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810/811鞍目 めっちゃ良い子 [第19章]

 2009-09-11(Fri) 通算810/811鞍目
■今年はお彼岸がくる前に暑さが止んでしまった。
日差しはまだ夏の名残で肌を突き刺すように強いのに、木陰に入ると涼やかな風が流れていく。
午後を過ぎると、陽光がもの憂げになる。
『秋の日のうすら寂しい光を浴びつつ、しきりに死を願う暖かな午後の魂』なんて詞が思い出される。
「時よ止まれ!お前は永遠に美しい」と叫びたいけれど、全てのものは移ろっていく。
明日は今日の続きで同じように繰り返されるものだと思い込んでいるけれど、そんな保証はどこにもないのだ。

■午前中は【くれよん】君。
先生に「軽速歩の手前が逆だよ」と注意される。
馬の外方前肢が前に出るタイミングで立つのだが、逆になっていることが多いらしい。
「チラッと馬の肩を見て自分で確かめてみてね」と言われる。
手前がわからないというのではないのだが、積極的に確かめようとせずに乗っているのが原因かも。
「えへへ」と照れ笑いをしていると、
「笑ってごまかさないの!」と先生。
「速歩は斜対肢が同時に動くから、お尻の感覚で後肢の動きを捉える為にもきちんと目で見て正しい手前を確認するようにしてね」
「自分の腰の感覚から馬の後肢がどう動いているのかわかるようにならなきゃ」
「これからはお尻にも目を持つようにして欲しいです」
ふうむ、時々「片方の踏み込みが短いなあ」とか「左右のリズムに変な強弱がついているなあ」と感じることがあったけれど、それって違和感としてスルーするではなくて、重要なサインとして意識化すべきことだったんだ。
「馬の跛行って、地上から見ているよりも乗っているほうが敏感に感じられるものなんです」
「そこまでいかなくても、左右差のある馬がほとんどだから」
「馬の苦手な所を、乗っている人間が助けてあげるようにするんです」
ふーん、なるほどねえ。
将来に向けての課題ですな… 今の自分は、軽速歩の手前にすら意識を払わずにいるのだから。
■【くれよん】君は、駆歩から速歩に移行して、スピードを緩める為に手綱を強く持った後にふっと緩めると再び駆歩発進をしてくれる。
他のどの馬よりも、手綱を握って緩めるという扶助に「推力全開!」という意味を見出しているようだ。
止まったのでブレーキ解除のつもりが、推進もしてないのに再びエンジン全開になる状況は、私がパニックになって落馬した諸悪の根源とも呼ぶレッスンを思い出させる。
あの時も口の強い障害馬だったなあ。
ハミが緩むことが却って悪影響を与えているのだとしたら、障害で乗る時のように馬の首に拳を置いてハミを緩ませずに拳の握りの強弱だけでやってみる。
すると、ちゃんとブレーキがかかってさらにスピードも落ちるし馬が落ち着いてくる。
ふう〜ん、そうなのか…
手綱を強く引っぱるとさらにエンジンを噴かす馬だから、手綱は優しくテンション弱く持とうと考えてきたけれど、実は手綱が緩んで支えが無くなることの方が重大な問題だったのだ。
■馬を支え馬に支えられる唯一のインターフェイス。
大切な接触面をもっと意識して繊細に扱わないといけないなあ。


■午後は【ろーざ】に乗る。
本来なら障害の練習にするべきだったんだろうが、今日は私の体調が今ひとつ。
ということで、いつもの馬場鞍で乗る。
■「あのー【ろーざ】さん、今日はめちゃめちゃ良い子なんですが?どうしたんですか?」
最初からずんずんと力強く前に出てくれる。
しかも一定のリズムで滑らかに動いてくれる。
先生も「いいね、馬が楽に動いているね」
「今は頭下げさせようとか考えなくていいから、まずは馬が楽に動くことでいいから」
ひゃっほ〜ようやくここまで戻ってきた。
【ろーざ】と私がこうやって運動できることが何よりも大切なんだから。
■馬のリズムが一定で生き生きとしている。
馬場の砂には、前肢を特徴的に上げた彼女の陰が映る。
■駆歩も彼女の理解できる比較的狭い範囲の強さの扶助を心がける。
右の肩から逃げがちになる時に、ワガママさせない!と強い扶助を出すと彼女の反抗心を呼び覚ましてしまうので、自制心をフル動員してまっすぐ真ん中に座って早めの小さな呼びかけに徹する。
「鼻面が前にでているな」
「ゴーグを緩めましたか?」と先生に呼び止められる。
なんでもゆるゆるが好きな私なものですから… きつく姿勢を矯正された馬に乗るのは好きじゃないんです(心の声)
先生に長さの調節をしてもらって再度駆歩を出す。
ほわっ、馬が上にあがる駆歩になった。
本来は自分の手綱で支えてここまで馬の姿勢を作るのだろうが、私のヤワな筋肉では力の強い【ろーざ】は支え切れないなあ。
きつい姿勢はかわいそうなんて中途半端なことをやるから、却って馬がつらいのかも。
■今日も左手前で逆の手前の駆歩が出てしまうことがたびたび。
「もちぇさん、外方の手綱が緩んでいるからだよ」
「右の手綱をぐっと引いて」と先生の声。
ええっ、何? 外? 引くの?
言われた通り【ろーざ】の首が引っぱられて動くまでちょっと強引に手綱を引く。
すると、ストンと姿勢がはまって正手前の駆歩がすっと出る。
ぁはっ。
【ろーざ】の首は左に曲がりやすく、右の肩から逃げる体勢をとりやすい。
特に駆歩発進の合図のタイミングがずれたりすると、途端に右の肩から逃げようとする。
もうこの時には外方の手綱はゆるんでしまっているのだ。
馬が左に向いているから自分としては外方を緩ませている自覚はないのだが、駆歩を出す直前に馬が正しい姿勢にもどったとすれば、当然外側が緩んでしまう。
人が自覚してとらせている姿勢と馬が勝手にとっている姿勢があるんだな。
馬の勝手を許してしまうと自分の扶助が意図通りに伝わらなくなる。
んー、問題はそこか?
「右の手綱を強めに引いただけで【ろーざ】はストンと首を下げたでしょ」
そうそう、このストンと首をさげた状態で駆歩発進をするとびっくりするほどスムースにいくのだ。
あの【ひなげし】の時もそうだった。
その後の駆歩はスポーンスポーンとゴムまりが跳ねるような極上の駆歩。
「いいよ、そのまま続けて」
これが本来の【ろーざ】だ!  
■運動を終えて馬繋所までもどってくると、久しぶりにレッスンにきた方が馬に乗っている。
「じゃあ、駆歩ね」と先生のひと言で延々と馬場を周回している。
いったい何周回っているんだろう、まだ駆歩している。
「はい速歩に落として」「並歩で休ませてあげて」と再び先生が声をかけるまで、素直に駆歩のみ。
一緒に見ていた方と自嘲気味に言葉をかわす。
「私達は余計なことを考えちゃうのよね」
「こんなに走らせたら馬がかわいそうとか」
「駆歩しているうちに馬のテンションがあがったら怖いとか」
他のクラブから移ってきた私達は、
さんざん怖い経験をしてその時々の「〜してはいけない」という縛りが身体に染み付いている。
一日4鞍も使われる馬に乗っていたら、駆歩は2、3周が限度だと思ってしまう。
苦笑い。
このクラブにいる限りそんなことはまったくないのに…
無意識のうちに、遠慮したり制限を設けたりしている。
それが、先生の指示に従えなかったり、馬の勝手を助長させていることにつながるのだ。
■馬と心を通じ合わせて乗ろうとするとき、
私はどこかに「まあ、いいや」「馬の都合もあるだろうし」と一歩引いているところがある。
しかし馬とつきあうには、これではいけない。
フランソワ・ピニョンさんに学んだように、野生でない以上、馬が人の上に立ったら彼らは生きていけないのだ。
徹頭徹尾、人がリーダーシップをとり、馬の安心と安全を保障してあげなければならないのだ。
奥ゆかしい君主は国を乱れさせる、享楽的な王は国を食いつぶす、残酷な君主は民衆に喰われて滅ぶ…
主人になりたいなんてこれっぽちも思わなくても、自分が不適任だとわかっていても、馬に乗る以上はリーダーの任を背負わされる。
乗馬って帝王学なのだと思い出させてくれた。
■馬の都合にあわせて「まっいいか」ではなくて、こちらの意図をもっと明確にすべきなのだ。
どのルートを通り、どこで移行するか。
正確な運動ができるよう心がけなくては。


■それしにても【ろーざ】の乗り心地は本当にすばらしい。
「あの馬にはもう乗りたくない」から「一度乗ってみたい」「もっと乗りたい」と思う人が増えていくのは時間の問題だろうな。ちょっぴり寂しくもあるが。


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バロン信之介

こんにちは、トエルから、来ました。
自分は51歳から乗馬をはじめ、ようやく90鞍です。
すでに三回落馬しましたが、くじけずに頑張っています。
もちぇさんの膨大なブログを全部読むのは、まだ時間が必要ですが、内容には惹かれるものがあり、今日は、コメントを書くことにしました。
色々読ませてもらって、勉強したいと思います。
どうぞよろしく。

by バロン信之介 (2009-09-12 13:07) 

もちぇ

バロン信之介さま、こんちには。
どうぞよろしくお願いいたします。
800鞍も乗っていれば、そこそこの技量が身に付くはずなのですが、今だに基礎トレーニングです。
逆に言えば、大規模なクラブでは等閑にされがちな基礎を行きつ戻りつ徹底してやっていますので、お役に立つこともあろうかと思います。
どこから読んで頂いても、金太郎飴のような内容です。
サマリーや目次の見出しから、ピックアップできるようになっております。
現在の進度は、馬の上でリラックスして馬の動きについていくことができる段階を過ぎて、脚や拳の自由度を上げている所です。
具体的な課題として、ハミ受けをやっていますが、ハミを受けて頭を下げる動作を馬に求めているのではなくて、馬を支え馬に支えられる関係が緊密にとれるとどんな状態になるのか、そのために自分が何をしたらいいのかを延々と学んでいます。
顎を譲って頭が下がった状態を「できた」と喜ぶのはなくて、その先の信じられないような乗り心地を1秒でも長く味わいたいと中毒のように渇望してます。

男爵閣下の実り多い乗馬ライフを心からお祈りしております。

by もちぇ (2009-09-13 09:18) 

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