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759/760鞍目 真ん中で待つ [第18章 バランス追求編]

 2009-02-13(Fri) 通算759/760鞍目
■天気予報では暖かく強い南風が吹き込むと言っていたので、軽装で出かけた。
日差しはなく冷たい空気のまま。
自宅から遠い場所に出かける時は、いかなる天候にも対応できる装備が必要。
つまり、旅支度。
荷物が多くなるのが嫌なのだが…
■本日のお相手は【くれよん】君と【ローザ】ちゃん。
【くれよん】君とは、このところ調子が今ひとつ。
彼に騎乗している他の会員さんも「カリカリしちゃって、膠着して動かなくなったと思えば、走りゃいいんだろうとどわっっと走るから怖い」と評している。
どうしたもんかねぇ〜
これまでは、療養生活のせいで元気を持て余しているんだろうなあと軽く考えていたのだが、どうも違うらしい。
駆歩をしようと焦る彼と、落ち着いてトンと出てもらいたいコチラの要求がぶつかってしまう。
タイミングが合わず発進のやり直しが続くと彼はカリカリしだし、こちらの扶助に抵抗を始める。
歯車が噛み合わない。
まずはリラックス、リラックス。
力を抜いてすっと決まるところを探るが、こちらが「それじゃあ」と合図を送ると途端にぐに〜と抵抗。
それでも我慢しようと頑張るからよけい、人も馬もリラックスできない。
■乗っていて感じるのは「思春期の不機嫌さ」のようなもの。
根底にもやもやした不全感、焦燥感、不快さがあって、ちょっとした扶助の荒さとか行き違いでとたんに「そっちがそう言ったからもうやらねー」「やればいいんだろう、やりゃぁ」「いらいらいら…」となっているように思える。
「何を甘えたこと言ってるんだ!しっかり仕事しろ」と怒鳴りつければ、武力衝突必至。
「ご機嫌損ねちゃった、何が悪かったんだろう?」とおろおろすれば、不機嫌を増長しそう。
理想は、
「まあ、そんな気分になる時もあるけど、やることはきっちりやって気持ち良く終えよう」と不機嫌さを認識はするが重視せず、目の前の課題に集中して、上手くできたら思いっきり褒めることなんだろうな。
■私の場合、不機嫌さをスルーするところまではできるのだが、
目の前の課題(ゆっくりした駆歩)をこなすところができない。
思い通り動かない【くれよん】君に、思わず力任せの扶助を送ったり、バランスを大きく崩した人間本位の乗り方になってしまう。
そこを見抜いて先生が「はい、丸馬場に来て」「調馬策で駆歩しましょう」と声をかけてくれる。
今回は、これまでになくイライラしてイレギュラーな動きの多い【くれよん】君。
そこに反応してしまって、緊張して身体を固くしたり不必要な大きな動きをとらないよう、いつも通り内側の座骨に加重して力を抜いて座るよう指示が出る。
そう、この場面での課題は、馬が思い通りに動かない時でも正しい騎乗姿勢を心がけるってことなんだろうな。
左右両手前の駆歩をして「よくできました」と褒める。
クーリングの並歩では「最近なにか嫌なことでもあるんかい?」と彼に声をかける。
もちろん答えは返ってこないが、
「実はね、私も今、職場の人間関係が難しくていらいらしたり、おどおどしたり大変なんだよ」
「それでも、なんとか頑張らなきゃとやってると、ちょっとしたことでむかちょーんと来たり、家族にイライラぶつけたり自己嫌悪なんだ〜」と問わず語りで自分の愚痴が出てくる。
「ふーん」と耳を傾けて(裏返してこっち向けて)くれる【くれよん】君。
思い通り行かず苦しいなかで、それでもなんとか頑張ろうとしている者同士の連帯感を感じる。
■「はやく左目が治るといいね」
「不愉快なことが早く解決して、すっきり気持ちが集中できるようになるといいね」と心から願う。


■「誰に乗るかな〜、どうしよう。後で考えます」とギリギリまで決めかねていた先生。
結局、午後は【ローザ】ちゃん。
2回目の今日は、だんだんお互いのあらが見えてきた。
並歩速歩の移行をするたび首を上げて馬場の隅っこへ逃げようとする【ローザ】
移行時にハミが緩んだり、カツンとあたったりしているのが原因なのだろう。
すまない、そこまで繊細に手綱の操作をしていなかった。
ことあるごとに首を上げてアラームをならしてくれるので、かえってわかりやすい。
馬が思い通り動いてくれないときは、じっと真ん中で待っていると戻ってくるのだ。
首を上げたり、とんでもない方向に歩いていってしまう時は、
「違うでしょ」と馬の行動にいちいち反応して引っぱったり押したりしてしまいがちだ。
しかし、それをやってしまうと本来馬に何をさせたかったのか忘れてしまう。
まっすぐ真ん中で待っていて、それから逸れる動きをすれば自動的に強い抵抗が生じるようにしていれば、かえって馬にはよく伝わるようなのだ。
首を下げてまっすぐ前に進めば、緊張が解けて楽に動けるようあらゆることに心を砕く。
こちらもハミがカツンとあたらないよう注意をしつつ、頭が上がってもちゃんと下げてもらえるので、運動をしていて楽しい。
本当は、こっそり(サイドレーンなしで)駆歩もやってみたかったのだが、先生のいないところで勝手なことをするのは止めておいた。
■今日の駆歩は、調馬策で。
まっすぐ乗れた時の乗り心地は、最高!
「調馬策の時は、自分の姿勢とか筋肉の使い方に集中できるでしょ」
「今、上手く乗れている時は、ひとりで乗っている時とどう違う?」
「何がどう違うのか、はっきり自覚できてる?」
ただ乗り心地が良くて気持ちよく乗れているという自覚だけではダメらしい。
自分一人で駆歩しているときにも、その状態になれるようとのお達し。
「膝から下が自由に動かせて足が鐙に乗っているだけの状態。今の状態が一人で乗っている時にも思い出してできるようにね」
ううむ、そう言われても…
何かをしている自覚はない。
気持ちよく走る馬に乗せてもらっているから、自然にそうなっているだけ。
「何がどう違う? どこをどう使っている?」と重ねて聞かれる。
あえて言うなら、
膝から下には何の意識もしていないが、
膝から上の内股がピタリと鞍にくっついているという感覚がある。
まるで自分の型に合わせてピタリとはまるように作った鞍。
特に脚の付け根から太腿の後面にかけて鞍のほうが盛り上がってサポートしてくれているような感触がある。
太腿の内側がピタリとついているから、膝下が自由になる。
駆歩発進の時も意図して、踵をちょんとこすりつけるように使える。
「そっ、スイッチのある場所をちょんと合図できればいい発進になる」
正反撞も駆歩ももっちり柔らか。
■こうなったら、馬が上手く動かない時は、まっすぐ真ん中で静かに待っていることにする。
以前の「もっと蹴って」「もっと強く合図して」「馬に伝わってないからもっと強く合図して」という指導とは正反対のことをしよう。
馬に進むべき方向は毅然として示すが、馬の抵抗や反抗にいちいち振り回されない。
もっとも抵抗なく楽に動けるところがコチラの求める運動になるように、おおらかに待っていよう。
馬がちょっとでも跳ねたり暴走したりすれば、怖くてガチガチに緊張していた時期もあった。
馬がのったり動いてくれなくて、ドカドカ全力で蹴りつけていた時もあった。
そうなるのが自然で当然だと思っていた。
しかし、この初心者時代のやり方は、馬の動きの邪魔ばかり。
何百鞍も馬達には申し訳ないことをした。
■ところで【ローザ】ちゃん、「私はこの馬、かなり好きかも…」と何となく惹き付けられる。
「また明日も乗りたい」「1週間後が待てないなあ」と思わせてくれる馬なのだ。


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