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832鞍目 馬を伸ばさない

2010-05-15(Sat) 通算832鞍目
■初夏の風景が広がっている。
若緑の勢いが増してあふれんばかり。
そんな緑に、野生の藤がつるを絡ませて滝のような花房をあちこちで楽しませてくれる。
藤や桐の花の紫に目がいくようになったのは、ここ数年。
毎年同じような景色を見ているつもりでも、心のありようで見えてくるものが違うらしい。

■昨日、仕事を終えたのが9時近く。
どんどん遅くなっている。
夕方5時ぴったりに帰れる生活とは縁遠くなってしまった。
今の私には、週末の2日間に主婦の仕事と趣味を詰め込む術を編み出すのが緊急の課題。
しかし、
「動けば動くほど、動けるようになる」
「詰め込めば、さらに詰め込めるようになる」という気がしないでもない。
自由になる時間があった頃の方が何もしていなかった。
正確に言えば、自由になる時間を「何もせずダラダラ過ごすための貴重な時間」として使っていたのだ。

■今日も【エルパソ】と。
何気なくパドックの柵にもたれていると、彼の方から近づいて来た。
直接視線を送ったり手を伸ばして顔を触るのは、馬に対して尖った接触になるようで気後れしてしまう。
目を伏せて背中を丸めて肩先が馬のほうを向くようにして待っていると、
「ふんがーふん、ふん」と頬のあたりに鼻息がかかる。
鼻の穴が広がったり小さくなったりで、くすぐったい。
「どう過ごしていた?今日の調子は?」と彼の方から細かく尋ねてきている。
「あいむふぁいん、あんじゅ?」と馬の鼻先を嗅ぎ返してあげると、
「もっちろんっOK」と【エルパソ】が軽く鼻先で私の方を押してくる。
「なんだよ〜挨拶のつもり?」と同じように肩で馬面を押し返すとさらに積極的な返事が返ってくる。
馬としばしオシクラマンジュウをして遊ぶ。

■今日の【エルパソ】は仕事まじめ。
途中怪しい農業トラックに驚いてポンと脇に跳んだりしたが、大事にはならず。
「物見をして飛び出してもこの馬の動きなら大丈夫」とかえって、私にとっては安心材料となった。
(かつての【アレフゼロ】や【ローザ】と同じく、突然の大きな動きでも充分ついていける馬がいるのだ。
多分身体の柔らかさとか動きの安定感が関係していると思われる。)
■先生からは、
「駆歩のみならず速歩でも馬を伸ばさないように」
「最初から優しく持つだけになっているから、馬は詰めようと思わず伸びていってしまう」
「一度はぐっと強く持つ瞬間があるから、馬に伝わるんだよ」
「特に駆歩の出だしで馬を伸ばさないように」
と注意を受ける。
■むやみやたらに手綱を伸ばしてハミをはずした状態にしても、馬がそれで快適になれるわけではないらしい。
というのが最近の学び。
特に訓練された馬にとっては、きちんとハミがかかって(そのハミが信頼に足るものであり)踏み込んだ運動をしたあとで、よくできたと楽にしてもらえる方が充実感のある仕事になるらしい。
というわけで、むやみに手綱を緩めずに常にある一定の張力はかけたままで運動できるよう心がける。
なかなか難しい…乗っている側にも緊張感が必要で休憩できない。
まあ、やれる範囲内で。
■駆歩は、途中速くなりかけたところでぐっと手綱を保ってこらえる。
と、ふっと楽になる【エルパソ】
そうそう、ゆっくり上にあがる駆歩だよ。そうだよ。
うん、通じた!
ハンドルもブレーキもアクセルも自由自在な駆歩。なんでも出来そうな駆歩になる。この感覚は久しぶり。
最後の常歩は、大股で頚を伸ばして良い終わり方になった。
■制御不能の猛スピードの駆歩とか、馬が首を振って必死にバランスをとろうとするガタガタの駆歩しか知らない時代があったことを思えば、こんな楽な駆歩を味わえることろまで辿り着いた感慨にふける。
乗馬は初心者時代をむやみに長くとらない方が、人も馬も幸せだと思う。
(経験者は語る…)
馬にしがみつかなくても大丈夫になるためには、教えてくれる人や乗せてくれる馬への信頼感が重要なのだ。
信頼感だけは、自分の足で稼がなくてはね。
お金じゃ買えないのだ。





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