいたのだが、
朝の通勤通学時間帯に引っ掛かって15分の遅刻。
あたふたクラブの入り口をくぐると、馬場には犬たちが放牧中。
「あれっ?時間間違えたかな…」
遠距離自動車通(倶楽)部をしていると、時間をはっきり決められないので間に合うかどうかドキドキしてしまう。
■いつものように犬たちにちょっかいを出していると橘先生が現れる。
乗馬ズボンにチャップスではなくジーンズにスニーカーという普段着で厩舎作業をしていた先生は、「朝一番」をなんととったのだろうか?
倶楽部のHPにあるレッスン時間は8:00からだったはずだが… 
普段、こんなに朝早く来る人はいないということか。
「午前中のうちに2鞍乗りますか?」
急遽予定を変更しただけに、ひと鞍乗れれば御の字、それをふた鞍乗れるとは願ってもない。

■緊張しやすい私は,ドキドキしながら行動するとアラが目立つ。
「これは見ちゃいられない」と思ったのか、橘先生があれこれ注意をして下さる。
「裏掘りをする時は、蹄の先を持った方が肢が動かなくて安全ですよ」
「後肢も前肢と同じように(繋の後ろを人の腕が通った方が)かえって馬の動きがなくていいみたいです」
「無理に肢をあげようとしないで、馬の力が抜けたところを人が支えてあげて」
「馬は自分から肢をあげるから」
「あとね、お腹の下に頭突っ込まないでね、虫を追おうとして蹴られる可能性があるから」
あらら、私ってそんなに危なっかしいですか…
極めつけは、馬具をがじりたがる【ひなげし】の馬装でモタモタしていた時のこと。
「無口とつなぎ鎖は外してしまっていいから」
「ほら、かじられているだろう」
「さっと頭勒をかけてしまわないと!」
「んっ? 馬装をする前に自分の支度をしてこなきゃ!」
「こっちやるから支度してきて !!」
ぴえ〜、これまでは馬が前に出ないように無口だけ外して鎖は馬の前に張っておくやり方だったんです。
馬装が終わってから人の準備をしてレッスン開始を待つ手順だったんです。
「あー、プロテクターが前後逆だよ」
ぎゃぁ、 多大なダメージになる。
慣れない場所では、軽微な〈苛立ちモード〉に敏感に反応する私。
どんくさいおばさんですみませんです、はい。
■ひと鞍目は【ひなげし】ちゃん。
常歩の準備運動では、鐙を脱いで自転車漕ぎをしながら股関節周囲を柔らかくするよう指示される。
「最初から大きく動かそうと思わなくていいから、小さな動きから始めてだんだん身体が慣れてきたら大きく動かして」
ううむ、この運動はつらい。
股関節回りがグギグギいっている。
常歩が済んだら軽速歩へ。
先週金曜日に初めて騎乗した時は右手前で内側に入られてしまった彼女も、今回はさほど不自由なく動いてくれる。
ありがたいことに今日も調馬索でバランスを見てもらう。
「軽速歩は膝の開閉だけでいいんですよ」
「鐙がちゃんと踏めていれば、足が前後に動くことはないんだから」
鐙上げ速歩をしながら、
「速歩では右左と座骨があたるのがわかりますか」
「膝から下はだらーんと力を抜いて」
「身体が後ろに倒れてくるよ、まっすぐに」
手綱をホルダーに結びつけて手放し軽速歩になると一気に解き放された気分になる。
不思議なことなのだが、手放し軽速歩が一番楽に乗れる。
「自由自在に動ける感じになります」「肩の力がぬけて楽になった感じ」と笑顔になってしまう。
「馬はね,力を抜いて何もしないでも動いてくれるんだよ」
「人があれこれ動いて邪魔するから、かえって走るのをやめちゃう」
「バランス良く乗って手も脚もダランと力を抜いて,自由自在に動かせることが大事」
「わかりますか?」
はい、よーくわかります。が、
分かるとできるには隔たりがあるのも事実。
駈歩になると、膝から下で馬を抱え込んでいると指摘される。
「膝から下は馬から離すつもりで」
「駈歩は内側の座骨に乗って、外側の座骨は浮かせるつもりでいい」
「外側の座骨をつけて内側の座骨をちょっと浮かせ気味にしたら馬には速歩の合図になるから」
「やってみて」
手綱はホルターに結びつけたままなので、座骨の過重バランスだけで速歩に落とす。
ううむ、左右の座骨への荷重を自由自在に操れないから座り変える感じになる。
ちょっと遅れてストンと速歩へ。
手綱で前をせき止める衝撃なしで下方移行するので、乗っている人間が前につんのめることがない。
馬の動きの始めが後肢からくるのがよく分かる。
「今のような移行がいい移行なんです」
「人も馬も無理なく動ける」
「バランスよく無駄な力を入れずに乗るって、大切なことなんです」
「こういう基本をおろそかにしないで」
■競技会でみる美しい騎乗姿勢というのは、地道な騎乗バランスの養成にあるのだろうなあ。
馬をなんとか人の想い通りに動かそうとあれこれ頑張ると、力を抜いた姿勢とかけ離れてしまう。
私は橘先生のもとでまず、バランスを鍛えて安定した騎乗姿勢がとれるよう身体に覚え込ませることが課題。
来るたびに調馬索レッスンをしてもらえるのは、非常にありがたいことなのだと思う。

■【ひなげし】の馬装を解いて休憩していると9時~10時にやって来た人達のレッスンになる。
「ほら,他の人の乗り方を見てごらん、勉強になるから」と先生がつぶやいていく。
去年の夏前に始めたという人の軽速歩は膝下が微動だにしない。
かろやかに馬の動きとあっている。
「これって、初めからこの倶楽部でやればよかったってことですよね!」
長く他のクラブにいてこちらに移ってきたという方が自嘲ぎみにうなずく。
「怖い思いをせず、ちゃんと動く馬に乗せてもらって、先生にしっかり見てもらうからよね」
「私達はこれまでの騎乗経験がすべてマイナスにカウントされているってわけ」
「3年馬に乗っていた人はその癖がぬけるのに3年かかる」
「4年乗ってようやく騎乗経験1年目の人と同じ」
ひえ〜、壮大なる損失である。
「でもね、他のクラブにいたからこそ,この倶楽部に巡り会えたとも言えるのよ」
それもそうだ、初めからこんなに遠距離にある小さな倶楽部に通おうとは思えない。
橘先生のすごさもこれまでの経験から分かることなのだ。


■ふた鞍目は【トロル】に乗ることになった。
うわ〜大きな馬だ。
「とってもおとなしい馬なんだよ」
「ただちょっとどんどん速くなるのが難しいところなんだが」
「まあ,乗ってみよう」「今は難しいこと考えず、バランスのことだけ気をつけていればいいから」
まあ、どんな馬も乗ってみないと分からない。
■うわっ、常歩のうちからどんどん急ぎ出す【トロル】ではないか。
馬を落ち着かせるには、馬の動きについていって不用意な衝突を避ける。
その上で、ひと呼吸遅らせたリズムを人がとる。
手綱でブレーキをかける時には、わずかでも遅くなったらすぐリリース。
そして再び手綱のプレッシャーをかける。
巻き乗りをする。
など、これまでの経験の引き出しをがさごそと探る。
どうやら【トロル】は、輪乗りなどの輪線運動を入れると落ち着くようだ。
人が安定していれば、一定のペースで動いてくれるらしい。
「落ち着いてきたら,まっすぐ進んで大きく馬場をつかいましょう」
軽速歩までだったら大体のことには対処できる自信がある。
■「じゃあ、綺麗な輪乗りをしてみましょう」
「まん中の障害のまわりを回って」
「4分の1円先を見ながらね」
あらら、左手前でどうしても曲がりきれず膨らんでしまう。
綺麗な円には程遠い。
「じゃあブロックを4つ置くから、そのまわりをきれいに回れるように」
ううむ、4分の1円先を実際のブロックで作って下さるのだ。
回り出してから気がついた。
4分の1円先のブロックを無理なく無駄なく通過するってことは、さらにその先のブロックを見てどんなラインを描くのかが分かっていないといけない。
先を見るってことは、自分の進むラインを想定するってことなんだ。
今思い出した。
■私の場合、曲がるとなると顔だけ横を向いて身体が固まっているらしい。
「あなたの顔が向いていてもダメ、馬の顔を向けないと!」
馬が向う方向に行けるようにまずは手綱で馬をガイドしていくように言われる。
「簡単に考えればよろしい」
「まずは行きたい方に馬を向けること」
「人の身体のそれぞれの関節を独立させて自由自在に使えるように」
■軽速歩での輪乗りが落ち着いてできるようになったところで、駈歩をやってみる。
ストライドが大きくて乗り心地がいいけれど、駈歩でもどんどん速くなっていく。
「膝下で馬体を抱え込んでしまうから、馬にはもっと早くか速歩への合図になってしまう」
「膝から下は何もしない、どこにも触ってない状態でいいんだよ」
乗り替わって先生がお手本を見せてくれる。
「ほらね、膝から上の部分でしっかり座っていれば膝下はぶらぶらでしょ」
「遅くなったとか、もっと何かをさせたい時にだけちょんと脚を使ってあげればいい」
うーん、私は膝下で抱え込んでいるという自覚がない。
が、脚が後ろに流れて力が入っている姿がそれを指しているのだとすれば、前のクラブでさんざん言われた「内方脚を前で使って」の注意と符合する。
先生の駈歩姿を見ていると鐙上げで駈歩している時の姿と似ているような気がしてきた。
鐙がない時には、脚が上がってくると重心が上がり鞍から転げ落ちそうになる。
そうならないために、脚をまっすぐ長くおろすよう心がけ、内股でしっかり跨ぐようにする。
「鐙上げ駈歩をしているつもりでやればいいんでしょうか」と私。
「まあそう」
「今は上手くできなくてもいいけれど、どんな姿を目標にすればいいのかははっきり分かっている必要があるからね」
そうなのだ。どう乗ればいいのかという姿を明確にすることが上達の必要条件。
お手本となる姿が身近にあるのは幸せなことである。
■最後の軽速歩では「そうだ、いいぞ」「これまでで一番力が抜けていたよ」と
ありがたいリップサービスもいただいて無事終了。

■緊張しやすい私に「リラックスして力を抜いて」という注文は無理難題であると言わざるを得ない。
でも、この3回を通して分かったのは、
動いている馬と一緒に動けるようになると、人は馬の上で静かにしていられるし,楽に乗れる。
人だけが何かをしようとするのは馬にとっては邪魔になる。
バランスよく乗れると騎乗姿勢も見ていて気持ちのいい美しいものになる。
馬の動きは人の動きを敏感に反映したもの。
馬が勝手に止まったり,内側に入り込んだりしているわけではない。
馬にそうさせている何が、人の側にある。
さらに、
馬に乗せてもらう意識だと腰掛け座りになってお荷物になってしまう。
馬と一緒に動く意識を持つと、内股の筋肉を最大限に使って鞍に跨がる乗り方をしやすい。
膝から上の部分(内股から座骨にかけて)をしっかり鞍に密着させることが深い安定した座りにつながるらしい。
■騎乗機会が限られているから、わかっていてもできない時間が長く続くだろうと今から悲観的になる。
670鞍の壮大な遠回りをして習っていた時間と同じ時間をかけて、身に付いた悪い癖の矯正をするのだ。
しかたない、3年半で済むのであればそれで充分と開き直ろう。
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