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My horse [ひとりごと]

 2011-11-20(Sun)  iPad iPod touch iPhone アプリ
■久しぶりの投稿となる。
■今年の1月初めに乗馬に行って、もうはや1年が終わろうとしている。
決して馬に興味をなくしたとか嫌になったという訳ではない。
ただ、週末が出張か病院通いかあるいは雑事の片付けに埋め尽くされているからなのだ。
「先生にご挨拶に行かなければ」「クラブに預けっぱなしにしている鞍を引き取りにいかねば」と思いつつ、そうすれば自分からやめると宣言することになるので苦しい。
■どうしても現実から眼を背けたくなる。
そんな私がみつけたのは、iPhone アプリの『My Horse』
馬の動きが自然で、充たされない「馬洗い」への欲求がわずかながらに癒される。
もし、馬が好きなのに手が届かなくなってしまった人がいたら、その人にお勧めしたい。

ナチュラルホースマンシップ [ひとりごと]

 2009-10-31(Sat)
■引き馬をする時に、引き手を緩めずグイグイと力一杯引っぱっている姿をみると野蛮だなあと思う。
馬は押したり引いたりして動かすトロッコではない。
感覚と感情と意志を持つ生き物なのだから。
■モンティ・ロバーツの「Join-Up」と「馬運車への乗り込みトレーニング」の動画。
何をやっているのか解説がないとわかりにくいと思うけれど…

日本語での解説は『馬と話す男』に詳しく書かれているので興味のある方はどうぞ。


「Join-Up」が完了したら、馬運車に乗り込む訓練もできる。

引き手を一瞬ぐっと引く瞬間はあるけれど、力任せに馬を引っぱたりはしていない。
たるんだ引き手のまま視線を落として馬と一緒に乗り込んでいる姿が正解。

馬が「この人についてくなら大丈夫」と思えれば引き手がなくてもついてくる。


馬と話す男―サラブレッドの心をつかむ世界的調教師モンテイ・ロバーツの半生

馬と話す男―サラブレッドの心をつかむ世界的調教師モンテイ・ロバーツの半生

  • 作者: モンティ ロバーツ
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 1998/09
  • メディア: 単行本




ガルとターティラス [ひとりごと]

2009-09-18(Fri) 
■9月に入ってすぐ
「馬場馬術競技グランプリキュアで90%を越える過去最高得点がでた」というニュースを目にした。
動画サイトにアクセスすると確かに尋常ではない。
「おわっ!かっこいーい」「くぅ〜しびれるぅ」と思わず叫んでしまった人馬の姿。

オランダのエドワード・ガル選手とモーランドターティラス号の演技

2009年08月30日 ヨーロッパ選手権 イギリスウィンザー

■特にこの動画は鑑賞に値する。
背景に余計な解説が入っていないので、音楽と人馬の動きだけを堪能できるのだ。
音質がいいのでヘッドホン使用を推奨。
低音のリズムとパッサージュの融合とか、肩の関節が他の馬と違うのではないかと疑う伸長速歩とか、映画のワンシーンのような伸長駆歩とか。
これは、ネ申だ。(ニコニコ動画かぶれ)
演技後の退場の場面でも、観客の歓声に応えるガル選手とターティラス号が素敵。
■馬場馬術を知らない人に紹介しても「へえぇ、すごいね」と興味をもってもらえそう。

ジャン・フランソワ・ピニョン [ひとりごと]

■私に影響を与えた人馬の姿その2

何が素敵かって、馬の表情が豊でかわいいこと。

■いや、馬に表情があるって初めて気がついたのが、ピニョン氏のDVDを見た時。
2005年当時、馬の顔なんてまともに眺めたことがなかったし、
クラブの人を乗せている馬たちは伏し目がちで表情なんてなかった。
■ピニョン氏のように馬と遊びたいとは思わなかったが、人と馬の関係がここまでフレンドリーになれるものなのかと驚いた。
しかも、特別な馬がいてその馬と仲良くやっているのではくて、新しく手に入れた馬とどんどん関係を作っていけるのだと聞かされてさらにびっくり。
ちゃんとメソードがあるのだ。
その実際の場を見せて学ばせてもらったのが、ピニョン氏の自馬講習会(2005年12月)だった。
未だに、メソードが実践できる所まで至っていないが、その基本姿勢は今の私のバックボーンになっている。

5周年 ー続編ー [ひとりごと]

 2009-08-22(Fri)
■かつて、私より10歳ほど年上の方に言われたことがある。
「もし、もちぇさんの頃に馬を始めていたらねえ…」
「あと10年始めるのが早かったらと思うことは多いのよ」
「でもね、あの頃は子供達も手元にいたし家のことは手抜きできなかった」
「人それぞれだけど、子供や主人が帰ってきた時にすっとお茶の一杯でも入れてあげられる主婦でありたいと思ったのよ」
「私は子供が独立してようやく自分のことを優先できる時期になった」
「それはそれでいいと思うの…」
今、彼女の語り口が鮮明に思い出される。

■人生のいろいろな時期に乗馬と出会う。
小学生のうちからお稽古事として乗馬に通う子。(以前のクラブでは、ジュニア料金の設定が異常に安かった…)
中高生や大学生はすぐに上達するけれど、進学や就職で「通えなくなりました」と短期間にやめていく。
仕事があって子供がいなくてという人が一番華やかにクラブライフを送っていたように感じる。
そして、私のようなおばさん連中。
まず子どもが何かのきっかけで乗馬を始めて,見ているうちに自分もやりたくなったというケースが割と多い。
子どもは止めてしまったけれど、自分はますます熱中というパターン。
あとは、子どもに手がかからなくなったので何か趣味をと探しているうちに乗馬と出会ったという人もいる。
50歳以上にターゲットを絞ったキャンペーンも見聞きするので門戸が広いのだろう。
おじさん、おじいさんと呼ばれる人たちは、かつて馬に乗っていたという方が多い。

■どの時期でも馬に出会えた幸せを喜ぶべきだろう。
だが、おばさんには覚悟が必要!
更年期以降は血中エストロゲン濃度が低くなるから、骨量の低下をきたしやすいし関節筋肉の柔軟性も失われていく。
つまり落馬すると深刻なダメージを受けやすくなるのだ。
私が見聞きした範囲でも、骨盤骨折、頸椎の横突起の骨折、腰椎の圧迫骨折で救急搬送され入院加療が必要になったおばさんたちがいる。
(私の場合)「どんくさくて危なっかしいおばさんがいい気になって馬に乗るから、ほらみろ、やっぱり」と陰口を叩かれていたんだろうなあ。
そんなおばさんが性懲りもなく「でも馬が好きだから」とガチガチになりながら馬に乗り続けていたら、爆発物が馬にのっているようなもの。
クラブではVIP待遇で絶対安全な馬に乗せて始終監視付きでしか、レッスンできなくなる。
「落馬させないように」が行動制限にでれば、小さな馬場で重い馬になる。
逆に、乗馬を止めさせる方向になれば、欠点をあげつらって「だからあなたには無理かも」というレッスンになる。
その人の特徴を見抜いて、今できることを最大限に活かせるレッスン内容を選び、レッスンにふさわしい馬を用意してもらえる乗馬クラブが理想だけど、現実はなかなか難しい。
人任せにするのなら、何百万とか何千万もかけないとダメだろうなあ。

■人はそれぞれの時期に馬に出会い、馬に乗る事を選択する。
なんとなくクラブに通っていれば上達するものだろうと期待するが、実は全然違う。
上達するのではなくて、最低限怪我しないように乗っているのが目標ということもある。
それって引き馬と変わりないのだけど。
馬に乗って自由に草原を駆け抜けるというフレーズをよく目にするが、あれは恐怖以外の何ものでもない。
暴走したらいったいどこまで続くのだ、馬が何かに肢をとられたら人馬転ではないか。
倒れた時にいったい誰が助けにきてくれるというのだ。
実は恐ろしい事を宣伝文句に使わないで欲しいと思う。
何も知らなかったから憧れていたんだなあと今になって思う。

■馬歴が伸びるのは、技量の向上を意味していない。
かけた時間と費用が積み上がってきていることだけは、確実だけど…
ちなみに、乗馬にかかる費用を別のものに置き換えてみた。
ディズニーシーの年間パスポートを購入し、週1回パークに遊びに行き,昼食はホテルミラコスタのレストランでとる。その他に季節のお土産を買ってパーク内のレストランでもお茶したり軽食をとりつつアトラクションやショーを楽しむ。
暇と贅沢の極みに思えるのだが、それでも現在の週1回乗馬に通っている費用より少ないのだ。
実際に調べて計算して、費用と時間を他のものに置き換えてしまうと驚くべき事実!
何に価値を置くかなんだろうなあ。
今やっていることが、それだけの価値のあることなのか?
節目にあたって、もっと広い視野から考えて自分自身を納得させていかないと。
惰性で続けるのは避けるべきだと思うのだ。


5周年 [ひとりごと]

 2009-08-12(Wed)
■乗馬を始めて5年目に突入。
この時期は「よく続いたなあ」と感慨深くなる反面「もう続けられないかも」と弱音を吐きたくなる。
■以前は「もう少し頑張れば駆歩できるようになるかも」とか「量はいつか質に転換するから、乗り続けることが大事」と思ってきた。
しかし現在は「いったん止めたらもう再開はできないだろうな」「乗馬しないと一気に老化の坂を下っていくだろうな」という恐れが、続けている理由なのだ。

■中高年から始めた乗馬は予期せぬ効果をもたらしてくれた。
体型は激変したし、運動習慣がついて行動範囲も信じられないほど拡大した。
しかも、私よりもお年を召した方のかっこいい姿が身近にあって、お手本とすることができた。
乗馬を続けることで維持できる活動的なライフスタイル。
それを止めたら、すべてがうたかたの如く消え去ってしまうのだろうなぁ。



私の齢は風景にするとこんな感じかな?
P1000870.JPG
夕暮れは、老いの予兆に気づく哀しさと似ている。
しかし、灯がともるとこれまでとは違う華やぎにつつまれていく。



何もしない日 [ひとりごと]

2008-08-29(fri)
■強雨のため乗馬はキャンセル。
でも、こちらは昼前には止んで日も射してきている。
当日騎乗の予約はできないから、指をくわえているしかない。

P1000544.JPG
乗馬をしない日になにか別な事をしようと思っても、上手くいかない。
だらだら過ぎていく一日。もったいないなあ。

あっ、これいい! [ひとりごと]

 2008-08-25(Mon)
■書店で手に取って「あっ、これいい!」と即購入。
とにかく写真がきれい。
特に馬と人の関係を意識的に映像化しているのに引き込まれた。
だって、馬がかわいく写っている。 
馬の表情が豊かで人をきちんと意識している。
■乗馬の入門書をいろいろ読んできたが、
人が美しいポーズを取っていても、馬は無表情だったり辛そうだったりする。
「馬を思いやれ」と文字で書いてあっても、馬は道具の一部でしかないのを写真が雄弁に語っている。
そんな中でこの本は異色。
■さらに、騎乗者モデルが美しい。
雑誌の[初めて馬に乗ってみました特集]では、きれいな女優さんやモデルさんが出てくるが、
顔かたちがきれいでも騎乗姿は決して美しくない。
この本のモデルは、騎乗姿も含めてすべてがきれい。
ヘルメットの下にきちんと束ねられた髪と耳飾り、さわやかな横顔。
すっきりしたスタイル。
ああ、私の理想だな〜。
■読んでいて思わず唸ったのは、章のサブタイトル。
【美しい常歩を習得する】
【気品ある正反撞を習得する】
【優雅な駈歩を習得する】など
うわっ、何という形容詞を使うのだ。
【正確な図形】とか【整ったリズム】なら良し悪しの判断もつきやすいけれど、
気品とか優雅さで目指すべき歩様を示すとは…
でも、この形容詞ってぴったりだと思う。
正反撞はまさに気品。
どかどか跳ねたり、お腹で反撞を抜いてヘコヘコ動いている様は品がない。
どどっと走られたり、こわごわ舟漕ぎ駈歩しているのも、優雅さとは程遠い。
このネーミングセンスは素晴らしい。
■一体誰がこの本を作ったのかな? と監修者・編者をみると、
監修:JRA馬事公苑 篠宮寿々海
編集企画:牧浦千晶 千葉裕子
イラスト:善養寺ススム
おお、隔月刊時代の『乗馬ライフ』でおなじみの方々。
篠宮氏のHow to 特集は非常に判りやすく、その記事は今でも大切にとってあるくらい。
馬の気持ちを思いやってコミュニケーションをとることや、騎乗技術の根幹はバランスであることなど、その理念はこの本に脈々と受け継がれている。
■最近の『乗馬ライフ』の編集の仕方や記事があまりにお粗末なので、よけいにこの本に出会えて嬉しかったのかもしれない。

■文字情報だけで判断するなら、これまでの入門書とあまり差がないと思う。
しかし、写真やDVDをぼーと眺めながら「こんな風に乗ればいいんだな」と無意識の中に刷り込まれるイメージとしては、抜きん出ていると思う。


はじめよう!乗馬―DVDで学ぶ・乗馬の教科書 (よくわかるDVD+BOOK)

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  • 作者:
  • 出版社/メーカー: スキージャーナル
  • 発売日: 2008/06
  • メディア: 単行本





4周年 [ひとりごと]

 2008-08-06(Wed)
■乗馬を始めてから今日で4年になる。
よく続いているなと我ながら驚く。
これだけの時間と労力費用を他にかけたなら、学位とか国家資格が取れたかもしれない。
■サービスや物を消費するだけの状況が、今後も変わらないのが苦しい。
「遊びにいくんでしょ」という家人の言葉がそれを象徴している。
自分としては「楽しくても辛くても行かねばならない」と学校に通うような感覚でいるのに、だ。
消費するだけ、何の役にも立たない,何も生み出さないものを続けていいんだろうか。


P1000289.JPG
〈役に立つ〉だけが価値のすべてじゃないはず… by へびいちご

■この一年は激動の一年だった。
職場の配属が変わり,季節労働から通年労働へ。
【よちよち】乗馬クラブが閉鎖され【ちひろ】乗馬倶楽部へ。
週3日〜4日の騎乗から、週1回へと騎乗数の激減。
憧れの体重域を維持していたのが、激太り。
「そろそろ潮時では?」と進退を決めるよう迫られている。
■一年前の乗馬日記を読むとうらやましくなる。
純粋に馬に乗ることを楽しんでいる。
ああ、こんな時があったんだ。


競技会は社交界 [ひとりごと]

 2008-06-21(Sat) 夏至 県馬術競技会
■天気予報では雨だった。
それなのに、
ずぶぬれドロドロを覚悟で出かけるも薄日の射す曇空。
雨への備えばかりで紫外線対策の虚をつかれる。
「うぇ、やられた…」
■今回はお役目を言いつかって、わが倶楽部の応援も兼ねて競技会を見に行く。
ちょっとした手違いで到着が遅れる。
「よかった、間に合った」
先生が出るところだった。
その後も一緒に練習をしていた方の演技を見る。
あらぁ、倶楽部では経路の練習なんて見たことなかったのに…
3種歩様で輪乗りとか移行とか本当に基本的な運動しかやっていなくて、しかもそれを細々注意されていたのに…
「なーんだ、実はとっても上手な方だったんだ」
■前のクラブでは、中級になると難しそうなことをいろいろやっていた。
反対駈歩、踏歩変換に代表されるような「ワザ」の類い。
「あーん、どうしても上手くいかないからもう一回」とレッスン時間が終わりそうでも練習を続けている人もいた。
なんだろうなあ、
クラブの考え方の違いなのかなあ?
橘先生のお考えは、難しいワザの練習って、できないなら何度も練習するものではなく
できない時はその基盤となっている基礎練習に立ち戻るってことなのかなあ。
■競技に出る人を眺めていると、安定して美しい騎乗姿の人と
鐙に拍車があたってカツカツ音を立てるような人といろいろといるのがわかる。
拳が上下したり不安定な騎乗姿勢が前回の競技会の時と変わらないまま出場してくる選手もいる。
ビギナーのデビューというわけじゃない。
看過して競技会に出すクラブもあるんだ。
「下手なくせに、また出てきたよ」なんて陰口たたかれているんじゃないのかなあ。
オソロシイな。
競技会って社交界なんだ。
独りよがりで出てきても、裏で失笑をかっている。
コワイ。

■県の大会なので、前のクラブでご一緒してい方が別のクラブから出られてお会いすることができた。
また、午後からは観戦にいらっしゃった方ともお話ができた。
次のクラブを探す苦労話や他の会員の方の消息などもいろいろ聞けた。
■その中で興味深かったのは「新しい所で注意されるのは、まず姿勢」
そして私と同じようなことをどこでも言われているらしい。
騎乗レベルがどの段階であっても言われることは同じ。
おもしろい。
姿勢から直されると、これまでの騎乗経験を否定されたようでかなりガックリくるが、
これは新しい所へ馴染んでいくための洗礼のようなものと考えたほうがよさそう。

■「大丈夫、みんなそれぞれに苦労しているから…」って、励まされた一日だった。



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